アニメ様365日[小黒祐一郎]

第31回 『赤毛のアン』その後

 20年くらい前の事だと思う。僕は20代半ばだった。なにかのきっかけで、久しぶりに『赤毛のアン』を観返して「あれ?」と思った。本放送当時と全く違った作品に観えたのだ。本放送当時、僕は中学生だった。本放送で観た『赤毛のアン』は、夢見がちな少女の主観に沿った物語だった。主人公のアンに共感して観た。彼女の突飛な言動も、好ましいものとして観ていた。
 ところが20代半ばに観返したら、アンが変な子に見えたのだ。今風な言い方をすれば、ちょっと痛い子に思えた。後に、知人にその話をしたら、数人に「自分もそう思った」とか「うちの奥さんも、それで驚いていた」と言ってもらえた。決してそれが多数派だとは言わないが、僕と同じように思った人が、多少はいるわけだ。
 印象が変わってしまったのは、シリーズ前半だ。アンが成長した後半に関しては、そういった意味でのブレはない。これは演出的な問題である。夢のような事を口にしたり、怒ったり、嘆いたりするアンに対して、距離をおいて描いているように感じた。マリラやマシュウの目線からアンを描いているとも思った。アンの突飛な、あるいは大袈裟な言動に対して、マリラやマシュウが驚いたり、感心したりする事で、アンの滑稽さ、可愛らしさを描いているのに気づいたのだ。会話が中心の作劇なのだから、アンの言動に対する、マリラやマシュウの受けがあるのは当然なのだが、それが演出的なポイントになっていると思った。
 「アニメージュ」1991年6月号の高畑勲特集で、僕は、彼の歴代の作品について解説を書いた。『赤毛のアン』については以下のように書いている。「(略)高畑さんは原作を一種のユーモア小説としてとらえ、多感な少女たちの感性や活発さを表現しつつも、少女たちの世界を描いた物語をあえておとなの視点から描くことで、より一般性をもった作品として仕上げた」。「おとなの視点」とは、マリラやマシュウの視点という意味だ。
 だけど、今観返すと、作品の視点がマリラやマシュウにもない事が分かる。前回、原作を深く読み込み、ドラマとキャラクターに距離をおいて、客観的に描ききるところに高畑監督のカラーがある、と書いた。『赤毛のアン』についても、そのとおりであり、客観的に演出された作品だった。作品の視点は、マリラやマシュウにあるわけでもなかった。「アニメージュ」で原稿を書いた時の僕は、まだまだ甘かった。分かっていなかったのである。
 20代半ばに観返した『赤毛のアン』は風変わりな少女の成長と、周りの人間との関わりを、ユーモアを交えて描いた物語だった。印象は変わったが、成人してから観ても『赤毛のアン』は面白かった。さらに昨年、頭から15話くらいまでを観返してみた。僕は40代になっていた。驚いた事に、今度はマリラやマシュウの立場で観ることができた。マリラがアンに呆れたり、感心したりする気持ちも、マシュウがアンを可愛くてたまらないと思う気持ちも、自分の事のように感じられた。年齢によって、感じ方が違う作品なのだろう。そのように年齢によって違う見方ができるのは、誰かの視点からではなく、客観的に作られており、なおかつ、作劇や演出がしっかりしているからだ。中学生は中学生なりに、大人は大人なりに楽しめるように作っているわけだ。高畑勲、恐るべし。
 と、ここまで書いて、買うだけ買って読んでいなかった、ムック「世界名作劇場 赤毛のアン メモリアル・アルバム」(河出書房新社)の高畑監督インタビューに目を通してみた。なんとびっくり。そこで、高畑監督が「(作品の制作上のテーマとして)大きな柱は、登場人物たちを主観的ではなく客観的な視点で描くということです」と発言している。しかも、それぞれの年齢によって違った見方ができるような作りを狙ったとも語っている。うーん、答え合わせをしてみたら、正解だったというわけだけど、まるでこの記事を読んでから、今回の原稿を書いたみたいだ。文脈だけでなく、ボキャブラリーまで近いが、それは僕が、今までの高畑監督の発言に影響を受けているからだ。わっはっはっはは、格好悪いなあ。やはり、高畑勲、恐るべし、である。
 気を取り直して、別の話題について触れておこう。作品が客観的な視点で描かれているにしても、アンの描写に関して、マリラ、マシュウの存在が重要であるのは間違いない。それは『アルプスの少女ハイジ』におけるハイジとアルムおんじ、ロッテンマイヤーの関係に似ている。ハイジの一挙一動に対して、おんじやロッテンマイヤー、あるいはペーターやクララは、驚いたり、感心したりする。おんじ達のハイジへの反応を視聴者に見せる事で、ハイジを描いているわけだ。いわば、主人公を評価する立場のキャラクターであり、その関係性が作品に客観性を与える。高畑作品では、そういった冷静な観察者の位置にいるキャラクターが非常に重要なのだろうと思う。冷静な観察者がいないように見える作品でも、実は巧みにそれが設定されている場合がある。これについてはこの連載のずっと後で、改めて話題にする予定だ。

第32回へつづく

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(08.12.17)