アニメ様365日[小黒祐一郎]

第399回 『ロボットカーニバル』の各作品(3) 梅津泰臣の「プレゼンス」

 4本目の作品が、梅津泰臣監督の「プレゼンス」。これはとてつもなく濃密な作品である。ビジュアルも濃いし、ドラマも濃い。舞台は、人間そっくりのロボットが人間と一緒に暮らしている世界。人や街並みの感じは欧米風だ。主人公は妻子持ちで、周りからは愛妻家と思われているサラリーマン。彼には人には言えない秘密があった。森の中の小さな小屋に、彼が作った少女ロボットを隠していたのだ。フワフワした衣装を着た美少女だ(右足と左足で履いている靴下が違ったり、片手だけに手袋をしているあたりもフェティシュ)。母親の愛情を知らずに育った主人公は、自分の妻に女性的なものをもとめていたが、妻は男まさりのキャリアウーマンであり、その期待には応えてくれなかった。だから、より女性的な、可愛らしく、愛でるだけの対象として少女ロボットを作ったのだろう。だが、少女ロボットは人格を持ってしまい、「恋をしたい」と言い出す。主人公の内面にも踏み込んでくる。人間めいてしまった彼女を、主人公は拒絶する。そして、時は流れて、孫を持つ身になった主人公が、少女ロボットと再会する。また時が流れて、さらに老いた老人の前に再度、少女ロボットが現れる。そして……。
 『ロボットカーニバル』のほとんどの作品にはセリフがない。声優を使っているのは、この「プレゼンス」と、北久保弘之監督の「明治からくり文明奇譚 〜紅毛人襲来之巻〜」だけだ。「プレゼンス」で主人公を演じたのは「ウルトラセブン」のモロボシ・ダン役で知られる森次晃嗣。「ウルトラセブン」のファンである梅津監督のキャスティングだ。
 ビジュアルが素晴らしい。キャラクターは美麗であり、リアル。セルの描き込みに関しては、究極的なレベルに達している。小物や美術も、驚くほど入念に細部まで描き込まれている。色遣いや塗り分け方もいい。キャラクターだけでなく、机の上に置かれた小物まで見応えがある。
 例を示せば、冒頭の主人公がスープを飲む場面だ。手に持ったスプーンに、テーブルに置かれたスープ皿が映り込むというという描写がある。スプーンと別に作画したスープ皿を撮影で合成しているのだろうが、スプーンが動くとちゃんとスープ皿の形が歪む。そういった細部の描写は、単に手間がかかっているから凄いというだけでなく、この作品が、人間を深く描こうとしているのとリンクしている。映像がリアルに事物を描写し、ドラマが人間の深い部分を描く。そのふたつが一致しているところに価値がある。
 動きに関しては、人間を1コマ、2コマの作画で動かしている。形の取り方も立体の表現も、全てが完璧。よく動いているし、リアルだ。今のアニメファンが見ると、リアルというよりは様式的なアニメーションに見えるかもれないし、当時も僕の周りで、その動かし方に否定的な感想を口にした業界人はいたが、僕にとっては超リアルなアニメだった。そして、リアルなだけでなく、動きの快楽に溢れている。ポーズや芝居のつけ方も秀逸だ。例えば、主人公が湖に向かってネジを投げるカットがある。その投げ方が惚れ惚れするくらいかっこいい。
 語り草になっているのは、老人となった主人公の前に現れた少女ロボットの、身体が壊れ、倒れ込むカットだ。脚を伝うオイルのエロティックさも、落ちていく少女ロボットの顔のパーツの美しさも、フワっと動くスカートも大変なインパクト。スカートに関してはボリューム感も見事で、絵で表現されたものなのに、本当にスカートが動いているようにしか見えない。凄まじいばかりのリアリティだ。「プレゼンス」は全編に圧倒されたのだが、特にこのカットには息を飲んだ。顔のパーツが落ちてきたところで、背中がゾクゾクした。
 「プレゼンス」は文字どおり、梅津泰臣の入魂の仕事だ。彼のフェテッシュな部分も、存分に盛り込まれている。デザインの秀逸さ、クオリティ云々だけでなく、彼の美意識と思い入れが、この作品のビジュアルを魅力的なものにしている。「アニメ」的な映像ではあるが、それを突きつめた事で、「プレゼンス」のビジュアルは、芸術の域に到達していると思う。
 ストーリーも面白かった。冒頭は、子供達がいたずらをして、紳士ロボットの生首を奪い、それをボール代わりにして、フットボールをするというブラックな場面だ。冒頭シーンからして、つかみはOK。全体としては、1人の男の人生を俯瞰して、その寂しさとほんの少しの救いを描いた物語だ。それを描ききってはいないかもしれないが、観客にメッセージを伝える作品にはなっている。構成としては、2度オチがあるかたちになっており、そのため非常にこってりした印象がある。
 演出的にも充実した仕上がりで、雰囲気の出し方が巧い。アニメージュの「いまだから話せる!? 『ロボットカーニバル』の裏のうら」で、梅津監督は、映画的なものを作ろうと考えて、この作品の骨格を組み立てたと語っている。映画的なのは、演出的な面だけでなく、物語や作画も含めて映画的にしたかったのだそうだ。 
 まだ20代だった梅津監督が「中年男と少女」「老人と少女」というモチーフを選んでいるのも面白い。僕の記憶が正しければ、当時、彼は、講談社のマンガ雑誌で短編を何本か発表している。そのうちの1本は、老人と少女の話だったはずだ(間違いだったら、申し訳ない。中年男と少女の話だったかもしれない)。梅津監督のそういった感覚は、後の『MEZZO FORTE』におけるヒロインの海空来と、黒川の関係にも通じるところがある。黒川というのは、広川太一郎が演じていた中年男だ。
 自分の事で言えば、初見時に全部が理解できたと思ったし、共感できた。今になって観返すと、どうしてそこで主人公が少女ロボットを拒絶したのだろうかとか、老人になってから少女ロボットが2度現れた意味は、といった事が気になってしまう。老人になっても満たされないまま生きているらしい主人公に、自分が20代前半だった初見時の方が、なぜか感情移入できた。思い入れして観ていたからだろうか。僕も若者なりに人生について考えており、当時の自分の人生観と「プレゼンス」のテーマが一致していたのかもしれない。

第400回へつづく

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(10.07.01)