その29 あの頃出会った作家たち=カチャーノフとセルヴェ
アニ同に入会して間もない頃のコボタンで見たフィルムの中でも印象深いものにロシア(当時はソ連)のロマン・カチャーノフの短編『赤い手袋』があります。
この邦題は当時のもので、現在は『ミトン』が一般的なようです。一時は単に『手袋』になり、近年の再映時から『ミトン』になっています。『手袋』という題名は、ロシアに同題の素敵な絵本があり紛らわしいのですが、『赤い手袋』の方は最初に出会った題名だけに愛着もあります。でも、画面に出てくるのが、親指以外の4本指がつながった手袋であるミトンであること、加えてミトンという語感の可愛らしさと、アイテム自体のガーリッシュな感じがとてもこの作品の味わいに合っていると思います。ちなみに原題の『ヴァーレシカ』はミトンを意味するそうです。
ストーリーについては今更記すこともないかと思いますが、作品全体に流れる繊細さや上品さ、主人公の女の子やミトンが変化する小犬のデザインや造形や色使いの美しさ、愛らしさ。感情をすくい取るアニメートの巧みさや、カメラワーク等の演出の的確さは群を抜いています。一目で私はこの作品に魅せられ、作者のロマン・カチャーノフは私にとって大切な作家になりました。
後、1970年代にソ連映画を取り扱う日本海映画社の協力を得て、カチャーノフの『ママ』や『レター』(これも当時は『手紙』という題名でした)等の作品を見ることができましたが、どの作品にも都会で暮らす人たちの陰影が織り込まれていて、それが作品にモダンな雰囲気を与えています。またカチャーノフは『ミトン』と並び私の愛してやまない『チェブラーシカ』のシリーズの作者でもあります。
数あるアニメーションのジャンルの中でも取分け人形アニメーションに心ひかれる私ですが、カチャーノフは海外作家ではトルンカ、ポヤルに並び格別の存在です。カチャーノフは1993年に亡くなりましたが、それはほとんど世に知られることもありませんでした。存命中に一目会ってみたかった、心からそう思います。
ところで、高畑勳さんが『ミトン フィルムブック』(河出書房新社)に寄せた文章に興味深い記述があります。1968年に『ホルスの大冒険』を携えてタシケントの映画祭に参加した際、モスクワの国立動画スタジオ・ソユーズムリトを訪ね、町で内容も知らぬままアニメーションの8ミリフィルムを買った、それが『ミトン』だったというのです。
コボタンで『ミトン』が上映されたのが資料によると1971年6月。当時の日本とソ連の状況を思うと、この時コボタンで私たちが見たフィルムはそれと同一のものだったのではと思われるのです。高畑さんの文によると音がなかったとあるので、違うかも知れませんが、不思議な縁を感じます。
他に当時、アニ同で見た中で特別な印象を受けた作品にベルギーのラウル・セルヴェの『クロモフォビア』と『シレーヌ』があります。これらはベルギー大使館のフィルムで、私は入会間もない頃、コボタンの集会と直後の月例上映会で見ています。当時、東京のアニ同の他に、静岡、名古屋、大阪の各地に同様のサークルがあり、互いに連絡を取り合いながら熱心に上映会や自主制作、研究活動を行っていました。セルヴェはその連携の中で発見された作家で、その衝撃は日本各地を駆け巡ったものです。
『クロモフォビア』はきれいな色を排斥しようとするモノクロの軍隊と、色を守ろうとする女の子の願いから生まれたカラフルなピエロの戦いをグラフィカルな画面で描いた作品。後のセルヴェについての研究から、彼自身の戦争体験が反映されていることが分かりますが、そうした事柄を抜きにしても、また社会情勢の変化で単純な善悪の二項対立の図式が前時代的なものと認識されるようになってしまって以降も、その画面構成や、そこはかとないユーモアで、作品としての生命を保っています。
セルヴェの真の衝撃は『シレーヌ』で、鮮烈な真紅の画面に林立するクレーンの恐竜という画面の異様さにまず目を奪われました。1人の若者と美しい人魚(シレーヌ)の恋。それを許さぬ世界。抑圧され、警察も裁判所も何もかも信じられない世界の中で、作者の言わんとすることは明らかで、『クロモフォビア』にあった明るさも希望もここでは姿を消しています。見終わった部屋の暗闇に響いた皆のため息を今も思い出します。
セルヴェは不思議な作家です。『クロモフォビア』『シレーヌ』。ある意味分かり易く共感しやすいこの2作品の次に何を見せてくれるのだろうと待ち構えていた私たちの前にやがて現れたのは『ゴールドフレーム』『オペレーションX-70』等の、全く趣きが異なり難解でさえある作品で、正直驚き戸惑わざるを得ませんでした。その後もセルヴェは『ハーピア』『夜の蝶』と、1作ごとに変貌を続けています。
セルヴェは後に1985年の第1回広島国際アニメーションフェスティバルの国際審査委員長として、および1996年の第6回大会の国際名誉会長として来日しています。セルヴェについては『ユーロ・アニメーション』(ペヨトル工房)に詳しく、また近作までを集めたDVD『夜の蝶 ラウル・セルヴェ作品集』(ジェネオン・エンタテインメント)も出ていますので、その変貌を追ってみてください。
その30へ続く
(08.05.02)