第36回 合作と自己防御本能のはざまで
小学校は何度か転校したので、計4校くらいに通ったが、一番思い出深いのは、3年生から6年生にかけて通学した川崎元住吉の小学校だ。
この小学校は家から1.4キロ向こうにあった。1.4キロというのはその当時、市街地図に物差しを当てて計ったのを覚えてるのだが、片道20分かかった。朝は集団登校なので、近所の子どもたちとがやがや言いながらだったが、帰り道のこの時間は頭の中でひとり空想しながら歩くことで退屈を免れていた。
その当時から飛行機とかそういうものが好きな子どもだったので、脳裏に繰り広げられる物語はだいたいそういう方向を指していた。後年、「ACE COMBAT 04」とか「ACE COMBAT 5」とかのシナリオの仕事をもらって自分でも拍子抜けするくらいひょいひょい短時間で発想が進んでしまうわけなのだが、その素地はこの通学路にすでにあった。
布団に入って眠りにつく直前、読んでいた本を枕元に閉ざし、電気スタンドを消して真っ暗になってしまった時間も同じようにして過ごした。概して空想とは、自分を呑み込もうと襲いくる恐ろしいまでに茫漠たる時間への対抗手段であったのかもしれない。まったく空白な時間に投げ出されることほど恐ろしいこととはない。そんな真っ暗闇の中で、「自分自身」という得体の知れないものと直面してしまわないために必要な手段として、頭の中でお話らしきものをめぐらすことを行っていたわけだ。
思えば、『アリーテ姫』も『マイマイ新子と千年の魔法』も、こんどの『BLACK LAGOON Roberta's Blood Trail』もそんな自分自身の「自己防衛」仕様が核になったストーリーになっている。いや、一昨夜は『マイマイ新子』と『BLACK LAGOON』のDVD発売相乗りイベントだったわけで、それ以来、自分の仕事を貫く縦糸ってなんだったのだろうと考え続けて、ようやくそんな結論めいたところに達したのだった。
ともあれ、何かそんなふうにして過ごした子ども時代の果てに、自分はアニメーションの仕事に就いてしまっていたわけで、いわゆる「合作」の仕事に馴染めぬものを感じてしまっていたのは、その辺の部分が大きかった。画面を作り出すのはもちろん重要な任務であるのだけれど、それだけだとちょっと飽き足らない思いを抱いてしまう自分がいたわけだった。
『MIGHTY ORBOTS』のあと、合作では『GALAXY RANGERS』というもののパイロットフィルムの演出をやった。たぶん、1984年暮れか、翌年初頭の頃の仕事だ。これもアメリカで絵コンテができてきていて、それを画面にするだけの仕事だったが、今まで社内の美術が無理やり担当させられていた特効の仕事を外部の専門の会社に発注することになり、エアブラシなんかも以前より使いやすくなったので、エフェクトでちょっと凝ったことをしてみたりもした。今回は友永さんにも参加してもらうことができて、『NEMO』の準備期間を通じて絵にリアルな迫力が加わった友永さんの原画を眺めることもできた。仕上の山浦さんからは、SF的なガジェットの色彩設計を任せてもらって、赤いのだけど鉄の重みのあるホバー戦車だとかそんなものをこしらえていた。
東京ムービー系列で合作以外、国内の仕事として動いていたものに、亜細亜堂メインの『おねがい! サミアどん』があって、ここで初めて絵コンテを切らしてもらうことになった。
実はその前にも、大塚さんに手を回してもらって、東京ムービー制作で再始動しかけていた『名探偵ホームズ』の絵コンテの仕事をもらえそうな運びになっていたのだが、会社的により大きな『MIGHTY ORBOTS』突貫作業のためにふいにしてしまっていたりもした。『サミアどん』は半パート1エピソードの2階建てだったのだが、なにせ初絵コンテということになってしまうわけで、最初の1本目ではその10分しかない尺にえらい気負いこんで挑んでしまったのを覚えている。2本目はもうちょっと気楽にすらすらできたのだが、シリーズはまだ続いてるというのに、3本目は来なかった。たぶん、また合作に向けられてしまったのだったと思う。
このときの『サミアどん』は2本とも翁妙子さんのシナリオだったが、放映されたフィルムを見て記憶していただけたらしく、以来、折に触れて話しかけていただけるようになったりもした。
で、おそらく振り向けられたのは、以前自分でパイロットをつくったおそらく『GALAXY RANGERS』のTVシリーズだったのだと思う。東京ムービーに打ち合わせに行くと、「あんな劇場版みたいなクオリティでパイロット作られちゃ、シリーズ転がす側には迷惑」みたいな小言をいただいてしまったりもした。お説ごもっともと思う。
『GALAXY RANGERS』は、2、3本やったはずで、合作ではあったが、絵コンテは自分で描くことができて、その辺はよかった。絵コンテやるこちらの態度にも少し余裕ができてきていて、ちょっと合作らしからぬ画面を作ろうと、実相寺昭雄的広角アングルなんか使ってみたりもした。そんな自由はあったのだが、自分としては、どうもエネルギーの向け先が散漫になっていたとしかいいようがない。
そうこうしているうちに、もう一度『NEMO』の話がこちらに降りかかってくることになる。
第37回へつづく
●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp
(10.06.14)