アニメ様365日[小黒祐一郎]

第449回 『神々の熱き戦い』ドルバルと“痛さ”の表現

 ロキを倒した星矢の前に現れたのは、ドルバルであった。映画冒頭では退廃的なムードすら醸していた彼が、戦士として力を振るう。ラスボスがそれまでに登場した敵よりも強いのは当然であるが、それにしてもドルバルは強かった。桁外れの強さだ。設定的にはそんな事はないのだろうが、印象としては全アニメ『聖闘士星矢』シリーズで最強の強さだ。他の劇場版のラスボスとは違って、彼自身は神ではない。オーディーンの地上代行者だ。劇中の描写では、彼が神闘士であるのかどうかすら分からない。ドルバルは傍若無人な言動と、圧倒的な強さが魅力のキャラクターだ。その強さの理由がよく分からないところも、彼が規格外のキャラクターである事を強調しているように思える。

 ドルバルが片手で放った攻撃で、星矢は数十メートル吹っ飛び、聖衣が大破。吹っ飛ぶ時には、星矢の身体が地面をえぐっていく。攻撃力だけではない。星矢の言葉によれば、ドルバルのスピードは黄金聖闘士以上。オーディーン・シールドに取り込まれそうになった星矢を、駆けつけた瞬が助けるが、彼もドルバルの一撃で倒される。星矢は沙織を助けるために、ドルバルに食らいつく。しかし、力を込めた拳は宙を切り、ドルバルの一撃によって大地に叩きつけられる。ドルバルが猫をなぶるように星矢を痛めつけている時、カメラは神像のようになった沙織の姿を撮る。そこに現れたのは氷河だ。ドルバルは、星矢に止めを刺すように命じる。「はははははは。氷河よ、星矢を殺せ。アテナの兄弟達よ。互いに殺し合うのだ!」。そう言って高笑いをするドルバル。しかし、氷河は紫龍との戦いで正気に戻っていた。ドルバルに立ち向かい、脚を凍らせて動きを封じる。しかし、ドルバルは片手で氷河の胴を締め上げて、彼の膝を大地につかせる。片手一本でだ。氷河を倒したドルバルは「ははははは! 余はオーディーンの地上代行者なるぞ」と嬉しそうに勝ち誇る。このセリフの言い方が憎らしくもあり、魅力的でもある。星矢にとどめを刺すために放った拳は、掌がそののまま伸びて、相手に向かって飛んでいくという凄まじいイメージ。一輝が身を投げ出して、その拳を受けるが、彼も倒れる。「星矢! アテナを!」の言葉を残して。

 クライマックス突入である。当然の事ながら、ドルバルとの戦いはドラマ的にも映像的にも、テンションが高い。音楽とのマッチングも素晴らしい。星矢達の小宇宙(コスモ)だけでなく、演出、作画、音楽、美術、撮影、色彩設定と、それぞれのパートの小宇宙が高まっていく(こんな事を書くと白けてしまうかもしれないが、「小宇宙(コスモ)が高まる」は『聖闘士星矢』世界のお馴染みのフレーズだ)。星矢の聖衣が砕ける時には、まるでガラスが割れるような“チャンチャリン”という軽い効果音がつく。ドルバルの技からすれば聖衣などはガラスのようなものだという意味の音響演出だろうか。効果さんの小宇宙も高まっている。
 見どころのひとつが、星矢がオーディーン・シールドをかけられる個所だ。立ったまま、オーディーン・シールドに耐える星矢の顔は歪み、身体の一部が引き剥がされるように異次元空間に吸い込まれていく。世界の色が変わり、大地も、空も、オーディーン像も、赤黒く染まる。空を雲が流れていく。ドルバルがオーディーン・シールドを発動させた瞬間に、男声コーラスがスタートする。これがいい。コーラス曲がドラマのテンションを上げ、神話的な世界の壮大さ、深さを高らかに謳い上げる。『神々の熱き戦い』は雰囲気に浸れる場面が多いのだが、僕が一番浸れるのがこの個所だ。本当にどっぷりと浸ってしまう。オーディーン・シールドから解放された後、星矢が再度、ドルバルに挑むところまでコーラス曲は続く。その部分のマッチングも素敵だ。
 半ば異次元に取り込まれた星矢が、瞬の助けにより脱出するカットも印象的だ。星矢はまるで決めポーズを取ったかのような姿で、光と共にこの世界に戻ってくる。まるで、エスパーがテレポーテーションで現れたかのようだ。ヒロイックなボーズが篦棒にかっこいい。まるで『サイボーグ009』のサイボーグ戦士のようだと思った。そして、星矢は「今のは瞬か!」と言う。異次元に吸い込まれる時、瞬の存在を感じとっていたのだろう。このセリフには、生と死のギリギリのところで戦っている感じが出ており、それがいい。

 もうひとつ見せ場が、氷河が倒される場面だ。ドルバルに締め上げられた彼は、大地に膝をつく。氷河の顔面に向かって、ドルバルは掌からエネルギーを放つ。その力を受けて、氷河の顔は歪み、背骨が折れるのではないかと思うくらいに身体が曲がっていく。ドルバルの動きを止めるために大地を凍らせたのだが、その氷が溶けて、氷河の周りに大きな水たまりが広がる。アニメで、こんなに痛そうな表現は他に見た事がない。
 『神々の熱き戦い』のポイントのひとつが“痛みの表現”なのだ。ドルバルとの戦いでは、オーディーン・シールドを受けた星矢、ドルバルの攻撃を受けた青銅聖闘士達で、同じような痛みの表現がある。ここまでのシーンにも同様の描写がいくつかあった。こってりとした演出、ストレートに感情を表現する作画、独特のシチュエーションで、技や攻撃を受けたキャラクターの痛みを、ダイナミックに表現している。観ている観客に、その痛みを直接伝えているかのような表現だ。自分の事で言えば、アニメを観ていて、こんなにも痛さを感じた事は、後にも先にも他にはない。
 そして、その痛さは不思議な事に心地よいものだ。どうしてこんなにも、痛みが心地よいのか。沙織や青銅聖闘士に感情移入して観て、M的な快楽を感じているのか、ドルバルに感情移入して、S的な快楽を感じているのか。ひょっとしたら、あまりにも表現が鮮やかであり、アニメのキャラクターの感覚がストレートに伝わってくる事自体が、快感に繋がっているのかもしれない。

 山内重保も荒木伸吾も、リアリズムよりも表現を重視するクリエイターだ。痛みの表現も、華麗ですらあるバトルも、ドルバルの掌がそののまま伸びて飛んでいくイメージも、アニメの表現主義者たるこのコンビだからこそ、成立したものだ。

第450回へつづく

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(10.09.10)