その92 その後の「FILM1/24」
「1/24」第11号は奥付によると1976年8月発行。28ページです。表紙には茶色の地にウィンザー・マッケイの『恐竜ガーティ』のスチルが左右に並べる形で6コマ載っています。フィルムをそのまま写真にして使った第8、9号とはレイアウトも変わり、ガーティのスチルに文字が被さってしまって見にくかったりもし、表紙に関してはまだ試行錯誤中というところです。京橋のフィルムセンターで発行していた「FC」という冊子は表紙のレイアウトが統一されていて毎号地色が変わるだけというスタイルが堅持されており、現在は1階ロビー壁面にバックナンバーがずらりと飾られていて壮観です。それを見るたびに、「1/24」も特集号以外は同じスタイルでずっと続けて行けていたらと思うことはあります。
この号のメイン記事は川本喜八郎さんと古川タクさんによる「川本VS古川 世界のフェスティバルを語る」。並木さんの司会によるビッグ対談で、テープ起こしに苦労しました。川本さんにはこの以前からあらゆる面でお世話になりました。先ごろの訃報には本当に驚き、悲しみは今も癒えることはありません。世界的な大作家なのに少しも偉ぶるところがなく、いつもにこやかで、こちらが遠慮しているとご自分の方から率先して話しかけてくださって恐縮したものです。以前、広島国際アニメーションフェスティバルの会場で買わせていただいた『いばら姫またはねむり姫』の直筆サイン入りビデオと、毎年頂戴していた人形写真入りの格調高い年賀状は我が家の宝物です。川本さんといえば、この頃、並木さんと一緒にご自宅へうかがった時、途中の道端のゴミ置き場に川本さんの『犬儒戯画』の素材の写真が無造作に束になって捨ててある現場に遭遇し、2人して驚喜しながら拾い集めたものです。私たちからすれば貴重極まりないものであっても、作家にとっては完成した作品の素材はすでに不要なものという現実には驚かされました。作家とはいつまでも過去に執着せず先へ先へと進んで行くものなのでしょう。まだまだ沢山の構想を抱いたままお亡くなりになった川本さんを悼む各紙の記事のひとつを長年のお付き合いであった古川タクさんが書かれていたことも今、改めて涙を誘うのです。
また、この号から「耳鳴りの底から」という読者の一言がページの端に載るようになりました。これは情報誌『ぴあ』の「海鳴りの底から」という趣向を取り入れたもので(簡単に言えば真似ですが)、タイトルは『ぴあ』のそれのパロディです。『ぴあ』のそれはラジオ、雑誌、やがてテレビ番組と、読者、視聴者の素人参加型スタイルがマスコミを席巻していく時代の先駆けのひとつともいえるでしょう。いずれにせよこの趣向は「1/24」読者に受け、お便りも増えました。ネタ的な投稿もありましたが、大部分は普通のお便りの中から誌上に使えそうな一文を抜き出したものです。これは次第に名物コーナーに育ち、今、バックナンバーを読み返してみると現役のアニメスタッフをはじめ意外な名前をそこここに発見したりします。毎号難しいことが書かれている誌面の中での息抜き的な役割も果たし、全体的なぎっしり感を醸し出すことにもなりましたが、ページの端ぎりぎりまで写植を貼り込んだ版下になり、印刷は大変だったと思います。
また今号では編集の姿勢表明として、「1/24」にTVアニメが占める量が少ないことについて触れ、よい作品はもっと語られるべきではあるけれど、TVアニメ以外にも素晴らしいアニメの世界があることを知り、アニメの広さを受け入れる心を持ってほしいと読者に訴えています。1970年代半ば、まだ「テレビまんが」という言い方が残り、ロボットアニメは一律にロボットプロレスと揶揄されていた時代の話ですが、結局この考えは最後まで私の「1/24」に対する基本理念であり続けました。
第12号は1976年9月発行、28ページ。表紙と裏表紙は政岡憲三さんの傑作『くもとちゅうりっぷ』から12コマを全面にあしらってあり、くもの手足の使い方が非常に上手く描かれていることが見てとれます。
「フライシャー親子」は大冊「世界アニメーション映画史」の著者の1人、望月信夫(本誌上では、もちづき・のぶお名義)さんから戴いた原稿。サブタイトルに「リチャード・フライシャーからの手紙によせて」とあるとおり、望月さんがリチャードに送った父マックスに関する質問とその回答についてで、誌面にはきちんとタイプされ署名が添えられたリチャードの手紙の縮小コピーも掲載されています。リチャードによると「父(マックス)は自分が漫画映画という分野の完成者であることを誇りに思っていた」とのことで、この証言を引き出したのは2009年に作品社から邦訳刊行されたリチャード自身による著書「マックス・フライシャー アニメーションの天才的変革者」に先立つこと30年余りの偉業と言えましょう。
さて、この号では第10号の『わんぱく王子の大蛇退治』特集での同作品のスチル使用について東映動画から版権使用料の請求が来たことを伝えています。その請求状に対してアニドウでは「1/24」が研究誌であり営利目的の商業誌ではないこと、多くの方々の無償の協力を戴いて運営されている現状を述べ、「少なくとも研究誌への図版使用に関しては容認とはいわぬまでも寛大な処置をお願いしたい」旨を誌上で訴えています。請求金額は1万円でした。今でこそ払えない額ではありませんし、版権は守られるべきと思いますが、当時の物価に鑑み、アニドウの台所事情と、それを実質的に支えていた一介の動画マンである私の懐には大きく響くものでした。
『わんぱく』とは離れますが、版権の問題は難しいものをはらんでいます。かつて森卓也さんが名著「アニメーション入門」を上梓された際、後書で、版権の関係で図版を大幅にカットせざるを得なかった心残りを述べ、研究書等のケースについてはせめてもう少し寛大であってほしいと希望されています。また私も自著「アニメーションの宝箱」の出版に際して、取り上げる作品はスチルの掲載が可能なものとするという基本ラインを自ら決めたために、いくつかの思い入れ深い作品について断念せざるを得ませんでした。
現在のアニメ雑誌やムック、あるいは製作会社にとって版権が果たす意味は充分理解しつつも、やはり一考あって然るべきと思わざるを得ない私なのです。
その93へつづく
(10.10.08)