その7 夏休みのお楽しみ
今回の話題の場合、西暦でいうより昭和40年代という区切りの方が適切かと思うのですが、その頃のTVは再放送がとても多かったものです。地域によっても事情は異なるのでしょうが、学校が終わった後の夕方は時代劇等と並んでアニメ番組の再放送の時間帯でしたし、春休みや夏休みの午前中にも再放送番組が並んでいました。
現在のようにビデオやDVDもなく、CSやネット配信など想像の外。1人が1台以上の映像視聴覚機器を持つような時代でもなく、TVは一家に1台だけ。お茶の間という言葉が生きていて、TVは家の中心にどんと居座っていました。TVそのものもリモコンはまだなくて手回し式の丸いダイヤル、あるいは縦か横にピアノの鍵盤のように並んだチャンネルボタンを手でポン、ポンと押していく、そんな時代でした。チャンネル権やチャンネル争いなどという言葉もあったくらいで、家族で見たい番組が重なると一騒動だったりしました。
そんな訳で、再放送の時間帯は、本放送で見られなかった番組を見る貴重な機会でした。再放送で初めて出会った番組も多く、また当時はカラーとモノクロ番組が混在していましたから、記憶の中のアニメ年表は実際のものとはまるで違っていたりして、資料をあたって驚くこともしばしばです。
その頃の夏休みの楽しみと言えば恒例の再放送。その中には、本編よりも日本語吹替えの楽しさが勝っていたのではないかと思われるハンナ=バーベラ・プロの作品も多くありましたが、個人的に、日本のTVアニメでは、東映動画の『レインボー戦隊ロビン』と『サイボーグ009』の記憶が強烈に残っています。
先にも書いたように、実際のアニメ年表と照らし合わせてみるといささかの記憶のすり替えもあるかもしれないのですが、その大半の日々を隣町にある母方の祖母の家で遊び過ごしたような気のする夏休み。セミ捕りや何やで遊び疲れた夕方、横に蚕棚のある冷んやりとして薄暗いタタミの部屋で見た、記憶の中のTVにはいつもロビンや009の姿があるのです。
『レインボー戦隊ロビン』はキー局での本放送の時間も夜8時からという、当時の常識では大人の時間帯でしたから、おそらく再放送で初めて出会ったと思われます。遊び疲れて、それほど集中して見ていたわけでもないのではないかと思うのですが、それでもその中のいくつかのエピソードはその後もずっと忘れられないインパクトを残してくれています。
例えば第6話「宇宙にかける虹」の、SF版ロミオとジュリエット調のストーリー。第16話「撃墜王パルタの鷹」における登場人物の存在の苦悩。一転して明るいドタバタ喜劇の第17話「パリ・ファッション作戦」。それにさらに輪をかけた第28話「リリにおまかせ」。後になってロマンアルバムで正しいサブタイトルとストーリーを確認するまで、第6話と第16話がごっちゃになって、リリが恋するのが敵方のパルタの鷹と思っていたり、記憶としては実に曖昧なものなのですが、パルタ星人と地球人との混血であるロビンの生い立ちや、母への思慕、個性的な仲間のロボットたちも好ましく、中でも、おセンチなのに男まさりのジャジャ馬ぶりを発揮する看護ロボットのリリは彼女のためのED曲「すてきなリリ」と共に大のお気に入りでした。
そしてアバンタイトルの「ワン !」「ツー !」という9人の名乗りが印象的な『サイボーグ009』。先行する2本の劇場版を見ていなかった私には、このTV版が最初の出会いでした。小杉太一郎さんの音楽も秀逸で、OP主題歌「サイボーグ009」と、原作者の石森章太郎さん (当時)自身の作詞によるED曲「戦いおわって」はアニメ史上屈指の名曲に違いありません。
『009』のエピソードといえば、まず上がるのが、改造人間を描いて悲痛な第2話「Xの挑戦」、反戦の意志がふつふつとたぎる第16話「太平洋の亡霊」でしょう。取分け第16話に流れる「禿山の一夜」の曲と、最後に画面に大書される日本国憲法第9条の衝撃は忘れることができません。現実の米ソ冷戦下、世界中が核戦争の予感に震えた1962年のキューバ危機、当時小学生だった私でさえ白昼の空に核ミサイルが飛ぶ幻影に脅えたほどの恐怖がいまだ覚めやらぬ時代の申し子であり、同時に時を超える普遍性を持った作品と言えるでしょう。たとえ今、TVで放映するのは不可能であったとしても。
ここに上げたサブタイトルの全てに、敬愛する芹川有吾さんが演出、あるいは脚本として関わっていること。そして両作のアニメ用キャラクターデザインと作画監督を木村圭市郎さんという希有の才能が務めていることを知るのはしばらく後のことになります。
それぞれの作品についてきちんとまとめてみたい気持ちもありますが、それはまた場を改めてということで。
その8へ続く
(07.05.11)