β運動の岸辺で[片渕須直]

第66回 波乗り

 全編ワンカットであるのに、カメラワークが複雑に入り組む「大砲の街」であるわけで、しかも、カメラが画面の奥行き方向に移動する動きまであってしまう。ほかはともかく、この奥行き移動だけは、既存のアニメーション撮影台では作り出し得ない。
 あらためてちゃんと断っておいたほうがよいのかもしれない。この頃はまだ、セルに絵の具で色を塗り、それをカメラで銀塩フィルムに撮影していた時代なのだ。パソコンなどというものは、スタジオ4℃の中を、どこをどう探そうと1台も存在してなかった。ワープロなら何台かあったのだけど。
 大友さんは、ビデオ編集システムを使えばカメラの奥行き移動に必要な側方壁面の変形なんかも可能になる、とあらかじめイマジカあたりから聞いていたらしい。絵コンテにはそういうものを使うようなことが書き込まれていた。
 一方、4℃で制作中の『MEMORIES』全般でいうと、もうひとつネックがあり、「彼女の想いで」のラストで宇宙空間に浮かぶ巨大なバラの花を回転させなくてはならなかった。これも、それなりにお金を出してバラの花の模型を作ってもらうところまで進んでいたのだが、ムードとしては「なんだかなあ」という感じがあった。
 「コンピューターでワイヤーフレーム組んで立体作るのって、わかる?」
 などと、大友さんに聞かれてしまった。ちょっと古い話だが『NEMO』のときにそういうことも一応経験はしている。
 「やっぱりそっちかなあ、と思うんだよね」
 と、大友さんはいう。

 大友さんは何かゲームの仕事を請け負ったらしかった。アメリカで出ているコンピューターゲームの日本版を作るにあたり、キャラクターを全部大友さんのデザインにあらためるとかで、そのギャラがわりにMacintosh Quadraをもらってきてしまった。これがスタジオ4℃最初の1台になった。自分はこのマックで大友さんがキャラクターデザインしたゲームの原作・原語版を、「パソコンに慣れるため」と称して、しばらくのあいだは日がな一日遊んでいた。森本晃司さんが「フォトショップの使い方を覚える!」などといいだして4℃のマックをいじりだすのは、もうちょっとあとの話だ。
 模型を作ったり、ビデオ処理を考えた奥行き移動の件がこれでちゃんとした方向性を得るようになった。あとは作り出したCGをどうやって本編フィルムに取り込むか、だ。デジタル画像のフィルムへの出力は、フィルム・レコーダーを使うくらいしか道がなく、この金額がべら棒に高かった。
 「高い、っていうのは、尺あたりですか」
 「そう。できるだけ短い尺の方がいいわけ」
 となると、「大砲の街」は短編とはいえ15分以上の尺はあるわけで、これを全部デジタルで作り出すわけにはいかない。必要なところだけCGで作ってフィルムに焼き、ほかの「通常撮影」のカットとオプチカル合成ではめ合わせればどうだ。そういうことをひとりで考えた。
 スタジオ4℃の右代表となってイマジカへおもむき、デジタルデータの受け渡しの仕方について打ち合わせるついでに、そういう方向でやりますけど、ということを伝えてみた。露骨に顔をしかめられた。
 「この作品は新技術の使用を全面に出して宣伝するわけですよね。そこで旧式なオプチカル合成とは。弊社で推しているビデオ合成にしましょうよ」
 ビデオ合成で全編ワンカットの映像を作ったって、それは「できてしまう」。できそうもないことをやるのが「芸」なのじゃないのか、我々は表現技術的芸人なのであって、などと「右代表」として主張してしまった。
 ええい、誰がなんといおうとも、今回に限って撮影台を駆使してやる!

 この頃はまだ、デジタル化の波はアニメ業界にはほとんど押し寄せてきてはいなかった。
 スタジオジブリから「ちょっと来て」などと宮崎さんの声がかりがあって行ってみると、「うちも撮影部ができて、新しいマルチプレーンの撮影台を作るから、撮影監督といっしょにスペックを決める相談に乗って」などという話だったりした。
 「マルチプレーンっていえば、東映長編の古い時代に作ったやつが、うちの大学に来てましたよ」
 「あれ、だめだったろ」
 「なんとか動かせないかと考えてみたんですけど、機構的に無理ありすぎますよね。『NEMO』用にムービーで作ったマルチプレーン台は無理なかったけど、使い道が限られすぎてた」
 「そういうところで新しいマルチプレーン台をどうすればいいか、つきあって」
 透過光のランプのセッティングもコンピュータ制御にできないかとか、そういうことが「これまで抱えてきた技術的な夢の実現」である時代だった。
 そうした中に、コンピュータ・ジェネレーテッド・イメージをどう組み込むか、それが自分的課題となったのだった。

 ハードウェアがやってきたら、スタジオ4℃として当然そのオペレーターも必要となる。スカウトされてきたのが、安藤裕章君だった。扱う人が現れたので、片渕専用ゲームマシンだったQuadraは取り上げられ、ようやく画像処理用コンピュータとしての立場を得た。
 安藤君は最初に「宇宙空間に浮かぶ巨大なバラの花」を作ったのだったように覚えている。かなり何日も時間をかけて色々やっていたか、と思うと、全部仕込み終えたらしく、レンダリングをスタートさせた。
 モニターに「計算終了まで120時間何分」と表示が出た。
 「120時間って、5日かい!」
 「ええ、その間の時間がもったいないので、マシンがもう1台欲しいですね」
 そういうことも少しずつ実現されてゆくようになる。

第67回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
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(11.02.07)