その49 パンダコパンダ
1972年の暮れには重要な作品が劇場公開されています。『パンダコパンダ』がそれです。この作品は今でこそ高畑・宮崎コンビの一作として認知されていますが、公開当時そうしたスタッフに注目した見方をする人は皆無に近い状態でした。
私もこの作品については全く予備知識なく、恒例の東宝チャンピオンまつりの1本として見ました。1972年暮れのチャンピオンまつりのメインは、かつてのゴジラ映画の短縮版である『ゴジラ電撃大作戦』と新作の『怪獣大奮戦ダイゴロウ対ゴリアス』でした。短縮版は勿論、新作の方も当時の流行にあやかった安易なネーミングで、どちらも期待薄で見に行ったものです。
『パンダコパンダ』通称『パンコパ』も33分の小品であり、劇場公開の新作としては予算も制作期間も少なかったらしく、刮目させられるシーンや動きはあるものの、全体としてはいわゆる劇場アニメのレベルには及ばず、TVと劇場用の中間のような印象を受けましたが、今にしてみれば、原案・脚本・画面設定・原画の宮崎駿さん、演出の高畑勳さん、作画監督の大塚康生さんと小田部羊一さんは言うに及ばず、原画の河内日出夫、中村英一、近藤喜文、青木雄三、本多敏行、本木久年、北原健二、香西隆男、小泉謙三、村田耕一、才田俊次、荒木伸吾、山口泰弘、我妻宏、動画の有原誠治、福富博……と錚々たるメンバーに驚くばかりです。
声の出演も、パパンダはこの声しか考えられない熊倉一雄さん、ミミ子には後に『アルプスの少女ハイジ』へとつながる杉山佳寿子さん、そしてルパン三世でお馴染み、山田康雄さんがお巡りさんを演じて「泥棒でも入ったらどうするの」と言う楽しい趣向もあります。
OPの楽しさといったらなく、ミミ子とパンダ父子の出会いからパパンダが動物園に通勤するラストまで、日常と非日常が融合した楽しさに満ちています。パパンダが動物園で観衆に手を振って応える場面は昭和天皇を意識していると宮崎さんから後に聞いたこともあります。
そして『パンコパ』の真価は第2作『雨ふりサーカス』で発揮されることになりますが、実は私はこれは公開時の映画館で見ていません。それはチャンピオンまつりの主作品が悪評高い『ゴジラ対メガロ』と実写映画『飛び出せ!青春』だったことと、公開の1973年3月にはすでに学校の卒業とアニメ界への就職と、人生の転機を迎えていたことに由来します。『雨ふりサーカス』をいつ見たのか定かではありませんが、そんなに後のことではなかったと思います。勿論当時ですからフィルムでの鑑賞です。
これは私のオールタイムベストにも入る作品で、パパンダはトトロの原型とも言われますが、私的には『トトロ』の100倍は好きな作品です。もし3作目があったら、大雪の町を舞台に描いてほしかったなあと今も夢想したりしています。
前作でスタッフが目指した「日常に潜む魅力を理想化してくっきりと取り出す」という目標は、高畑さんの手堅い演出と、宮崎さんの飛躍する想像力とが上手く結び合い、難しいと言われる日常描写に挑戦した作画陣の力を得て達成されていますが、今作では、宮崎さんが持つ奔放な想像力がより花開き、さらに伸びやかで気持ちいい上質なファンタジーとして結実しています。佐藤允彦さんの音楽も、小林七郎さんの美術も、清水達正さんの撮影技術も全てが一体となって夢のような空間を作り出しているのです。見どころは前半の素敵な洪水、後半のサーカス列車の暴走と、より空想的で非日常性の高い「まんが映画」寄りのものとなっています。澄んだ水におおわれて別世界となった室内や町の様子。足元を泳ぐ小魚を見ながら屋根でお茶する幸福感。ベッドの舟で漕ぎ出すミミ子たちを水中から捉えたシーンの素敵なことといったら! 後に宮崎さんから聞いた「水の中から見ると世界が美しく変わって見える」という言葉は忘れられません。
2008年に宮崎さんが作った『崖の上のポニョ』では、この『雨ふりサーカス』をバージョンアップしたかのような洪水シーンが描かれました。でも、そこにあるものは全く違っていました。『雨ふりサーカス』の洪水がわくわくと素敵な幸福感に包まれていたのに対し『ポニョ』のそれはまるで死後の世界、彼岸を思わせる印象がありました。両者の間にある長い歳月と、その間に宮崎さんが重ねた人生経験とがそうさせたのでしょう。宮崎さんにとって水は常に解放の象徴であることに思いを馳せながら、私はそのどちらをも愛し、受け入れているのです。
余談ですが、中国から贈られたパンダが巻き起こした空前のブームは東映動画にも『パンダの大冒険』という50分の劇場作品を作らせました。これは1973年春の東映まんがまつりで公開され、東宝チャンピオンまつりと真っ向からぶつかりました。幸いなことにパンダブームは両者をヒットに導いたのですが、この『パンダの大冒険』は制作が東映動画のロックアウト期間と重なったこともあって、敬愛する芹川有吾演出作品と言えども満足のいく出来ではありませんでした。またこの作品は、森康二さんの東映動画時代最後の劇場参加作品ともなっています。最初の東映長編で日本で最初にパンダをスクリーンに登場させた森さんが最後に原画を手掛けた長編がまたパンダとは、運命の悪戯というべきなのでしょうか。
『パンダコパンダ』での子供たちが心から喜ぶ様は高畑さんたちスタッフの胸に大きな手応えを残し、やがて『アルプスの少女ハイジ』へと続いて日本のアニメの歴史を変えていきます。東映動画を去った森さんは後にその舞台で高畑さんたちと再会し、新たな歴史を刻んで行くこととなります。高畑さんと宮崎さん。今や日本を代表する監督となった2人の蜜月時代とも言うべき2本の『パンダコパンダ』は歴史のターニングポイントでもあるのです。
さらに余談ですが、宮崎さんが『パンダコパンダ』にどれほどの愛着を抱いているかは、ずっと後、私の仲人夫妻である宮崎さんに最初の子供の名づけをお願いに上がった時、間髪入れずに「ミミ子!」と仰ったことでも分かると思います。その案は苗字との語呂から実現しなかったのですが、もうひとつ仰ったのが「みさき」。20数年前はあまり目にしない名でしたが、ここしばらく女児の上位にランクされる名です。やはり宮崎さんのセンスは時代の先を行っておられるのだなあと改めて思ったものです。
その50へ続く
(09.02.06)