アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その15 あの頃のアニメ(2)

 1960年代の終わりから70年代の初めにかけてのアニメの代表といえば1968年から3年半の長期シリーズとなった『巨人の星』でしょう。
 東京ムービー(当時)制作の『巨人の星』は、演出の長浜忠夫さんによる、泥臭いまでに過剰な感情表現による登場人物の葛藤の描写と、作中時間をこれでもかと引き延ばした独特な演出に、絶妙な効果音やBGMが加わって起こる異様な緊迫感が印象的です。さらに、原作に多用される人物の心情を克明に語る独白をそのままセリフとして、作中人物が乗り移ったかのように演じ上げる声優さんの熱演、作画監督の楠部大吉郎さんと、荒木伸吾さん、香西隆男さんをはじめとする原画陣が描き出すアニメならではのメタモルフォーゼを伴ったダイナミックな画面、背景の色彩処理を状況に応じて自在に変える工夫等々、つまり『巨人の星』は、今、目の前で起こっている人物の苦悩や大リーグボールの驚異を最大限に描き出し、視聴者を引き込むパワーにおいて群を抜いており、野球という日常を非日常へと変える程の描写の数々が21世紀の今日まで伝説として残り続ける作品となっています。元々、原作マンガから入った私ですが、関東地方の曲がりなりにも東京文化圏に生まれて読売新聞を購読しつつ育つということは巨人ファンになるべくしてなったも同然。時あたかも現実の巨人軍が王、長島のスター選手を擁して破竹の連勝記録を更新している最中。その作品世界を素直に受け入れて見ていたのでした。しかし3年半もの放送中に世相も「モーレツからビューティフルへ」と移り、飛雄馬も過ぎ行く時代と共に燃え尽きるようにその選手生命を一応は終えたのでした。巨人軍そのものも後に様々な問題が露呈してすっかり私の熱も冷めてしまいましたが。

 丁度この頃、アニメの制作過程における革命的な出来事がありました。トレスマシンの登場です。トレーサーが動画の線を1枚1枚ペンでセルに写し描くハンドトレスから、動画とセルの間にカーボン紙を挟んでトレスマシンにかけ、動画の線を直接セルに転写するマシントレスへの移行は、アニメ制作の省力化を目指すものでしたが、同時にそれは原動画の線のニュアンスをそのままセルに乗せることで新しい表現の幅を広げることにもなりました。
 1968年公開の東映長編『ホルスの大冒険』でもマシントレスは使われていますが、そこで使われたのは高級なゼロックスであり、予算の少ないTVアニメでは一段劣るゼロファックスが使われました。鉛筆描きの線をそっくりそのままセルに転写するほどの能力はなく、転写された線にはカスレや途切れが見られ、それが怪我の功名と言うべきか、劇画の荒々しい強弱のある線の再現や、ペンでは不可能な程に太い輪郭線や鋭い流線を可能にし、迫力やスピード感の表現に一役買うことになったのです。表現しようとする内容と技術の一致と言うべきでしょうか。

 マシントレスは多くの作品に導入されて行きましたが、当時それを最も効果的に使いこなしたのが東映動画(当時)の『タイガーマスク』と言えるでしょう。オープニングからして出色の出来です。オープニングと言えば、その作品の作画の中心となる作画監督や原画マンが手がけることが多く、いわば作品の顔であり華であるわけですが、『タイガーマスク』では木村圭市郎さんと村田四郎さんという稀代の天才がアニメートを手がけ、そのダイナミックなアクションとシャープな描線は、菊池俊輔さん作曲による主題歌の魅力(間奏部分が最高!)と相まって、アニメ史上に輝くものとなっています。
 『タイガーマスク』では東映京都撮影所出身者が多く参加し、フォローPAN等の劇映画的な演出手法をTVアニメに持ち込んだことでも画期的です。『タイガーマスク』と言えば、その東撮出身の1人、勝間田具治さんが演出を手がけた衝撃の最終105話が有名ですが、私的には敢えて第77話「死闘のタッグ」を推したいところです。脚本・辻真先、作画監督・小松原一男、演出・及部保雄さんらによるこの第77話は、終盤のクライマックスのひとつ、ビッグ・タイガー、ブラック・タイガーと、タイガーマスク=伊達直人とその親友・大門大吾=ミスター不動の四者によるタッグマッチ。タイガーマスクと虎の穴そのものとの直接対決の幕開けを、雷鳴の轟く暗闇のリングを舞台に、脂の乗り切った作画と、終始高い緊張感を保ち、一種の風格さえ感じられる演出で描き出した大傑作です。演出の及部さんは『長靴をはいた猫』の演出助手を務めたことでも記憶に残る方で、他に多くの印象的な作品を手がけています。
 『タイガーマスク』は、メインストーリーと共に、公害、交通遺児、原爆被害者等の社会的問題を積極的に取り上げ、その問題がタイガー個人の力では根本的解決に至らないのもまたリアルでした。勇壮なオープニング主題歌と哀感を帯びたエンディング曲とを採用することで主人公の負う二面性を強調する作法は、以後のアニメの主題歌、サブ主題歌のありように影響を及ぼし、マスクが象徴する二面性や敵レスラーの意匠は後の『仮面ライダー』等の変身怪人ものの企画にも影響を与えたと聞きます。
 『タイガーマスク』は、原作とは全く異なるスタイルのキャラクター設計と作画、アニメ独自のストーリー構成とその決着のつけ方等を見せ、現在では不可能かも知れない原作つきアニメの作り方のひとつの可能性と、昇華されたその頂点をも示してくれたのでした。
 また、後に触れることになるかと思いますが『タイガーマスク』は私がアニメ界に入る直接の切っ掛けともなってくれたのです。かつて所属していたオープロの幹部の1人、(故)小松原一男さんの代表作のひとつでもあり、思い返すたび感慨は尽きません。

その16へ続く

(07.08.31)