その86 思い出のアニメ音楽
音響効果も含めたアニメの音楽について印象深いものというと『鉄腕アトム』にまで遡ります。『アトム』は、以前にも書きましたが、大野松雄さんの創り出した効果音がそれまで聴いたこともないようなユニークなもので、アニメのアトムというとあのキュピキュピという足音が一緒に浮かんできます。原作マンガとの対比で意識されるアニメ独特の魅力としての、動き(カットごとの時間も含む)、音楽(効果音やセリフを含む)、色彩(『アトム』の放送はモノクロでしたが2次使用の商品としてのアトムはカラーでした)の3要素を『アトム』はTVアニメの歴史の始めから気づかせてくれたのでした。
効果音といえば「仮面ライダー」をはじめとする東映特撮ものの魅力のひとつはそれだと思います。東映という会社が歴史的に得意とする時代劇の殺陣の流れを汲んでいるのでしょうか、ヒーローの一挙手一投足に現実ではあり得ない効果音をプラスすることによって実際以上のカッコよさが生まれるのです。ヒーローものにおいてカッコいいということは何にも勝る要素ですから。
特撮の音楽といえば、「仮面ライダー」や戦隊シリーズ、メタルヒーローで名高い菊池俊輔さんと渡辺宙明さんです。このお二方はアニメでは『タイガーマスク』『マジンガーZ』等、両ジャンルに渡って活躍し、燃える音楽を生み出し続けておられます。
そして特撮音楽の神にも等しい存在、伊福部昭さんが東映長編で唯一手がけられたのが『わんぱく王子の大蛇退治』です。この人選は演出の芹川有吾さん直々のものだったそうですが、『わんぱく』の音楽の中には伊福部さんの全てがあると言っても過言ではありません。勇壮、華麗、優美、典雅、土俗、幻想、高揚、悲哀、格調、慈愛、そして笑い。本当に美しい、泉のように湧き出る映画音楽がそこにはあります。伊福部さんが『わんぱく』以前に手がけられた、同じく日本神話を題材とする東宝特撮映画「日本誕生」の荘重さと哀感を併せ聴くともう完璧です。題材が伊福部さんの資質に合っておられるのでしょう。他に何も要らないという気にさえなってしまいそうです。
とはいえ音楽の海は広大で語るべき人は余りにも多く、とても紙幅に収まりそうもありませんので、以下、思いつくままに。
私が最初にアニメの音楽を意識したのは冨田勲さんの『ジャングル大帝』と前回書きましたが、その次は思春期に出会った『ホルスの大冒険』の間宮芳生さんかもしれません。エネルギーが湧き上がるような前奏の主題歌。リュートの調べが美しい「ヒルダの子守唄」をはじめ劇中に流れる音楽はどれもそれまで耳にしたことのない響きで、画面そのものの力やテーマ性と共に強く心を動かされたのです。
東映長編では宇野誠一郎さんの存在も大きなものです。『長靴をはいた猫』の楽しさのかなりな部分は人形劇「ひょっこりひょうたん島」と同じように、宇野さんの書かれたミュージカルの心地よいラインによって増幅されていると思います。宇野さんの音楽はどれも明るく健康的で、まんが映画にふさわしい良心を感じます。
寡黙な人形の持つ幽玄の世界と共にその音楽が強く心に染み入ったのが『バヤヤ』のヴァーツラフ・トロヤン。トルンカ監督作のほとんどでコンビを組み、その音楽は古典的な緩やかな調べが格調高く荘重で、魂の奥底にまで沁み込んで深く満たしてくれます。
同じように音楽で心の震える体験をさせてくれたのがティム・バートン監督の盟友ダニー・エルフマン。最初に出会ったのは人形アニメ『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』。その後もアニメ、劇映画に限らず、聴けばすぐにそれと分かるエルフマン独特の旋律に魅了され続けています。
海外アニメではミュージカル的な要素も大きく、ディズニーの諸作品、フライシャー兄弟の『バッタ君町へ行く』や「ベティ・ブープ」シリーズ等も忘れることはできません。
話題を変えて、今、燃える音楽なら田中公平さん。NHK-BSの特集番組での実演入りの音楽解説も嬉しい特ソン・アニソンの伝道師です。『勇者王ガオガイガー』の曲や「檄!帝国華撃団」「勝利者たちの挽歌」等々数ある名曲のうちで最もインパクトを受けたのは『ハーメルンのバイオリン弾き』でオペラ歌手の錦織健さんが朗々と歌い上げた「未完成協奏曲」でした。後のCDで田中さん本人の歌唱でカバーされているのにはもっと驚きましたが。
今やアニメという枠を越えてある世代の日本人の心の歌になりつつある『宇宙戦艦ヤマト』。宮川泰さんの音楽はそれだけ独立しても成立するほどに完成度が高く、川島和子さんのスキャットも絶品です。
『ヤマト』と言えばロマンですが、ピアニストでもある羽田健太郎さんの音楽にも心を酔わすロマンを感じます。出崎統監督の『宝島』の楽曲も歴史に残る名曲でしょう。
昔、動画の仕事で徹夜する時はよくカセットテープでアニメの音楽をかけていました。『マジンガーZ』や「人造人間キカイダー」等の燃える音楽は眠気も飛んで仕事もはかどるというものです。渡辺岳夫さんの『機動戦士ガンダム』はBGM集をよく聴いていましたが、カセット箱の曲名と実際のBGMをつき合わせて聴いたりするので、能率が3倍になったりはしませんでした。
独創性という意味では山下毅雄さんの存在感が抜群です。『冒険ガボテン島』は音楽を含めて子供の頃に大好きでしたし、『佐武と市捕物控』『ガンバの冒険』『ルパン三世[旧]』と、どれも劇中曲と主題歌、そのアレンジ曲が大人っぽく粋でした。
ルパンの精神の自由さとチームワークが受け継がれて見える『カウボーイビバップ』での菅野よう子さんの音楽もその自在な感性が新鮮でした。菅野さんには『天空のエスカフローネ』『創聖のアクエリオン』等々の音楽や坂本真綾さんと組んだ曲等、印象的な作品が多く、現在の音楽シーンにおけるトップランナーの1人でしょう。
宮崎駿さんが世に知られるきっかけとなった『風の谷のナウシカ』では音楽の久石譲さんとの幸運な出会いがありました。以降の宮崎アニメで久石さんが果たした役割の大きさは改めて語るまでもありません。『天空の城ラピュタ』の「君をのせて」は井上あずみさんの清澄な歌唱と合わせ、奇跡とさえ思えます。
『PATLABOR』『GHOST IN THE SHELL』等の川井憲次さん、アニメファンには「プリキュア」シリーズでお馴染み、現在はNHK大河ドラマでも活躍中の佐藤直紀さん、ミュージカル的な要素もある『母をたずねて三千里』の坂田晃一さん、『新世紀エヴァンゲリオン』で一世を風靡した鷺巣詩郎さん等々、まだ上げるべき名前は余りにも多く、やはりここには書き切れません。『みんなのうた』や個人制作の作品についても今回は割愛しました。
かつては技術的にサイレントが当たり前だったアニメですが、トーキーとなって音を得、今ではアニメ音楽は作品イメージを大きく左右する存在となりました。アニメを観る私たちの感情と共にあり、時には水先案内にもなるアニメ音楽は、これからもずっと私たちの人生を彩り続けてくれることでしょう。
その87へつづく
(10.07.16)