アニメーション思い出がたり[五味洋子]

その69 てんやわんやの自主制作

 何かを創造する時、何らかの目安や締切り、そしてその受け手が存在すると、人は創作意欲が湧き、作業がはかどるものです。日本のTVアニメが海外ではとても信じてもらえないような短期間のスケジュールで作られ続けているのも、放映日が明確に決まっているからそれに間に合わせようと頑張るわけで、もし何の制約もなかったら果たして同じように行くかどうかは疑問です。
 自主制作のアニメでも発表の場と観客があり、その日時が決まっているからこそやりがいがあるというものです。かつての我々にとっては年に1度の全国総会が作品発表の重要な舞台になっていました。コツコツ作った作品(大抵は8ミリフィルムでした)を総会に持ち込み、全国から集まった同好の士とともに見る。それは大きな励みになったのです。

 1974年の秋。私たちアニドウでも間近に迫った名古屋の全国総会を前に自主制作にいそしむ日々が続いていました。アニ同の頃は、湯川さんが自主制作のための創研部を立ち上げ、自身でも意欲作を発表するなど精力的に活動していましたが、すでに前線から引いた立場となり、当時の中心は「あんばらや」のメンバーが担っていました。自主作品はその「あんばらや」のメンバーをメインに、私をはじめとするアニドウの会員有志が加わり、オリジナルSFアクション物『駆宙大王子』(くちゅうだいおうじ)と土田よしこ原作の『つる姫じゃ〜!』の2本を同時制作していました。
 『駆宙大王子』は1時間の長編アニメを目指し、まずは予告編を制作。この予告編を作るというのは今も自主作品の定番になっており、最初から本編ではなく予告編という名の作品を作る場合もままあります。先日もケーブルTVを見ていたら、東映アニメーションの研修生の卒業制作過程を追うドキュメンタリー番組があり、中でスケジュール的にきつくなった研修生たちに指導者が作品としての予告編を作ることを提案する場面があって、時代は変わっても人間のすることは変わらないのだなと思ったりしました。
 予告編というのは当然ながら脈絡なしに見せ場の連続で構成されますから、作っていても気分が乗るものです。予告編作りが一種のブームになった時期もあって、後に始まった自主作品全国縦断上映会PAF(パフ)でもTVアニメもどきの予告編が続出して顰蹙を買うことにもなるのですが、それはまた後の話。
 さて『駆宙大王子』は「あんばらや」の中でも一番早くプロのアニメーターとなって、アクション作画の大ベテラン木村圭市郎さんの下で働いていた北島信幸さんが中心になって作画を進めていました。私たちは皆、木村さんが手がけた『タイガーマスク』に心酔していましたし、全員SFファンで、銀座のイエナ書店で購入したフランク・フラゼッタの力感あふれる絵にも傾倒していましたので、そうした要素を全部入れ込んだ、レスラーのような筋骨隆々とした男が大暴れするSFアクション物になったのです。
 この予告編のロゴを書いてくれたのは元アニメーターで当時デザイン会社勤務の会員、牛込恵子さんでしたが、余りに過密な作業現場のせいか、予告の「告」の字の上半分の縦棒が突き抜けて牛の字になってしまっており、牛込さんの愛称とも掛けてこの作品は予告編ならぬ「よぎゅう編」と呼ばれることになりました。
 作画は北島さんがほとんどのカットの原画を描き、動画は駆け出しとはいえ皆プロですし、爆発の特殊効果も当時タツノコプロに勤めていたプロの人材が参加していますので、仕上がりはそう悪いものではなかったと思います。

 一方の『つる姫じゃ〜!』は、やはり当時私たち皆が愛読していた「週刊マーガレット」連載の土田よしこのギャグマンガを原作に、スイカ泥棒の話をアニメ化することになりました。当時は男性も読む少女マンガブームのただ中で、『週刊マーガレット』では『つる姫じゃ〜!』と『エースをねらえ!』が二大人気マンガでした。『つる姫』は後1990年にTVアニメ化されますが、アニドウの自主制作はそれとはまったく関係ありません。
 『つる姫』は皆読み込んでいましたし、そう難しい絵柄でもないので原作マンガを下地に作業は比較的ハイスピードで進みました。『駆宙大王子』はセルを使いましたが、『つる姫』は自主制作伝統の(?)ペーパーアニメ。つまり動画用紙に描いた動画に直接色鉛筆とマーカーで彩色し、背景はごく単純にBOOK等を使っています。
 当時「あんばらや」には、以前にも書いた東映動画払い下げの由緒ある6台の動画机がありましたので、作画はそこで各人が行い、開け放った和室に食卓を並べて2台のトレス台を置いて、人海戦術で仕上げを進めました。部屋という部屋にセルと動画用紙が乱舞し、アニメカラーと色鉛筆、マーカーが散乱する中、玄関脇の2畳の小部屋を撮影室にして、東映動画で実際の撮影アルバイトの経験のある小湊昇さんが中心になってひたすらコマ撮りを続けました。
 作業は全国総会を翌週に控えた9月15、16日の連休を山場に、アニドウ会員のべ20人以上のメンバーが、昼夜を問わず入れ替わり立ち替わり駆け付けては作業を手伝いました。そんな中でも日曜夜の『ガッチャマン』と『ハイジ』の時間にはしっかり手を止めてテレビに見入っていたのがアニドウ会員の矜持(?)と言えるでしょう。作業中は6台の動画机、2台のトレス台、全部の部屋のあらゆる照明にテレコやステレオがフル回転して、電気のヒューズが飛ぶこともしばしば。おかげで並木さんが手ずから作ってくれた夜食の特製あんばらやカレーは半生のご飯にかけて食べることになってしまいました。そんな懸命の作業の末、『つる姫』が一足先にアップして、フィルムは無事現像所へ運ばれました。
 そして徹夜明けのまま連休後の昼は各々会社や学校へ行き、戻っては再び作業の繰り返しの中で、ついに18日の午後に『駆宙大王子』の全てのカットの撮影が完了。午後4時の便で現像に出せば総会前日の土曜日には上がって来るはず、と急ぎ新宿のフジカラーサービスに駆け込んだのですが、なんと、モノクロフィルムは来週の火曜でないと上がりませんと言われるという悲しいオチがついたのでした。苦労も水の泡、結局総会に間に合わなかったショックのためかどうか、この作品は予告編のみで本編の完成には至りませんでした。
 一足先に作業が上がった『つる姫』には最後のアテレコが待っていました。主役のつる姫には、数人のメンバーが実際にセリフを録音して効果を確かめるオーディションの結果、並木さんが声をアテることになりました。つる姫は曲がりなりにも女の子なのですが適当な人材がいなかったのですね。でもちょっとクセのある声の方がキャラクターに合っているので、並木さんの若くてカン高い声は実はぴったりだったのかもしれません。後のTVアニメでは、つる姫の声は坂本千夏さんが演じていますが、今でも『つる姫じゃ〜!』のマンガを見かけると、当時の並木さんの声の方が浮かんできたりします。
 いずれにせよ、皆若くなくては絶対に出来ない修羅場体験でした。アニドウ総がかりの自主制作のこの熱気が、後のPAF開催へとつながって行くのです。

その70へ続く

(09.11.13)