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COLUMN
アニメ様の七転八倒[小黒祐一郎]

第87回 『エスパー魔美』再見 「たんぽぽのコーヒー」

 原恵一監督は『エスパー魔美』において、自身が各話のコンテ、演出を多く手がけ、傑作を残している。『魔美』における彼の代表作を挙げるなら、1話「エスパーは誰!」、18話「サマードッグ」、54話「たんぽぽのコーヒー」、96話「俺たちTONBI」だろう。18話以外の3本は、10月にやったアニメスタイルイベントで上映した。1話「エスパーは誰!」は、ほぼ原作どおりの内容なのだが、演出的に相当力が入っている。アニメなのに、まるで「藤子マンガを、原作に忠実に実写で撮ったらこうなるのだ」と思わせるような仕上がり。原監督が以降の作品ではやらない、実験的なカッティングもある。
 54話「たんぽぽのコーヒー」はオリジナルのエピソード。脚本は桶谷顕だ。魔美の父親に連れられて、魔美と高畑は信州の山奥に行く。そこでは、父親の後輩である田端が、自然に囲まれて暮らしていたのだ。魔美達は山奥の生活を素晴らしいと思うが、田端の息子の明彦は都会に帰りたがっていた。信州に来て日が浅い明彦は、まだここでの暮らしに慣れていなかったのだ。田端と衝突した明彦は、家出をして東京に向かう。魔美達は彼を探すために、夜の山中に……。
 「最終バスジャック」と同じ父親と息子の話だが、今回は父親のポリシーであるエコロジー志向が、息子のストレスを生む。明彦にとっては川魚や山菜の食事よりも、魔美が用意した(多分、レトルトの)ハンバーグの方が嬉しいのだ。
 明彦に自然のよさを教えるのは、高畑だった。高畑は山中で明彦を発見したが、彼は足をくじいており、明彦と一緒にその場で夜を明かす。翌朝、高畑は近くで見つけたタラの芽を食べる事を提案する。歩けない高畑の代わりに、明彦がタラの芽を煮るための水を汲みに行く。そして、2人は自然のご馳走に舌鼓を打つのだった。ハフハフと口から湯気を出して食べる様子が、実に旨そうだ。その後、追加のタラの芽を採りに行った明彦が崖から落ちそうになる展開となり、田端が息子を助けるために活躍。それで、家出事件は一件落着する。
 田端は明彦と和解したが、彼は息子にそこでの暮らしを強制はしなかった。大人になってここを出ていきたくなったら、出ていっても構わない。むしろ、そうしてほしいと息子に言う。自然に囲まれた暮らしは素晴らしいが、人の価値観は様々だ。自分の息子であっても、それを押しつけてはいけない。それをやっていたら、この話は薄っぺらいものになっていただろう。
 サブタイトルになっているたんぽぽのコーヒーとは、田端が淹れる特製の飲み物で、たんぽぽの根から作るのだそうだ。このエピソードで、それが彼の生活のシンボルとして扱われている。和解した明彦に、田端はたんほぽのコーヒーを飲ませる。それは子供には苦いものだった。自然は素晴らしいものだが、同時に厳しい面もある。それを話すきっかけとして、わざと濃いコーヒーを淹れたのだ。父親としての厳しさを、そんなふうに見せるところもいい。田端と明彦のドラマが一段落して、魔美達は東京に帰る。そこでなぜか物語と関係なく、魔美がたんぽぽのコーヒーの作り方を説明する台詞が流れる。その台詞はいつもの明るい調子だ。重くなった物語を、軽い調子に転調させ、気持ちよく終わらせる演出である。
 この話が優れているのは、親子のドラマを画一的なかたちでまとめていない事。そして、自然の中の気持ちよさを表現できている点だ。後者についてはBGMの力も大きい。「たんぽぽのコーヒー」では、全編でマーラーの「交響曲第2番」が使われており、普段の『魔美』のBGMは1曲ほどしか使用していないそうだ。その大胆な選曲は、作品に格調も与えている。
 細かいところだが、この話の食事シーンで、焼き魚を食べる際に、箸で魚の身をほぐしてから食べるという芝居をやろうとしている。TVアニメでそんな細かい芝居に挑戦している事に驚かされる。それから、余談をひとつ。この話に出てくる田端の犬を山寺宏一が演じている。出番はほんのわずかで「ワンワン」という鳴き声のみだ。この頃の山ちゃんは、まだ新人だったのである。各話にゲストキャラクターが登場する『魔美』では、そういった声優のチェックをするのも楽しい。
 アニメスタイルイベントでも話題になっていたが、この話はペンション暮らしをしている作家のエッセイからヒントを得て、桶谷さんが書いたものだ。原監督も、その本を読んでおり「面白いところに目をつけたな」と感じた。また、制作当時、原監督はよく登山をしており、舞台になった八ヶ岳にも登っていた。それもあり、思い入れをしてこのエピソードを作ったそうだ。「たんぽぽのコーヒー」と18話「サマードッグ」には、ちょっとした関連がある。それについては次回に。

■第88回に続く


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発売元/シンエイ動画、フロンティアワークス
販売元/ジェネオン エンタテインメント
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(06.12.05)

 
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編集・著作:スタジオ雄  協力: スタイル
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