アニメ様365日[小黒祐一郎]

第337回 『湘南爆走族III —10オンスの絆—』

 僕はアニメ化されるまで、『湘南爆走族』の原作は読んだ事がなかった。OVAスタートから、数年経ったところで、原作をまとめて購入して一気読みした。予想以上の面白さで、ファンになった。今でも大好きな作品だ。OVA初期は、原作をまるで知らない事もあって、より新鮮な気持ちで視聴していた。そうやって観た事もあり、僕は『湘南爆走族』については「ここからここまでが原作の魅力」「ここはアニメのいいところ」と切り分けて考える事ができない。今回の原稿も、半分は原作の内容について書く事になる。
 『湘南爆走族III —10オンスの絆—』は『湘南爆走族』第3作。シリーズ中で、この第3作のみが、小規模ではあるが、劇場で公開されている。メインスタッフは前2作と同じく、監督が西沢信孝、作画監督が西城隆詞、美術監督が坂本信人。今回、ボクシングをモチーフにしているために『あしたのジョー』の経験を買われたのか、荒木伸吾が原画で参加している。今回は地獄の軍団のリーダーで、湘爆チームのライバルである権田二毛作が主役だ。
 権田は見た目も、性格も濃い男だ。背は高くて、顔はいかつい。激情家であり、意地っぱり。格好をつけたがるわりには、間抜けなところが多い。仲間は大事にしており、チームのメンバーには慕われている。また、きまじめなところもあり、バイトはマジメにやっている。江口達がどこかスマートであるのに対して、権田はダサいし、みっともない。だが、そのスマートでないところが好ましい。そんな男だ。演じているのは屋良有作。権田の無骨さ、起伏の激しい性格を見事に表現していた。『—10オンスの絆—』は、そんな権田の魅力がギッシリ詰まった作品だ。
 序盤は、権田が交通事故で入院するエピソードだ。江口達が病院までからかいにくるのだが、ギャグのたたみかけが上手で、このパートもかなりの面白さだ。僕が、アニメ『湘南爆走族』で一番笑ったのが、このパートだ。権田が退院してから、ボクシングの話になる。ここから、湘爆チームは本当に脇役に回る。
 最近はサボってばかりで、ほとんど部に顔を出していないのだが、彼はボクシング部のキャプテンだった。顧問の植村先生が学校を辞めるという噂を耳にして、権田は驚く。植村先生は、鉄拳制裁も辞さぬ厳しい教師だった。不良生徒に正面から接しており、権田をボクシング部に入れたのも彼だった。そんな植村先生が、年齢を理由に、自ら望んで教職から退く事になった。1週間後の練習試合を最後に、学校を去るのだ。権田がサボるようになってから、ボクシング部は弱くなってしまった。権田は、植村先生に勝利を贈るために、練習試合に出る事を決意する。だが、長いブランクは、彼の身体をサビつかせていた。権田は、懸命に練習に励むのだが……。
 『—10オンスの絆—』には名セリフが沢山ある。それらのセリフは、クサいと言えばクサいのだが、まるで気にならなかった。むしろ、そういったセリフがよかった。本作の面白さは、まず、権田の心情描写にある。仲間と走る事に夢中になり、植村先生の期待に応えてこなかった事についての後悔。植村先生のために勝ちたいという想い。そういった気持ちが存分に描かれている。
 自分の身体がサビつていていた事に気づいた権田は、一度は練習試合に出るのをあきらめたが、部室で戯れにサンドバッグを叩く植村先生の姿を見る。その背中が小さく見え、サンドバッグを叩く拳の弱さにショックを受ける。胸の中から湧き出てくる想いがモノローグとして語られるのだが、その熱さが堪らない。僕はここが一番泣けた。トレーニングを重ねて、権田の調子が出てきたところで、挿入歌がかかる。こういったシーンで挿入歌をかけて盛り上げるのは、ありがちな演出ではあるが、これも効いていた。シーンの重ね方が上手いのか、感情の繋げ方のためなのか、とにかく胸にグッとくる。
 この話のもう1人の主人公が植村先生だ。『—10オンスの絆—』は、静かに、誠実に、できることだけをしっかりとやってきた彼の人生を描き出している。生徒の事は可愛いけれど、甘やかしはしない。自分がやった事を誇りもしない。ただ、日々を噛みしめて生きている。そんな植村先生の人生が、じわじわと胸に染みる。
 回想で、植村先生が権田にスイカを食べさせている場面がある。場所はおそらく、植村先生の自宅。権田の様子からすると、彼がボクシングを始めた頃だろう。植村先生は人生訓を垂れる。ケンカをしても構わないけれど“気持ちの輝き”を失うな、といった内容の事だったが、権田は話が理解できず、「先生よお、難しすぎて、俺には分かんねえよ」と応える。それを聞いた植村先生は「ハッハッハ、お前は馬鹿だなあ」と言うのだった。
 植村先生のそのセリフは、権田を馬鹿にしたものではないし、からかっているのでもない。教え子の出来の悪さについて、少し呆れて、同時にその出来の悪さを可愛いと思っているのだ。ごくあたり前のやりとりではあるのだけれど、僕にとっては、ここも泣きのポイントだ。権田が練習試合に出たのは、その時に言われた“気持ちの輝き”を見せるためだった。今でも権田には、言われた事がよく理解できないのだが、とにかく“気持ちの輝き”を見せるためにリングに立つ。
 権田の対戦相手は強敵だった。権田は善戦するが、相手も倒れない。権田は、汗まみれどころか涙や鼻水まで垂れ流しながら、必死で試合を続ける。普段はツッパって格好をつけてる彼が、そこまでみっともないところを見せる。しかし、試合が終盤まできたところで、権田の善戦に満足したのか、植村先生は学校から立ち去ってしまう。試合を最後まで見届けなかった理由は、劇中でははっきりとは分からないのだが、権田が試合を最後まで見てもらえない切なさがいい。植村先生が学校を去る際に、彼に世話になった不良達が「先生ありがとう」と書かれた横断幕を持って、校舎の屋上から見送るというとんでもないひと押しがあり、これがまた猛烈に泣ける。この屋上の見送りは、アニメオリジナルの描写だ。
 とにかく泣ける作品だった。『—10オンスの絆—』も、他のOVA『湘南爆走族』と同じく、ほとんど原作どおりの内容だ。原作も面白いのだが、OVAはさらに熱い作品になっている。画作りや役者の芝居、音づけ、ちょっとした描写の違いによって、濃厚さを増しているのだろう。作り手の想いもたっぷりこめられている。演出というのは、こういうものだと思う。この後のOVA『湘南爆走族』シリーズも、僕は楽しんで見続けたが、ベスト作品は『—10オンスの絆—』だ。

第338回へつづく

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(10.03.31)