【特報部】『灰羽連盟』『lain』がBlu-ray BOXで発売!
上田耕行プロデューサーに、BD化作業の舞台裏を訊く

上田耕行プロデューサー

 こだわりの作品作りと、個性的な言動で知られる、ジェネオン・ユニバーサルの上田耕行プロデューサー。現在は、『灰羽連盟』と『serial experiments lain』のBlu-ray化に取り込んでおり、その制作の模様を自身のブログで克明に報告している。SD画質で作られた『灰羽』、35ミリフィルムとデジタルが混在した『lain』のHD化は苦労が多いようだ。また最近のブログでは、「本当に画質をなによりも大事に考える人なら、この商品は『買わないでいい』商品だと私は思う」と驚きの発言もされている。果たして、この発言の真意とは——?


—— 『灰羽連盟』のBlu-ray BOXは『(serial experiments)lain』より先に発売される事になりましたが、アナウンス自体は『lain』の方が早かったですよね。企画はどちらが先に動いていたんですか。
上田 Blu-rayの企画は『lain』が一番最初なんですよ。『灰羽』については、とある会社から「アメリカと共同開発したアプコンのシステムを試しませんか」という話をもらって、他のSD作品で何本か試してみたら、わりといい感じだったので、ラインナップに加えたのがきっかけですね。でも、そのシステムを使うと、当時のマスターの問題で画面がグラグラしてしまう話数が出てしまって、これはアカンと(苦笑)。それで、一度企画中止になったんですけど、それをキュー・テックさんに話したら、業界内で“タイプF”って呼ばれている新しいオーサリングシステムを紹介されて。これだったら画面の揺れもとれて、何とか観られる状態にできそうだっていうんで、急遽また企画を動かしていったら、いつの間にか『lain』の作業を追い越してしまったという(笑)。ことのあらましは、大体そんな感じです。
—— 先に『lain』の話からうかがいますが、作業はどのあたりまで進んでいるんですか。
上田 フィルムパートは全部終わりました。
—— できあがったところは、もう万全な仕上がりなんですか。
上田 35ミリのフィルムからやっているんで、凄く綺麗になっていますよ。ただ、やっぱりTVシリーズですから、当たり前ですけど、作画やBG(美術)のきつかったところはそのままですね。むしろBlu-rayにすると、SDの頃は気づかなかったような細かい撮影のミスなどが非常に目立ってしまうんで、その修正に物凄く手間がかかっているんですよ。修正に2日かかったカットもあったりして、ここ最近はずっとそんな事をやってました(笑)。

『灰羽連盟』本編カット

▲Blu-ray『灰羽連盟』PVの本編カットより

—— 修正は、デジタル補正になるんですか。
上田 そうですね。酷い状態のときには、最悪レタッチで描いちゃったりとか。
—— え! レタッチで画に手も入れているんですか。それは誰が描くんでしょう?
上田 俺が描いたり、撮影監督が描いたりですね(笑)。『灰羽』の作業の時も、最後の編集の段階で、時計屋のおじさんが宙に浮いちゃってる事に気がついて、えっ……っていう事もあったんですよ。手前にBOOKの台があって、上半身とBOOKの間に隙間ができちゃっていて。撮影素材があれば、ちょっとずつずらせばいい話なんですけど、もう素材は全くないんで、その隙間を埋めていくしかない。その時は、1コマずつ絵を伸ばしてはレタッチして繋げていくっていう作業を延々ともう、凄い編集時間をかけてやって。
—— それはもう、編集という作業じゃないですね(笑)。
上田 苦肉の策ですね。今、同時に『HELLSING』1話から5話のBlu-rayの作業もやってるんですけど、こっちは撮影素材があるから精神的に楽なんですよ。再撮で直せる範囲って物凄く多いですしね。素材がなかった『灰羽』と『lain』は、ほんとにきつかったです。やっぱりBlu-rayになって鮮明に映るようになると色々見えすぎちゃって、今まで目立たなかったエラーも目につくようになるんですよね。そうなるとドラマに集中できなくなってしまう。今回、映像自体を改変する必要はないと思ってたんですけど、やっぱり観ていて気になるエラーは潰さなきゃっていうんで、修正の基準もそれでずっとやってきています。
—— 観た人が特に気にならず、普通だと思ってくれればOKって感じなんですね。
上田 そうです、そうです。観た人に「Blu-rayで綺麗になって、まあ変な改変もされてないな」と思ってもらえると本望ですね。あと、これは別の次元の話ですが、クリエイターとしては、当時のTVシリーズではBlu-rayに耐えうるような完璧なものを作りきれてないから、ちゃんとやりたいって気持ちはあると思うんですよ。でも、それは作り直す以外ないんですよね。今回の『lain』Blu-rayの話を中村隆太郎監督にして、一発目にでた言葉が「上田さん、BG直したい」でしたからね(笑)。撮影素材ないのに、どうやって直すんだよって言ったんですけど、やっぱり、そこまでちゃんと直したいっていうのが、クリエイターのほんとの気持ちなんですよ。新劇場版の『ヱヴァ』は、そういう意味では凄く正しくて、理想的な姿だと思います。で、今回のように、古い作品で撮影素材がないような作品については、できる事をきっちりやるのが一番いいかなあと。これで完璧とは思っていませんが、可能な事は全てやるという方針でBlu-ray化を進めています。
—— 話はちょっと変わりますけど、もうすぐ発売される『灰羽』『lain』の廉価版は、前のマスターを使っているんですよね。
上田 ええ。廉価版はライナーもついてないですし、とりあえず観るだけって感じですね。レンタルや配信ではなく、ギリギリ買って持っておきたいって衝動のある方達に買ってもらえるといいなと。ウチの廉価版については、主導して進めているのは別の部署なんですよ。普段DVD-BOXを買わない人も、これぐらいの価格だったら手を伸ばしてもらえるだろうというカタログ販売的な考えで価格を決めているようで、我々はそれに協力するかたちでやっています。
—— 上田さんは、Blu-ray用のマスター作りに関するメイキングをブログで細かく書かれていますよね。それによると、『灰羽』では解像度に問題のある回があったそうですが。
上田 2話と7話がそうなんですけど、当時Animoを使っていた撮影会社から納品されたデータが無茶苦茶だったんですよ。データがおかしいって事は放映当時から気づいていて、その時は監督とも相談して、「さすがにこれはおかしいよね」ってところだけ直して、無理やり直して納品したんです。あとから、もう一度データを出し直してくれって言ったんですけど、予算オーバーしていて難しいとか、そんなふうな理由で結局もらえなくて、滅茶苦茶なデータのまま残ってしまって。今観るとSDでも結構酷いんですけど、当時はギリギリ耐えられたかなと思ってたんですよね。でも、大きな画面に映すと正直かなり厳しくて。
—— 解像度が低いっていうのは、制作過程で早く仕上げるためにスキャンの解像度を落としていたとか、そういう事ではなくて?
上田 いやいや、そうではなくて単純にAnimoのアウト(プット)の問題ですね。撮影までは全部同じ行程なんですよ。当時は、デジタルベーカムでマスターを作ってるんですけど、撮影現場はアナログのベーカムSPを使ってるんで、最終的にAnimoからデータを吐き出させてたんですね。おそらく、その時の出力設定が間違っていて。
—— あ、なるほど。単純なミスだったんですね。
上田 これはもう、完全にイージーミスだったと思いますね。しかも、2話と7話以外の話数でも、制作中に間に合わなくて、その会社に撮影を出したリテイクカットが混在していたりして、それもかなり厳しい感じなんですよね。で、結果からいうと、今言ったところはDVDよりほんのわずかだけよくなっているぐらいで、画質的にはほとんど向上しなかったんですよ。

『灰羽連盟』本編カット

▲同じくPVより。この画が、画質が向上していない話数のものだ

—— 『灰羽』の他の話数については、どうだったんですか。
上田 RETAS!で普通に出力できているマスターに関しては、かなり綺麗になったと思います。ただやっぱり、元がアナログベーカムの640(pixel)とか720(pixel)だったのを1920(pixel)まで持ち上げているんで、限界はありますよね。ただ、『灰羽』に関しては、わりと上手くいった作品だったんで、画質がどうこうっていうよりも、作品として残しておきたいなって気持ちが強かったんですよ。そうはいっても「これ、Blu-rayで出していいのかな……」って、自分でも凄く迷いながら作業してたんですけれど(苦笑)。でも、やっぱり待ってくれている方々がいたんで、自分の中では一応整理をつけてリリースする事を決めた感じですね。
—— ブログでは、「画質だけを目当てにするのなら買わないほうがいいです」って書かれてましたよね。かなり思い切った発言で驚きました。
上田 いやあ……ネガティブな発言で申し訳ないんですけど、おそらく画質だけを期待した方は「Blu-rayなのに何これ?」って正直思うでしょうからね。それは本当に「ごめんなさい」って言うしかないですし、誤解して買われてもトラブルにしかならないですからね。『灰羽』のBlu-rayについては、たぶん今話したような事情を分かっている方に買ってもらったほうがいいと思っているんですよ。だから、ネガティブな面も含めて、なるべく正確な情報を伝えてお客さんに判断してもらおうと、宣伝の人間にも片目を瞑ってもらって、そういった告知を半分オフィシャルみたいなかたちでやっています。プロモーション映像にも、あえて向上していない話数の画を入れてるんで、観る人が観れば分かると思うんですよね。それでも買いたいっていう人が買ってくれれば、いいかなあと。
—— 『lain』については、どうなんですか。
上田 初めに話したとおり、フィルムパートは確実によくなってますけど、100%がフィルムってわけじゃないですからね。カットがなくなっていたり、あとからデジタルで加工したところは、若干ローファイすぎるところもあったりします。完璧なものではないけど、フィルムパートはかなり綺麗なんで、それを観る価値はあるかなあっていう……非常に歯切れの悪い言い方ですが(苦笑)。
—— いえいえ。最後に、Blu-rayを待っているファンに一言お願いします。
上田 力及ばずなところが多々あったりはするんですが、大きな画面や高解像度でも破綻が少なく観られるよう、リファインというかレストアのような作業を、現状使えるベストな技術を使って、できるだけ丁寧にやったつもりです。まだ『lain』の作業は続いてますが、楽しみに待ってらっしゃる方もいるんで、その声を励みに最後まで気を抜かずにやりきろうと思っています。


2010年7月8日
取材場所/ジェネオン・ユニバーサル
取材/小黒祐一郎
構成/五所光太郎

灰羽連盟 Blu-ray BOX

発売日/7月22日
価格/23100円(税込)
発売・販売/ジェネオン・ユニバーサル
※2010年10月末までの期間限定生産
[Amazon]

●関連サイト

『灰羽連盟』公式
http://www.geneon-ent.co.jp/rondorobe/anime/haibane/

『serial experiments lain』公式
http://www.geneon-ent.co.jp/rondorobe/anime/lain/

『serial experiments lain』Blu-ray LABO プロデューサーの制作日記
http://blog.geneon-ent.co.jp/graphid/

(10.07.16)