第70回 「大砲の街」拾遺
自分で思い出したわけではないのだが、仕上の小針裕子さんから「そういえば、スライドのとき撮影台上で引っかかってガタりの原因になる大判セルを、一発勝負でセルを切りながら撮影したことなかったでしたっけ?」という声が寄せられた。
あった。
たしかにやった気がする。失敗したときの予備用のセルも作って、でも1回目で見事撮影成功、2枚目のセルはいらなくなってしまった、のだったような気がする。2枚作って1度目に成功した、というところまでは小針さんの記憶と一致した。小針さんの記憶では、主人公の少年の寝室の時計の針か何かではなかったか、とのこと。小針さん、ありがとうございます。
そのほかでは、全編1カットのはずの「大砲の街」は、実際には30いくつだったかの撮影ショットを編集とオプチカル合成で組み合わせてできている。この分解の仕方、組み立て方を知ってるのは、地球上で自分1人だったので。「交通事故に遭わないように」などと大事にしてもらった。まあ、リップサービスだけなんですけども。
その30いくつかのうち、デジタル撮影され、フィルムレコーダーで吐き出されてくるショットは4ヶ所だけ。あとはすべて地道に撮影台の上で撮ってもらっている。
巨大なドーム状の砲塔が旋回するところなんかも、普通に作画している。ドームの地肌は何枚もBOOKを作って中OLかけまくったら、それらしくジラジラしたテクスチャー感になった。砲身はセルにベタ塗りするしかないのだが、それもイヤなので、これもBOOKを作ってもらって、カラーコピーでたくさんに増やして、切り抜いてセルに貼った。切り紙アニメーションなのである。
「大砲の街」の蒸気の煙は凄まじくリアルなのだが、CGではない。小原さんが頭で考え、その手で作画したものだったりする。
小原さんは、まず実際の蒸気の動きをスケッチして、「リアルな蒸気らしさ」とは何なのか探ろうとした。
「なんか参考用の映像ないですか?」
といわれたので、ビデオソフトとして発売されていた『世界の車窓から』の蒸気機関車特集のVHSテープを買ってきて、手渡した。小原さんは、コマ送りしながら膨大なスケッチをして、蒸気の何がどう動いて、どう消えてゆくか見極める仕事に入った。
それだけでなく、セルにベタ塗りするのを避けて、こういうふうに素材分けし組み立てればリアルなテクスチャー感が得られるはず、と素材の設計もし、筆で黒色の羅紗紙に白のポスターカラーを叩きつける仕事までした。
テスト撮影された最初の蒸気のカットを見て、思わず浮かんだのはこんなことだったりしてしまう。あまりリアルすぎて、人間の手が描いたものにはもはや見えないし。観客はCGか何かだとしか思わないんじゃないか。せっかく人間の手がこれだけのものを描き出しているのに、それでは損だ。
「少し手を抜いてもらったほうが、いかにも手作りしてます的アピールができるんじゃないでしょうか?」
けれども、もちろん、小原さんはまったく手を抜かずにその仕事をやり遂げてしまったのだった。
この作品のキャラクターには、タッチ線が描きこまれているのだが、これを下請けの動画におまかせしてしまってよいのかどうかはちょっと考えた。結論として、動画発注時にはタッチをつけず、でき上がってきた動画が動画チェックを通ったのち、これをつけることにした。動画の2枚に1枚は作画監督である小原さん自身が鉛筆でタッチをつける。残りは、動画チェッカーの梶谷睦子さんがつける。
さらに先へ進むと、小原さんには色鉛筆で塗ってみたいところが出てきた。
「セルの上に塗れる色鉛筆ってないでしょうか?」
ダーマトグラフみたいな油性色鉛筆もあるのだけど、この通称デルマをセルに塗ってもろくな仕上がりにならないことは自分でもよく知っていた。
この際、普通の色鉛筆で塗れるセルを作るべきじゃないか。
どうやって? 普通の透明なセルの表面に、透明塗料をスプレーで薄く吹きつけて、つや消しにしてしまうのである。自分で実験してみたら、なんとかつや消しセルが作れて、その上に色鉛筆で自由に描くことができた。あとはこれが大量生産できればいいわけだが、制作の連中が、
「ラッカー吹くと臭くなるし、休みの日にやっておきます!」
と張り切って進言してくれた。
「そうお?」
と、おまかせしてしまいつつも、不安もあった。
「相当丁寧に吹かないと駄目だからね。むらができたらオシマイだからね」
「まかせといてください!」
マカセナケレバヨカッタ。
月曜日に出勤したら、気泡まで入ったむらむらのセルが大量に出来上がってしまっていた。
「中止! 中止! 中止!」
「しかたないか」
と、プロデューサーの田中栄子さんは、ちょっと割高だけど、と、つや消し透明のプラスチックシートを買う許可をくれた。はじめっからそうしておけばよかったのだけど、ちょっとでも安く上がれば、という思いがあった。
色鉛筆。ハサミと両面テープ。
セルとセル絵の具。ベニヤ板。
ライトボックスの上でフィルムをのぞくルーペ。
パソコンにデジタルカラーコピー機。
モニターをのぞくときにアタマからかぶる暗幕。
人の手と目とセンス。
そして、忍耐。
そうしたものが「大砲の街」を作り上げた。
ひとつ誤算があった。
自分の仕事として撮影目盛を設計している最中、調子に乗ってしまって、あまりに雄大なタイミングにしまったところが多々あった。撮影目盛なんていうああいうものでも、
「こーんなスピードでPANして、さらにここでこうきて——」
というイメージが乗り移ったものだと思ってほしい。調子に乗ってしまうこともあるのだ。
ということで、完成した作品は、映写用のフィルム1ロールに入りきらず、途中でロールチェンジが必要になってしまったのだった。せっかくのワンカット映画なのに、申し訳ない。
第71回へつづく
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(11.03.07)