β運動の岸辺で[片渕須直]

第31回 DVD

 前回まで、『名探偵ホームズ』がようやく世の中に出ようとしているところまでを書いた。
 自分が手がけた劇場版『ホームズ』は、東京ムービー新社と徳間書店の契約上では『風の谷のナウシカ』の劇場併映に限って許諾されるもので、それが終われば消え去る運命だった。それが今もDVDとして発売され、繰り返し見直すことができることになっている。世の中、拾う神はたしかにいる。

 そう。拾う神はたしかにいる。
 昨年作った映画『マイマイ新子と千年の魔法』についてはいろいろあったし、いまだにそれが続いている。
 公開前から友人知人に頼み込んで、ポスター貼りやチラシ撒き、さらにはそれぞれの周囲への前売券の販売までお願いしてしまっていた。封切り後、そんな友人のひとりからメールが来た。
 「せかっく前売り券かってもさあ、見にいきたくっても、サラリーマンが行ける時間にやってないじゃないか」
 こちらとしてはフィルムを完成させるまでが監督としての仕事、宣伝や配給はおまかせするつもりでいたので、劇場がどうなっているのか全然知らないままでいたので、このメールにはちょっと驚いた。
 調べてみると、最もメインの劇場である新宿ピカデリーでは、夕方17時台からの上映が『マイマイ新子と千年の魔法』の最終になっていた。これではたしかに勤め人の方に観にいってくれとはいいにくい。すでに自分の手元から前売券を売ってしまっていたのだから、これじゃあ俺は不渡り手形出したみたいなことになっちゃうよなあ、などと思っていた。
 それが公開第1週の話で、第2週からは夕方の上映もなくなってしまった。
 「なんとかならないでしょうか?」
 と、配給サイドに聞いてみたのだが、「もう結果の出ちゃってる映画だから」、そういわれた。
 シネコンのシステムでは、公開から最初の2日の動員で以降のスクリーンの増減が決まってしまう。2年間かけてヘロヘロになって作った映画です、といくらこちらがいってみたくとも、そんなものは通じないのはわかっている。
 3週目からは、上映は朝の9時からの1回きりになってしまった。これでは、もう誰も見にきてくれることはあるまい。

 それより少し前、同じ社内で作っていた別の映画の宣伝担当の方から、「監督もtwitterをやってみた方がいい」と勧められていた。そういわれてもなあ、と思っていたのだが、自分自身から世の中に向けて発信できる手段はそう多くもなかったので、Twitterで「このままでは2番館以降の続映も危ぶまれるので、ぜひ映画館に来てほしい」と呼びかけてみた。小黒さんや、氷川竜介さんがその言葉を逓伝してくださった甲斐もあり、上映最終週の後半は、なんとか劇場の席が埋まるようになっていった。
 初日の舞台挨拶のとき、新宿ピカデリーの上映環境が画面・音響ともすこぶるよいことは片鱗だけ見知っていたのだが、挨拶以外のときは楽屋に待機していたので、自分の映画をそこで観ることは叶わずにいた。上映最後の日くらい、行ってながめてみたい。そう思って出かけたら、プロデューサーたちや宣伝チームの面々もそこにいた。驚いたことに、客席は9割がた埋まっていた。上映が終わった客席の出口で、われわれは出てくる人々に並んでお辞儀した。声もかけてもらった。
 たまたま別件でラピュタ阿佐ヶ谷から連絡があったところに、うちのプロデューサーがしがみついた。なんとか、今度はレイトショーで上映できないか。はじめは、向こうも怪訝な反応をしていたが、やがて、向こうの方から電話が来た。ラピュタの上映技師の方が新宿で『マイマイ新子』をご覧になり、「この映画は掛けてやるべきだ」と進言してくださったのだった。
 ラピュタでの最初の上映は連日満席を上回る入りとなり、それ以来、日本のどこかの映画館でずっと上映が続いている。観客の方々が映画館にリクエストを出してくださったことから実現した上映も数多くなった。続映やDVD化を求める署名も集めていただいた。アニメスタイルの主催で公開宣伝会議などというイベントも開いてもらった。
 吉祥寺のバウスシアターでの上映も、観客リクエストが実った結果だった。上映を実現したその人たちは、できるだけのお客を呼び込みたいと、吉祥寺の街中で「ドカン」、つまりポン菓子を作って配るイベントまで行ってくださった。吉祥寺はさすがに都会で、通りかかる人々が列をなしてポン菓子に手をのばしてくださった。ポン菓子の袋詰めが間に合わなくなったそのとき、壇上に上がって袋詰めをはじめたのは、たまたま見物に来ていたうちの映画の観客の方々だった。
 大ヒットという言葉にはいまだに縁がないわれわれの映画だが、そんなふうに多くの観客、劇場関係者が支えてくださっている。

 本来、『マイマイ新子と千年の魔法』製作委員会の幹事社はレコード会社だったわけなのだが、劇場での客入りの芳しくなさが響いて、当初はそうなって当然と思っていたDVDの発売も、だんだんトーンが下がっていって、何か微妙な雰囲気になっていった。
 それが今ここで、『マイマイ新子と千年の魔法』DVD化をご紹介できるまでに至ったのは、ひとえにわれわれの手柄ではない。われわれには感謝しなければならない方々がたくさんある。

 劇場版アニメーション『マイマイ新子と千年の魔法』の7月23日(金)セル・レンタルDVD同時リリースが決定いたしました。

 みなさんのおかげです。
 ほんとうにどうもありがとうございました。

第32回へつづく

マイマイ新子と千年の魔法[DVD]

監督・脚本/片渕須直
出演/福田麻由子 水沢奈子 森迫永依 本上まなみ
主題歌/コトリンゴ(commmons)
発売日/2010年7月23日(金)
価格/6090円(税込み)
品番/AVBA-29763~4/2枚組/映画本編(約95分)
発売元/エイベックス・エンタテインメント株式会社
販売元/エイベックス・マーケティング株式会社

初回特典/スリーブケース
初回封入特典/35mmフィルムしおり
永続特典/永久保存版「マイマイ新子」絵コンテ&設定ブック

特典映像
監督とスペシャルゲストによるオーディオコメンタリー
ノンクレジットエンディング
メイキング映像
原画撮影映像集(未公開カット含む)
未公開シーン集
山口放送特別番組
その他、劇場予告、TV−SPOT、舞台挨拶などを収録

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(10.05.10)