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animecs T!FF・Production I.Gスペシャル
レポート(2)押井守×鈴木敏夫トークショー


 「animecs T!FF・Production I.Gスペシャル」の4つのプログラムの中でも、特に印象深かったのは、押井守監督とスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーによるトークショー「『立喰師列伝』の挑戦」。これまでも2人はDVDの特典映像などで対談しているが、観客を前にしての公開トークというのは今回が初の試み。
 開始早々、話題の新作『立喰師列伝』の最新プロモ映像が上映された。が、本編の映像はいまだにほぼシークレット状態。撮影現場の光景を中心に映し出される映像に、否が応にもファンの想像と期待は煽られる仕掛け。押井監督の人脈をフルに活かした異色のキャスト陣の中には、鈴木プロデューサーも名を連ねている。


↑左から司会の野田真外氏、押井守監督、鈴木敏夫プロデューサー ↑押井守監督と鈴木敏夫プロデューサー。『立喰師列伝』の垂れ幕の前で

鈴木 今回、押井さんに出てくれって言われて出たんだけど、そういう時はシナリオなんか読まないんですよ。僕みたいな素人に頼むわけだから、演技力とか計算は必要とされないんだろうって。それで今日、僕が押井さんにいちばん聞きたかったのは、「これは一体どういう映画なの?」って事(笑)。
押井 ……(笑)。難しいの、説明が。「立喰師とは何か」っていうパンフレットを作ろうかと思ってるくらいでさ。立喰師ってのは僕の妄想の中の存在で、まあ、結婚詐欺師みたいなもの。非常に知的なやり方で、人を騙して無銭飲食をする。僕の憧れの職業なんだけど。彼らの姿を通して、日本の戦後史を総括してみたかった。この国がどんなものを獲得し、失ってきたのか。20年近く前から考えてきた企画で、「これは自分にしかできない」っていう根拠のない自信もあったんだよね。
鈴木 押井さんが立ち喰いにこだわる理由っていうのは、なんなの?
押井 昔、この国には「道端でものを喰う時代」があった。子どもの頃にそれを見て、おいしそうに見えたんだよね。うちはわりとカタイ家だったから、立ち喰いみたいな事はさせてもらえなくて。大学に入って、そういう店にも行けるようになって、嬉しかった。それはやっぱり、非日常的な時間がそこにあったから。その「道端でものを喰う」っていう世界が、次にどこにあったかっていうと、実写映画の撮影現場だったんだよね。みんなで道端に座って、弁当広げて喰っていた。立ってものを喰うと、世界が違って見える。今、普通に見えてる風景が全部嘘で、僕らが昔見ていた世界が蘇るような感覚があって。その世界の方が、僕にとっては真実味がある。戦後っていうのは、その開放感が失われていく過程だと、僕は思ってる。

 プロモ映像の中には、「冷やしタヌキの政」役を演じる鈴木プロデューサーの姿も登場。監督のリクエストでイメージチェンジを施したビジュアルは、なかなかにクール(年齢設定は20代!)。その写真を人に見せたところ、ある人からは「原田芳雄さんですか?」と言われたとか。そして、当日は押井監督の実写短篇「KILLERS/.50 WOMAN」のハイライトも上映された。その中で鈴木プロデューサーは本人役で出演し、壮絶な最期を遂げる。

鈴木 「KILLERS」は凄く頑張ったんですよ! 押井さんは結構、現場では粘るタイプの監督なんです。だけど完成した映画を観て、ショックを受けました。よかったテイクが全く使われてなくて、あんまりダメ出しがしつこいからいい加減にやったところだけ使われてる。押井さんはきっと、自分の映画で役者に熱演されると困るんですね。だから素人の熱意や努力もことごとくカットする。もう2度と出ないと思います(笑)。
押井 どうして鈴木敏夫を選んだかというと理由がふたつあって、ひとつは宮崎駿に断られたから。宮さんというのは非常にカンのいい男で、こちらの目論見を察知してすぐ逃げる。もうひとつの理由は、「真に殺すべきは誰なのか」って事。これはやっぱり監督じゃなくて、プロデューサーしかありえない。だけど個人的な事情で石川光久を殺すわけにはいかないから(笑)。でも、これは友情の証なんだよ。鈴木敏夫という男には、きっと殺されたいという願望があるはず。だから僕が映画の中で殺す。そうする事でしか、彼の精神の均衡はとれないわけですよ(笑)。一種の愛情表現だよね。今回の『立喰師列伝』でも、ドンブリで殴り殺したし。

 2人は昨年公開された劇場大作『INNOCENCE』で監督とプロデューサーとして組み、その経験を通して「お互いに勉強させてもらった」と語る。

押井 意外と鈴木敏夫という男がマメで真面目な男だっていう事が分かった。僕は確かに、どうやってお客さんに見てもらうかっていう努力はしてこなかったから。ちょっと見直した部分はある。これほど悪辣な事をやるとは思わなかったけど(笑)。
鈴木 『INNOCENCE』は脚本からコンテから全部決まってる段階で参加したので、これはしんどかったですね。改めて自分が分かったというか、作品というのはやっぱり企画段階から入るのがいちばん面白い。でも僕も勉強になったし、色々と面白かったですよ。



 そして話題はいつしか、9月に行われた総選挙の印象から、個人情報保護法案などの社会問題へとシフト。

鈴木 今段々と、「人間が立派である事を前提にした社会」ができ上がりつつある気がする。どうしてそんな事が気になるかって言ったら、僕自身が全然ちゃんとした人間じゃないから(笑)。最近、成瀬巳喜男の映画をよく観ててね。そこに共通してるのは「人間って本当にダメで、だらしない。でもいいもんだ」っていう視点で。人間の向上心を認めないんだ。だけど今の社会はそうじゃない。そこからはみ出した人間たちは、一体どうなってしまうのか、と思うんですよ。
押井 僕は、野良犬のいなくなった町なんて滅びちまえ、と思ってる。(『立喰師列伝』というのは)まさにそういう映画なんだよ。人間なんて所詮ろくでもないもんだって事は、みんな分かってるはず。だけど最近、規範から外れる人間に対して、町が優しくなくなってきた。一体どういう世の中にしようとしてるのか。それと全く対極にあった時代が、僕の「戦後」なんだ。
鈴木 押井さんにとって『立喰師』という映画は、なんなの?
押井 ……実は今回も、結論なんて出してないんだよね(苦笑)。彼らはいつしか消えてしまった、という事だけ。そして、その時から、今の僕らが生きてる時代が始まったんだ、と。そういう意味では、これは鎮魂の思いをこめて作った映画なんだ。だけどここで完全に終わってしまうわけじゃなくて、この映画を観た人は、どこか遠くの田舎にはまだいるかもしれない野良犬の事を思ってやってほしい。そういう思いをこめてる。だからさ、今回はもの凄く真面目に作ったんだよ。
鈴木 で、面白いの?
押井 これは僕の映画には珍しい事だけど、スタッフからの評判がすこぶるいい(笑)。ずっと一緒にやってる西久保(利彦)も「いい」って言ってた。『うる星(やつら)』の頃の感じがあるって。今回はギャグもたくさん入れたからね。
鈴木 でもスチルなんでしょ? 飽きない?
押井 だから動かしてるんだって!(笑) できあがった映像を見ると、ちょっと生っぽいというか、ヌメッとしてるんだよね。生々しいテクスチャを持ったアニメーションになった。これは僕の理想の映像かもしれない。あれだけ予算と手間をかけた『INNOCENCE』でも到達し得なかったものが、この映画にはある。作品的な評価はともかく、映像表現としては確実に映画史に残るよ。だって今までなかったんだから。これから先もないだろうけど(苦笑)。

 片や世界に名を馳せるアニメ界の鬼才、片や国民的大ヒット作のプロデューサー。不思議な関係性を持つ2人の悪友同士が、時に毒舌も交えつつノンストップで会話を繰り広げる様は、観客を大いに楽しませてくれた。『立喰師列伝』の公開が、今から待ち遠しい。

 ハードスケジュールと言える日程で、丸1日行われた「Production I.Gスペシャル」。バラエティに富んだそれぞれのプログラムを通して、意欲的な企画に取り組み続けるProduction I.Gという会社のカラーを濃密に感じ取る事ができた。なお、現在、渋谷のパルコミュージアムでは「Production I.G展」が開催中なので、そちらもお見逃しなく。12月8日からは名古屋パルコでも開催される予定だ。

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●関連サイト
Production I.G
http://www.production-ig.co.jp/

『BLOOD+』
http://www.blood.tv/

『IGPX』
http://www.igpx.jp/

『立喰師列伝』
http://www.tachiguishi.com/

「Production I.G展」
http://www.igten.com/

(05.11.10)

 
 
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