アニメ様365日[小黒祐一郎]

第432回 『妖獣都市』とロマンチスト

 ここまで3回かけて『妖獣都市』について書いた。まだ書き残している事があるので、もう1回だけ続ける。今日は、主に自分が好きな場面について書く事にする。この作品のオチに関する話もするので、昨日までの原稿を読んで『妖獣都市』を観てみようと思われた方は、今日の記事は本編を観るまでは読まない方がいいかもしれない。

 メインタイトルが出た直後。勤めている会社で、滝が椅子から立ち上がったところで、腰を押さえて痛がる。蜘蛛女との戦いで身体を痛めていたのだろうが、そんな事情を知らない女子社員が「あらあら、プレイボーイも楽じゃないわね」と言う。昨夜頑張りすぎたのね、という意味の下品な冗談だ。なんて事のないセリフだが、僕はこのやりとりが妙に好きだ。作品世界を表現するセリフであるし、そんな事を言われてしまう事で、滝のキャラクターを描写しているわけだ。それは分かってはいるのだけれど、ちょっとやりすぎな感じで、観返すたびに笑ってしまう。昼間からそんなエロトークをしているなんて、どんな会社だよ、と突っ込まずにはいられない。全体にクールな作品なので、そういった下卑た部分が際立って面白く感じるというのもある。

 下卑た部分が際立つといえば、ジュゼッペ・マイヤートのキャラクターもそうだ。東京に着くなり、ソープランドやキャバクラに行きたがるエロ爺であり、口を開けば助平な事ばかりだ。彼と、生真面目な滝、クールを極めた麻紀絵のギャップが凄まじい。ジュゼッペ・マイヤートと麻紀絵が会話をするだけでおかしい。
 キャラクターで言うと、滝達がジュゼッペ・マイヤートを連れて行ったホテルの主人(声/大木民夫)も印象的だ。黒服に蝶ネクタイ姿のダンディな男。初老で、物腰も上品。そんな彼が、魔界の刺客が襲ってきた時に、華麗な技で応戦した。スーツの袖に、鎖がついたついたナイフを仕込んでおり、それを自在に操って敵を襲うのだ。落ち着いた物腰の彼が、そんな技を使うのも意外だし、ナイフを放つ際のポーズもダンディ。それも面白かった。

 中盤で敵に捕まった後、麻紀絵が純白のドレスに着替える。黒スーツの男装から、純白のドレスに。凄まじいコントラストだ。滝との関係が深まったところで、急に女っぽいところを見せたというかたちだ。クライマックスは、教会の屋根の上でのバトルだ。そこで全裸に白いシーツをまとった麻紀絵が、敵ボスのMr.影(青野武)にとどめを刺す。シーツをまとった麻紀絵の背後には、教会の十字架がある。彼女の姿は神々しく、まるで女神のようだ。多くの印象的なビジュアルを見せてきた『妖獣都市』が、クライマックスで見せた鮮烈なイメージだ。
 設定的な事で言えば、ジュゼッペ・マイヤート護衛の任務の背後には、人間界と魔界の新しい関係を作るため、両世界の者同士で子供を作る計画があった。混血可能な人間として選ばれたのが、滝と麻紀絵だったのだ。最後のバトルの前に、滝と麻紀絵は肉体的に結ばれており、彼女はそこで滝の子を身籠もっていた。十字架を背にして、白いシーツをまとった麻紀絵には、聖と魔の垣根を越えた存在という意味があるのだろう。
 ではあるが、重要なのは、そんな設定的な事ではなく、魔界の女として登場した彼女を神々しいまでの女性として描こうとした川尻監督の思い入れだ。その場面はロマンチックでもあり、初見時には照れくささすら感じた。クライマックスの前に、ハードボイルドな世界に生きている滝が、ロマンチスト過ぎると言われるところがある。滝がそうであったように、ハードなドラマを描いてきたこの作品の作り手も、実はロマンチストだった。そして、思い入れを込めて麻紀絵を描き、最終的に、滝との純愛の話に持っていったところに『妖獣都市』という作品の厚みがある。

第433回へつづく

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(10.08.18)