アニメ様365日[小黒祐一郎]

第383回 『ミスター味っ子』を振り返る・その3

 「アニメ様365日」の『ミスター味っ子』の原稿について、板垣君に続いて、2人のアニメーターの方から楽しく読んでいると言っていただいた。嬉しいなあ。励みになります。よろしかったら、読者の方々も、感想を送ってくださいませ。
 昨日取り上げた20話「日本の味・お茶漬け勝負」について、もうひとつ触れておく。前半で陽一と味皇が桜の木の下で会話をする場面がある。話した内容は、味皇の今後についてと、陽一の進路についてだった。『ミスター味っ子』は当初は、2クールで終わる予定だった。結果的に放映延長を重ねて2年続くわけだが、もし26話前後で終わっていたら、最終回で陽一の将来の問題が描かれたのかもしれない。ではあるが、この場面について僕が触れたいのは別の点だ。
 話をしているうちに、味皇は陽一が指にケガをしているのに気づき、手をとって傷口に自分の口をあてる。消毒代わりに傷口をなめたのだろうが、陽一の指に口づけしているようにも見える。その後で、味皇は財布から絆創膏を取り出して、陽一の指に巻いてやる。その一連の動作を、味皇は自然にやってみせる。
 濃い描写だ。味皇は、陽一の事を自分の肉親のように思っており、陽一の傷口をなめるという行為でそれを分かりやすく示しているわけだ。本放映時にもこの場面を観て、くすぐったいと感じたし、味皇と陽一の関係性がぼんやりとは分かった。ただ、今の方が、作り手の意図が理解できるし、表現されているものをはっきりと感じとれる。本放映時には、まだ僕が人間として練れていなかったのだろう(と、ここまで書いて気がついたのだけれど、ひょっとしたら放映後、何かの機会に、今川監督からこの場面の意味について教えてもらった事があったのかもしれない)。
 この描写は、味皇と陽一の関係を描写しているだけでなく、登場人物の「肉感」のようなものまで表現している。富野由悠季監督の言葉を借りれば「肉づきの感じられるキャラクター描写」になっている。話は脇道にそれるが、キャラクターの生々しさは、富野作品における演出の重要ポイントだった。さらに説明すると、富野監督は今川監督の師匠にあたる存在だ。久しぶりに、20話のこの場面を観て「富野作品的だな」と思った。
 おっと、いけない。脇道に入りすぎた。富野作品的であるかどうかは別にして、そんなものが表現できていると思うくらい、この時期の今川監督は演出的に高まっていたわけだ。
 20話で、各話完結の料理勝負は終了。21話から25話は、シリーズ最初のクライマックスである「味皇杯料理人グランプリ」が描かれた。21話は東京地区予選大会で、22話と23話が決勝1回戦、24話と25話が決勝2回戦だった。
 21話「開催料理人グランプリ・フライで勝負」(脚本/城山昇、絵コンテ/アミノテツロー、演出/中村憲由、作画監督/大久保修)において陽一は、20話から続き、将来の事で悩んでいた。そのため最初はグランプリにも気乗りしなかった。しかし、ライバル達が参加する事を知り、闘志を燃やし始める。そして、将来についてはまだ決めていないが、とにかく今は料理人グランプリに全力を尽くす、と決意するのだった。
 主人公が解決できない悩みを抱えており、解決しないまま物語が進む。今観返すと、そういった主人公の「悩み」の扱いが、今川作品らしい。具体的に言えば、21話の陽一が、後の『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』最終回における草野大作とダブって見える。主人公の悩みの扱いは、今川監督の作家性について語る上で、非常に重要なものだ。陽一の悩みは、大作ほど深いものではないし、ウジウジもしていないが、後にかたちになっていく作家性の萌芽が、すでに監督デビュー作に見てとれるのが面白い。

第384回へつづく

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(10.06.09)