第276回 「とんがり帽子のメモル マリエルの宝石箱
ここまでに話題にしたOVAで、僕がリリース時に購入して観たものは1本もない。どれも友達が買ったものを観せてもらったか、友達がレンタルしてきたのを一緒に観たかのどちらかだ。レンタル料を出し合って観た事もあったかもしれない。
学生にとってビデオソフトは、あまりにも高額であり、そう簡単に手が出せるものではなかった。僕の場合は、録画に使うビデオテープを毎月大量に購入していたので、ビデオソフトに回すお金がなかったという事情もあった。僕は、先に社会人になって、金銭的に余裕がある友達にたかるようして、OVAを観ていたわけだ。あの頃、観せてくれた皆、ありがとう。
そんな僕が、初めて自分で買ったビデオソフトが「とんがり帽子のメモル マリエルの宝石箱」だった。これはTVシリーズ『とんがり帽子のメモル』を再編集したものと、新作短編『土田勇のマイメモル とんがり帽子のメモル 光と風の詩』で構成されたパッケージだ。総集編のオマケ扱いなので「第269回 OVAの時代始まる」のリストには入れなかったが、『土田勇のマイメモル』もOVAではある。リリースされたのは、TVシリーズ放映終了から4ヶ月後の1985年7月21日。
僕は『とんがり帽子のメモル』を全話録画していたので、再編集パートには興味がなかった。お目当ては『土田勇のマイメモル』の方だった。「マリエルの宝石箱」の定価は7800円。僕は東映動画(現・東映アニメーション)でアルバイトをしていたので、社員割引で購入できた。6000円前後で買ったはずだ。今思うと、その程度の金額で、どうしてそこまで真剣になったのだろうかと思うけれど「よし、『とんがり帽子のメモル』のビデオソフトを買うぞ!」と意気込んで注文した。
『土田勇のマイメモル』は5分ほどの短いものだった。クレジット表記は「演出・美術監督/土田勇」「作画監督・原画/名倉靖博」。企画初期段階からメインスタッフとして『とんがり帽子のメモル』に参加し、その作品世界を創り上げてきた2人によるフィルムだ。ある夏の日、メモル、ポピット、ルパング、ピーの4人は、マリエルと遊んでいたが、突然の風に飛ばされてしまう。4人は白い鳥に乗って、雲の上を飛ぶ。雲の世界で色々なものを見る。メモルの父親のような雲、リュックマンのような雲。そして、その果てには……。
次々に登場するファンタジックなイメージを楽しむ作品だった。作画的にも、TVシリーズよりもマニアックな味わいになっていた。キャラクターにはたっぷりとタッチが入れられおり、マリエルの手の造形は、まるで人形のようだった。
『土田勇のマイメモル』の映像は、土田勇と名倉靖博のセンスが凝縮されたものであり、その意味では、僕は満足した。ただ、もっとたっぶりと観たいとも思った。これが他の制作会社、あるいはビデオ会社であったら、『とんがり帽子のメモル』の長編OVAを作っていた可能性もあるわけで、その短さが残念だった。それから『土田勇のマイメモル』を観るまでは、このビデオでTVシリーズ終盤に感じていた不満が解消できるかと思っていたのだが、そうはならなかった。『土田勇のマイメモル』はよくできた作品だったが、TVシリーズとは別物だった。
ちょっと引いた目で見ると、この作品で美術監督である土田勇が、演出を務めている点が面白い。後にも先にもそういった例は多くはない。僕は、自分の『とんがり帽子のメモル』の世界をストレートに映像化するために、土田勇自身が『土田勇のマイメモル』の企画を立てたのだろうと思っていた。DVD BOX解説書でスタッフ座談会をやった際に、彼にその事を訊いたのだが「自分でやりたいと思ってやったわけではないです。ただ、やる時は私はなんだって全力投球ですよ」という答えが返ってきた。誰の企画だったかは別にして、土田勇は自分の手で『とんがり帽子のメモル』をフィルムにしたいと思っていたのだろう。そんな彼の想いが分かっていたから、周囲が彼に短編を作らせる企画を立てたのではないか。
彼はこれから数年後に、原作・総監督・美術監督の役職で、OVAシリーズ『リトルツインズ』を手がける。『リトルツインズ』も『とんがり帽子のメモル』と同じく、小人を主人公にしたファンタジーだった。
第277回へつづく
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(09.12.24)