アニメ音楽丸かじり(80)
『輪廻のラグランジェ』サントラは新時代の響き!
和田 穣
3月も下旬に差しかかり、そろそろ来期のTVアニメの情報も出揃ってきている。色々と期待が膨らんで楽しい時期だ。個人的に最も注目しているのが、渡辺信一郎監督の新作『坂道のアポロン』。なにしろTVシリーズの監督は『サムライチャンプルー』(2004年)以来だから、ずいぶんと久しぶりになる。しかも代表作『カウボーイビバップ』でタッグを組んだ菅野よう子を音楽に起用し、話題性十分。アニメの音楽面を重視する層にとっては、最重要の作品となるだろうことは想像にかたくない。トレイラーもまるで石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」のような、激しいドラムソロで期待は高まる。よく「難しい」と言われる演奏シーンの作画もばっちりだ。
そして作中にジャズの名曲が多数登場する原作を、菅野よう子がどのように処理するのかも注目したい。既存の録音を使うのか、あるいは新規に演奏するのか。新規録音ならどのようなミュージシャンを起用し、どのようなアレンジを施すのか。それともまったく別の新曲を作るのか。ワクワクしながら初回放映を待ちたい。
なお、TVアニメ『坂道のアポロン』のサントラは4月25日にリリース予定だが、先駆けて2009年に原作マンガのサントラ(実質的にはイメージアルバム)が発売されている。こちらは過去のジャズの有名な録音から、作中に使われた楽曲をチョイスしたもの。「モーニン」「マイ・フェイヴァリット・シングス」「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」などの定番曲・名演奏ばかりで、ジャズの入門盤としてもいいだろう。
さて3月28日には、今期の注目作『輪廻のラグランジェ』のサントラがいよいよリリースされる。メカよしキャラよし音楽よしで、個人的に今期もっとも楽しく視聴している番組だ。サントラは32曲収録で60分。中島愛が歌う「TRY UNITE!」「Hello!」の両主題歌のTVサイズと、京乃まどか(石原夏織)による挿入歌「ジャージ部のうた」も収録している。
『ラグランジェ』の音楽にはふたつの大きな特徴がある。まずは物語の舞台となる鴨川市の遠景や、各話の見せ場で流れる叙情的なメロディ。サントラでいうと1曲目「Kamogawa in A major」、18曲目「Kamogawa in A minor」、30曲目「4 411」など、あちこちの楽曲に登場するメインテーマだ。これらの旋律を奏でるのが、オンド・マルトノという楽器。フランス発祥の電子楽器であり、主に近現代のクラシック音楽で使われているものだ。端的に言ってしまうと「鍵盤で弾くテルミン」のような構造であり、口笛や人間の声、イルカの鳴き声を思わせるような、哀愁を帯びた電子音が特徴。これらの演奏は、我が国を代表するオンド奏者の原田節(ハラダタカシ)によるもの。彼の演奏するメシアンの「トゥランガリーラ交響曲」を長年愛聴してきた僕としては、嬉しくなる人選だ。
もうひとつは、音楽担当の1人である鈴木さえ子が得意とする、テクノ・エレクトロニカの要素。多くのロボットアニメの劇伴では、日常シーンではピアノ、緊迫感のあるシーンはエレキギター、ロボットや基地のテーマは金管など生楽器を中心とした組み立てが多い。ところが『ラグランジェ』の場合は、いずれのシーンでもシンセを中心としたテクノ調でまとめるケースが多く、しかもそれらのサウンドが繊細でお洒落なのだ。
ミステリアスなシーンに多く使われた23曲目「Lagrange」は、エレクトロニカ・アンビエント風の、電子音による癒しのサウンドをベースに、コーラスとオンド・マルトノのテーマを絡めた楽曲。先頃放映されたばかりの第11話「鴨川絶対防衛ライン」のラストで、まどかの従姉ようこが負傷したシーンでも印象的に使われていた。まどかの搭乗機ウォクス・アウラのテーマ曲は28曲目「Midori」。主役ロボットのテーマ曲がテクノ調というのは、過去にあまりなかった試みだろう。しかしそのテーマ曲が、あの日産自動車による近未来的なメカデザインにはベストマッチ。ここに『ラグランジェ』の、正統派でありながらもどこか新しさを感じさせる理由の一端があるようだ。戦闘シーンでよく使われた30曲目「4 411」は、スリリングな弦の刻みから始まり、オンドのテーマを交えながら目まぐるしく展開、そして最後にはオーケストラが壮大なクライマックスを築く。本作を代表する楽曲だ。
以上のように聴きどころ満載で、ロボットアニメの劇伴に新風を吹き込む1枚。もしかしたら、今後数年のトレンドに強い影響力を持つかもしれない。そう思わせるだけのポテンシャルを感じる内容だ。
(価格はすべて税込)
(12.03.21)