β運動の岸辺で[片渕須直]

第74回 めぐるめぐる季節感の中で

 『あずきちゃん』の監督は小島正幸さん。斉藤博さんの『楽しいムーミン一家』で演出をしてた人で、スタジオジュニオから出向でマッドハウスに来ていた。『あずきちゃん』のメインのキャラクター・デザインは川尻善昭なのだけど、現場の総作画監督は芦野芳晴さんが引き継いでいた。そのほか演助兼演出の小寺勝之君だとか、演出の坂田純一さんが席を並べていて、いつも全員顔を揃えているわけではないが、そういう顔ぶれのコーナーに自分も机を置かせてもらっていた。そのほか、『あずきちゃん』の本編末に必ず1枚だけ絵を描く超ベテランのポンさんこと平田敏夫さんがいて、なぜかポンさんと同じ苗字の原画の平田かほるさんなども同じフロアにいて、身内感があった。

 最初にやったのが17話の「女の意地!?決闘タコ公園」という回で、芦野さんが作監についてくれた。
 今思い出すとこれは夏の話だった。プールのシーンがあったような記憶があるし、トンボを飛ばしたりした(このトンボは『マイマイ新子と千年の魔法』でリベンジしている)。平行してやっている『ちびまる子ちゃん』もそうなのだが、こういう日常生活もののTVシリーズって、季節感がポイントになっている。ただ、これは放映時のリアルタイムの季節感なので、絵コンテのスケジュールが3週、作画5週、その他いろいろひっくるめてさらに数週間、合計2ヶ月半くらい完成時期からさかのぼった時点でシナリオを手渡されるわけで、絵コンテ用紙を前にするこちらにとっては季節感も何もあったものではない。ただ、そろそろとコンテを切り始めるうちに次第に没入していって、そのうちに自分の体がコンテの中身のほうに迎合してゆく。ふと我に返ると、自分が今いるのが絵コンテの中の夏の世界ではなく、実は春先なのだと気づいてしまうのだ。すると突然、それまで開いていた毛穴がすーっと閉じてゆくような不思議な皮膚の感覚を味わうことになる。体はどうもほんとうに夏だと思ってしまっていたらしい。
 もう少しのちに、小寺君が演出する33話「初公開?かおるちゃんの恋物語」というのを絵コンテだけやったのだが、これはクリスマスの話だった。ただ、その絵コンテは、夏休みに妻の実家に帰省中に描いていた。いきなりクリスマスツリーを描いたりして、クライマックス頃には雪が降り始めて、でも、気がつくと窓の外は入道雲で、それまで耳に達していなかった蝉の声が、急に大量に降り注いでくるのだった。こういうとき、今は冬だと思っていた自分の体は、暑ささえ忘れてしまうらしい。その暑さが急によみがえってきて、肌が妙な緊張感に襲われる。こういう感覚は、ずーっとあとになって真冬の日本から真夏のオーストラリアに仕事に行ったときに感じたりした。冬の日本から突然南半球の夏に飛び込まされると、何日間は体が暑がることを思い出せないので、そのあいだはあまり暑くなかったりする。

 話を戻して、17話の次は27話「ガーン!勇之助くんなんか大きらーい」だった。
 こうやって考えてみると、『あずきちゃん』は特段きちんと5週に1本が回されてきていたわけではないのだった。ということはまだまだ仕事の余力があるわけで、『名犬ラッシー』から復帰した『あずきちゃん』の後半戦では、こうした間隙に『カードキャプターさくら』まで割り込んできて、『ちびまる子』と合わせて3本平行体制になってゆくのだった。
 この27話は季節感的にいうと「秋祭り」のお話で、神社の参道に並ぶ屋台がやたらと出てくる。「ロケハン」と称して1人で神社のお祭りに出かけて牛串だとか飲み食いした記憶があるのだが、これは絵コンテが終わって作画に着手する頃、レイアウトの参考用だったのかもしれない。念のためにいうと、ちゃんと写真も撮ってきている。
 で、当然ながらこの回のお祭りシーンには大量の群衆が出てくる。といっても動かせる枚数的余裕がないのでほとんど「止メ」なのだが、止めは止めであるだけに人々のポーズだとかに雰囲気が出ていてほしい。このあたりはレイアウトチェック時に自分で相当量のラフを描いて投入してしまった。群衆の1人ひとりのキャラづけして、小さなドラマを想像したりするのは楽しい。こういうところがのちの『アリーテ姫』で、姫君が高い塔の窓から小さく見える城下に住む人々に思いを馳せる場面に直結していったりする。

 なんとなく、順番からいうと、この次に回ってくる『あずきちゃん』は37話くらいになりそうだった。この時点では、『あずきちゃん』は39話で終了の予定となっていたから、最終回1回前の38話になるかもしれなかった。が、シリーズ構成表か何かを見て35話の「ナイショ!赤ちゃんはどこからくるの」というのが、どうしても自分がやらなくてはならないものだと思ってしまった。前話で小学生同士が思いもよらずキスしてしまう。知識のない男の子のほうは「妊娠させてしまったかも」と焦りまくり、あずきちゃん本人はどうもちゃんとした知識があるらしく平然としている、というお話だった。
 「これは絶対に自分でやりたい。こういうもののために自分は『あずきちゃん』をやってきたのだといってもいい。順番変えて」
 と、制作プロデューサーの吉本聡さんにねじ込んでみた。吉本さんは、にやにやして「いいよ!」とあっさりローテーションをひっくり返してしまった。こういう融通がツーカーで利くところがすばらしい。
 ちょっとしたストーリー上のミソもあって、ハンサムで背も高く勉強も運動も抜群、とあらゆる面で主人公あずきちゃんの目から憧れの雲の上の人と見えていた勇之助くんが、性の知識ひとつで彼女と同等のところに降りてきてしまう、という話でもあった。39話でこの小学生同士の恋愛模様を完結させるなら、是非ともおさえておきたい話でもあった。そういう自分なりの計算もあった。
 が、それ以上に、自分としてはなんだかこうした刺激的な内容が楽しくってたまらなかったのに違いない。
 この回のラスト、身近な存在に降りてきた勇之助くんと並んで元気よくブランコを漕ぐあずきちゃんは尾崎和孝君の原画だ。尾崎君の中からはこうした天真爛漫なカットが天然に溢れ出してくるのだった。

第75回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(11.04.04)