その28 大使館フィルムの頃
手塚ファンクラブ、および全日本マンガファン連合の面々の古本マンガ蒐集に懸ける熱意はすさまじいもので、あらゆる機会を逃しませんでした。
1971年7月に火災に遭った杉本五郎さんの大宮のご自宅もその対象になりました。日本一のフィルムコレクターとして知られる杉本さんの家では貸本業も営んでいたのです。その焼け跡におじゃまして、被災を免れたマンガ本を発掘しようということになりました。私も誘われましたが、汚れてもいい服装に、足場が悪いので長靴の用意をという大がかりな様子に恐れをなして参加しませんでした。まだ杉本さんご自身とは面識がなかった頃です。後で聞くところによると、シャベルを手にした実働メンバーの努力にも関わらず、消火の水を被り焼け跡の泥にまみれてしまった現場では確たる成果は上げられなかったようです。
こんな風にマンガ関係の活動をしながらも、私の一番はやはりアニ同の集会でした。コボタンでの月曜集会では実に様々な作品が上映されましたが、その中心は各国大使館から無料で借りられる、いわゆる大使館フィルムと呼ばれる短編アニメーション作品でした。ドイツ、ベルギー、カナダ、チェコスロヴァキア、ブルガリア、ユーゴスラビア等々の大使館(全て当時)には自国の文化等を紹介するための映像ライブラリーがあり、申請すれば16ミリフィルムを無料で貸し出してくれていたのです。これは地方からでも利用できました。まだビデオもDVDもない時代の話です。
これら大使館の映像ライブラリーからも時代の変化とともに、保管に場所を取り、破損の恐れも大きく、経年による品質劣化も懸念されるフィルム作品は次第に姿を消し、大使館フィルムという呼称も歴史の中のものになって行ってしまうのですが、それはともかく。
私が初めてコボタンで見たのはドイツ大使館のフィルムでした。人々のひしめく画面を巨大なサイの影がよぎると、人々の顔が皆サイになってしまうという、ヤン・レニツァ作の『サイ』が印象に残っています。今思えばプロパガンダの姿勢も明らかですが、そうした海外作品を見たことがなかったので、こんな世界があることに強烈な印象を受けました。暗幕を引いた暗い部屋の中で回る映写機の音とフィルムの質感、原語のままの音声。それらも一緒になって、コボタンでの、あの特別な空間の印象を作っていました。
当時の記録をこまめにつけていたノートをすでに失ってしまったので、いつ何を見たのかは定かではないのですが、国立映画制作庁NFBを持つカナダの大使館フィルムは格別でした。
NFBは世界的な映像作家であり実験作家であるノーマン・マクラレンを頭に戴き、その傘下に若い才能が綺羅星のように集っていました。ここで個々の作品をあげてみようと試みましたが、余りに多いのでまた別の機会に回すことにします。
赤坂にあるカナダ大使館の映像ライブラリーリストは横長の小冊子で、フィルム数の増加に伴って時折更新されていました。そこに記されたわずかなデータから内容を推測して借りるのは一種の賭けのようなものでした。英語版のリストを手にして、拙い語学力で訳して使ったこともありました。カナダ大使館には私たちがアニ同の活動の中心になってからも数々の上映会の企画や『1/24』の記事にと長くお世話になったものです。
公的機関ですから定時に閉館してしまい、その時間に間に合うように駅から全力疾走、館内に駆け込んだ途端にへなへなとへたり込んでしまったこともあり、若き日の思い出の1コマになっています。
思い出といえば、時期は少々前後しますが、大学1年の秋の学祭で私はたった1人でこの大使館フィルムを使った上映会を企画しています。実際のフィルムや映写機の運搬はアニ同の学生仲間が手伝ってくれましたが、学内での準備は私1人。映写機を扱うには映写技師の資格が必要なのですが、アニ同の先輩諸氏に教わり、夏休みのうちに区の講習会に参加して16ミリ映写の資格を取得していました。現在では映写機もフィルムそのものも姿を消しつつありますが、かつてはどこの市や区でもこの種の講習会が開かれていたものです。
その時、私は2日間の学祭中、オールナイトの上映会を開こうという企画を立てていました。どうやら昔から私はこういった無謀な行動力に長けていたようです。その学祭のための全校会議の最中に、手伝いをお願いしていた某校の男子学生たちが私との打ち合わせのために学内へ直接訪ねて来てくれて、なにしろ女子大、それも当時はお嬢さん学校と言われた大人しめの学校でしたから随分と学内の評判になってしまいました。携帯電話もない時代ですから、直接会うしか打ち合わせのしようがないわけです。無謀なオールナイト上映は許可が下りず叶いませんでしたが、上映会自体はこうした協力者のおかげでトラブルもなく満足のうちに終えることができました。
なお、カナダ大使館では現在はビデオ・コレクションがライブラリーにあり、モニターによる館内閲覧が可能、営利目的でない上映会や個人の鑑賞用に館外に借り出すこともできるそうです。
その29へ続く
(08.04.18)