アニメ音楽丸かじり(32)
劇場『トライガン』『テガミバチ』OSTが発売!
和田 穣
僕が10年ほど前から歌唱や楽理などを習っている作曲家の先生は御年80余という高齢なのだが、最近ハマっている本として薦めてくれたのが「天地明察」。つい先日「第7回本屋大賞」を受賞した冲方丁の歴史小説である。
WEBアニメスタイルの読者ならご存じだろう、冲方丁といえば『蒼穹のファフナー』『シュヴァリエ』でアニメの仕事もこなしているし、代表作「マルドゥック・スクランブル」は紆余曲折を経てようやく今年秋に劇場アニメになる事が決まっている。どちらかと言えば若者向けの仕事歴であり、ご本人もまだ33歳と若い。しかしながら作品の重厚さとテーマへの取材の深さは読んだ方ならご存じのとおりで、80代の作曲家をも魅了できるのだから、やはりその実力は本物なのだろう。
4月24日にいよいよ劇場公開が始まった『TRIGUN Badlands Rumble』。WEBアニメスタイルの連載でもお馴染みの吉松孝博さんがキャラクターデザイン・総作画監督を務めることでも注目の作品だ。TVシリーズが放映されたのが1998年だから、もう12年も前のことになる。本作の他にも『カウボーイ ビバップ』『serial experiments lain』など野心的な作品が相次いで放映されたアニメ史的にも重要な年だ。
その劇場『TRIGUN』のサントラが21日にリリースされた。CD1枚に全33曲収録で64分の内容となっている。『TRIGUN』の音楽といえば、TV版OP曲「H.T」に代表されるように作曲者・今堀恒雄の手によるギターサウンドが中心。今回の劇場版でもその路線は健在でファンも安心できる内容だ。「H.T」のリメイクも収録されている。
楽器編成は、ギター、マンドリン、バンジョー、アコーディオン、ウッドベース、ドラムス等でカントリー音楽のそれに近い。カントリーといえばハリウッド映画等でも西部劇のイメージで扱われる事が多いから、『TRIGUN』の荒涼とした舞台や激しい銃撃戦にマッチするのは当然と言えるだろう。
カントリー以外にはサルサ、ルンバ、タンゴ等のラテン音楽と、ブルーズやロックが大半を占める。いずれもギターと打楽器が中心であり、ストリングスやコーラスなどウェットな音色を使っていないのがポイント。湿り気を排除したドライなサウンドこそが『TRIGUN』らしさを生みだしているのだ。ピアソラ作品を思わせるアヴァンギャルドなタンゴナンバー「a gentle Death」や、ウードというアラブの弦楽器を使った「white lies」のような異色作も収められている。
昨年12月に第1期の放映を終了し、今年10月からは第2期の放映が予定されている『テガミバチ』のサントラが4月21日に発売された。52分に23曲とやや曲数は少ないが、『十二国記』『彩雲国物語』『英國戀物語エマ』に続く、梁邦彦久々のアニメサントラという事で期待も高まる。
作品の内容については、鎧虫(がいちゅう)とのバトルというアクション的な見せ場はあるものの、ラグとニッチのユーモラスでほのぼのとした珍道中がメイン。そして何よりニッチが微笑ましくも可愛らしいのが印象的だった。
音楽も作品内容に沿っており、激しい曲調や人工的なサウンドをほとんど用いておらず、アコースティックで暖かみのあるものだ。また近世ヨーロッパ風の異世界が舞台という事もあって、曲調はバロック音楽風にほぼ統一されている。特にチェンバロ(ハープシコード)が多用されていて、その音色が『テガミバチ』音楽面でのキーポイントとなっている。
バロック調の音楽というと、多くのサントラでは「いかにもバロック!」という感じの典型的なフレーズを使って、バッハやヴィヴァルディの模倣の域を出ない楽曲も多いのだが、梁邦彦はさすがに一味違う。ケルト風の舞曲にチェンバロを入れたり、チェンバロのメロディーラインに少しだけジャズテイストを混ぜたりして、「バロック風でありながらバロックではない」という個性的なサウンドを作り上げている。
そして重要なシーンでしばしば用いられる1曲目「Canon of AMBER GROUND」はグレゴリオ聖歌風の美しいアカペラで、番組を見て印象に残った方も多いだろう。22曲目にはフルバージョンも収録されており、これを聴くためだけでもサントラを買う価値があるのではないか、と個人的には思った。
(価格はすべて税込)
(10.04.27)