第43回 我ながら驚くべき疫病神っぷり
虫プロでの仕事『ワンダービートS』は放送局側のプロデューサーがやる気満々で、オールラッシュにも現れてリテイクを出しまくっていたし、「向こう3年は放映を続ける」と豪語していた。ただ、この方は定年間近だという話もあり、「本当に3年は続かないだろうなあ」と身内ではささやきあっていた。
ところがどうしたことだろう、自分としては22話くらいから実作業に加わったこの番組が、「24話で打ち切りになる」と、唐突にいいわたされた。
びっくりした。
自分の演出回は23話と25話の予定で進んでいたし、25話もすでに着手していたというのにそれはお蔵入り決定だった。まるでこの自分が参入するのを待ち受けて打ち切りにしたとしか思えないようなこの事態の推移には、ほんとうに面食らった。まったく、自分には何か憑いているのだろうか。
作品がなくなったら放逐されてまたフリーの身かな、仕事探しどうしようか、などとおぼろげに思っていたのだが、なぜか虫プロから追い出されることはなかった。それどころかメインの仕事を失ったプロダクションとして次回作の企画を構築しなければならないがゆえに「演出部員全員が企画部を兼ねる」という業務命令みたいなものが発せられることになった。自分もその中に残されていたのだった。
明日からは企画を考え、イメージボードを描き、企画書を作ってすごせばいいのだ。
まず作ったのは、日常生活をベースにした上に展開するギャグ系の企画で、原作つきだったがこの原作漫画がとみにおもしろく、これがなぜものにならなかったのかと今でも思うのだが、理由は忘れた。
それから海外児童文学を原作にしたシリーズの企画書も書いた。これは午前4時くらいに突然、企画書の文面の想を得て、同居人(つまりは妻である)の眼を覚ましてはいけないので、コタツの中にもぐりこんで、赤い赤外線灯の明かりの下で原稿用紙を埋めたものだった。なかなかインパクトのある企画書ができてしまったようで、企画書取りまとめ役の総務の女性からは「涙ぐんじゃった」という感想までいただいてしまった。
このときに書いたのは、以前、沖縄先島に旅行したときに見た光景のことだった。
海に潜ったりして丸一日散々遊んだ我々が夕方近く海辺に戻ると、そこの一艘の漁船が引き上げられていた。この船の漁師の息子と思しき小学生が1人で漁船を丸洗いしていた。やがてその作業を終えると、この男の子は線路の枕木くらいの丸太にまたがって、板に棒切れを打ちつけただけの櫂を手に、西日が低く迫るエメラルドのリーフに漕ぎ出していってしまったのだった。疑似体験ではなく真実の経験としてこうした遊びが日々のものである子どもが現実に存在している。そうした子どもらに我々が、それでも見てもらおうと思うべきなのは、どんな作品なのだろうか。
そうしたことを企画書の序文に書いてしまったのだった。
だがしかし、この企画もものにならなかった。主人公が少女であるという時点で、「女児ものは売れませんから」と企画を仲介するべき立場の人からあっさりいってのけられてしまったのだった。
自分では「児童文学」などと考えていたものも、業界の手練れにかかればただの「女児もの」にすぎないのだった。
もちろん、売れない企画書だけ作っていても話にならない。会社があちこちから引き受けてきた絵コンテやレイアウトの仕事も適当にこなしていた。そのほとんどがいわゆる「合作」だった。マッドハウス出身で今は虫プロに机を置いている中村隆太郎さんと自分とで同じ合作シリーズのコンテの仕事を1人1本ずつ取ったことがある。4/5くらい終えたところで、発注元の会社から連絡が入り、このシリーズはシリーズ自体が没になって消滅してしまったのだといわれた。「コンテ料は満額払いますから」ともいわれたが、拘束給で契約社員みたいな身である自分にはあまり関係なかった。お金は会社に支払われるだけなので。隣の席を見たら、中村隆太郎さんはその絵コンテにそもそも手をつけていなかった。なのに同様に満額貰え、しかも隆太郎さんは身分的には出来高払いのフリーの人なので、そのコンテ料はちゃんと自らの手元に入ってくるのだった。ちぇっ、そんなだったら、自分もこんな仕事、手をつけずにほったらかしておくんだった、などと思った。
そんなこんなのうちに、社内作画の阿部恒君が『めぞん一刻』をやりたいといいだしたので、1本とって半パートを虫プロ、もう半パートをサンライズで分けてやることになり、その絵コンテ・演出を引き受けてみたりもした。サンライズ班のほうにはテレコム時代の同僚の植田均君や、宇都宮智(うつのみやさとる)君がいて、懐かしい思いをした。
一方では、『PATLABOR』の最初のOVAシリーズ2本を虫プロでグロス受けして、中村隆太郎さん演出、北崎正浩君作監でやったりもした。
第44回へつづく
●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp
(10.08.09)