第79回 LAGOON最後の時間
いつも思うのだが、もの作りの仕事がひとつ終わるときの感じは、以前にもここでだったかよそでだったかでも書き散らしたのだけれど、黒澤「七人の侍」に似ている。
はじめはカット表のカットナンバーを処理した分だけ塗り潰したりして、それをモチベーションの種にしたり、これからさらに潰さなきゃならない数の膨大さに呆然としているのだが、やがて乱戦になり、味方にも損害が出て(表現上どうしても泣かなけりゃならないことが増えていって)、ふと気づくと突如として敵の最後の1人が倒れており、目の前にはもう何もいなくなっている。若侍・勝四郎は「野武士は!? 野武士は!?」と戦うべき相手を求めてうろたえるのだが、その感じ。
元々、『BLACK LAGOON』は先年作ったTVシリーズ全24話で、われわれの仕事としては完結させるつもりだったのだが、諸事情あって目論んでいたような結末に至れず、その時点から続編に挑まなければ落ち着かない気持ちになっていた。原作とはもっと違ったところにお話を変えて、シリーズとしての円環構造を作り上げようとしていたのだったが(そのための伏線は第1話にもう埋めてあった)、そういうふうにできなくなってしまった。そこで別の結末に直し、そこにもさらに先の展開への伏線を配しておいた。『マイマイ新子と千年の魔法』の次には別の企画も準備中だったのだが、割り込ませるかたちで、今回の『BLACK LAGOON』続編シリーズをやることにした。なんとか自分たちなりの決着をつけたかった。
ただ、前回のTVシリーズではあまりにも消耗したので、今回はOVAで、ということにしてもらった。
制作着手時期から考えると、1本目のリリースが2010年7月なのは少し早すぎたが、原作掲載誌の記念企画にあてるとかの事情のためにそういうスケジュールとなり、以降毎奇数月の発売が予定されることになった。
7月、9月、11月、1月、3月。
全5本のOVAシリーズ(はじめは全4本で提案されたが、構成上の必要から5本に改めてもらった)は、2011年3月には最終巻が発売されるという計画だった。3月発売ということは、その2ヶ月前には原版を完成させなければならず、ほとんど2010年中にはこちらの作業は完結しているべきはずだった。なんだかTVシリーズよりキツくなってしまった。何せ前回シリーズでは、1回分(内容正味20分)を作るのに1年かけた回もあったのだ。
結局、様々なアクシデントの堆積があって、2011年3月あたまくらいに最終巻第29話の作業を終わらせる、というところまでスケジュールが伸びてしまった。3月後半は暇になっているだろうから、その時期に山口県防府市で『マイマイ新子と千年の魔法』のイベントを計画してしまったのだったが、どうも3月中はまだ『LAGOON』の仕事をしていそうな気配になってきたので、このイベントは4月上旬実施に繰り延べてもらった。
だが、3月11日には例の震災が発生し、そのせいなのか、全然違う理由からなのか、スケジュールがさらにうしろへズレ始め、仕方ないのでまだ制作途上の4月2日・3日に防府へ行くことになり、それでもなんとか4月中旬には『LAGOON』を終わらせるつもりでいた。「ゴールデンウイークはたっぷり休んで」などといっていたのが、いつか、5月2日が原版完成の予定日として提示されるようになっていた。どうせなら「GWは全部働くから、それを連休明けの6日に延ばせないか」と逆提案し、それが通った。
原版を完成させるオンライン編集(通称「V編」)は、外部のスタジオで行うため、制作プロデューサーが編集スタジオとそのスタッフの空き状況を調整し、6日深夜から7日早朝にこの作業を行うことに決定された。
が、段々とそれでは終わらないような状況となってきたので、V編はさらに7日の日中に延期された。これは、最後にはもう数時間うしろに落とされ、7日18時から夜半にかけてに延期された。泣いても笑ってもそこで『BLACK LAGOON』の最終回は完パケになる。
ここのところは黄金連休で、通勤の車がまったくいなくて道路が空いていたのはラッキーだった。朝の作業開始を最大1時間早めることができていた。それしきのことでも、いくらかストレスは減る。
子どもの日の5日は13時からオールラッシュ試写とそれに対するリテイク出し。
その開始前に、「リテイク処理を除く作業残量の総量」を推し量ろうとして、制作に相談してみると、
「撮出しは50くらい残ってると思うんですが、監督の撮出し作業量は1日あたり20カットがリミットですよね」
という。いや、今日は朝からこの13時までにはもう15カット片づけてるのだけど。今までは1日に20カットくらいしかカットが回ってきてなかった、というだけのことなんじゃないかな。さすがにスケジュールの最後の最後にはしわ寄せ的にカットが集中して上がってきている。この感じでこの後も進めるなら、7日夜完パケ予定が現実的と思える程度には、目処が立つようにもなってくるのだが。あとは、致命的なリテイクが出ないよう祈るばかり。
この日は都合2回目のオールラッシュだったが、少なくともセルは全部上がってきており、いまだ本撮に回せないカットもとりあえずタイミング撮りされて刺さっていて、すでにダビングまで終わっている音声とのシンクロをはかることができるようになっていた。口パクが合っていないところがそれなりの数、効果音と画が合っていないところが若干個所。この辺のチェックは、ラッシュをつなぐ時点で編集の木村さんが弾き出しておいてくれるので、仕事が速い。木村さんは「この持ち方だとレヴィはタバコの火で火傷しないか心配」といったあたりまで弾き出してくれていて、頭が下がる。
画面的な直しと、まだ本撮未撮であるカットの撮出しは片渕、シート関係は浦谷(今回は演出で加わってもらっている)、部品抜けだとかつじつま合わせなどの作画直しは作画監督の今村君と割り振って作業を進める。
リテイク処理と本撮の撮出しを終えて、仕事場を離脱したのが22時なので、リテイク作業すべきカットの山は9時間で片づけられたことになる。とはいうものの、片づいたのは実は自分たちの目の前からカットが去ったというだけの話で、その先には動画チェック諸嬢の深夜作業が続く。
こちらが帰り支度を始めると、
「今日はもう出ませんてことですよね」
と動画チェックのチーフ大島さんがニッコリした。たいへん印象的な笑顔だったのが、実は、作画監督の今村君に原画修正1カットを預けてあったのだった。それもお願いいたします。今村君の作業は綿密で正確なので、彼が仕事を終えたらこちらのチェックなしでそのまま動画へ回してもらって大丈夫。
というところで、5日夜は離脱。まだ晩飯を食ってないのだが、もはやお腹も空かない。
翌6日の夕方17時には、本撮未撮が15カット、リテイク未撮が28カットという残作業量になっていた。こちらで行うべき本撮の撮出しはあと4カット。これはこの時点でまだセルが完成していないカットだった。そのうち2カットはすでにセル検を通過、撮出しのための素材組み中、という状況。今夜は何時までの作業となるのか、制作プロデューサーの豊田が撮影と電話で相談している。
18時には現状でこちらですべき作業は完了済みとなった。あとは撮影3社の皆さんにお任せ。この時点で「21時には全カットを撮り切りできるかも」という話になっていた。ということならば、22時よりバララッシュ(カットを編集に組みこんだオールラッシュに対して、撮り上がったカットを単体でみることを便宜上こう呼んでいる)の予定となる。
ということは、今から4時間はヒマ。時間を潰す読み物も何ももっていないので、書店に出かけて、小津安二郎の健啖についての文庫本なんかを買って、ファミレスで夕食をとった。読んでいる本の中身とあまりにも落差のある現実の夕食だったが、それでも仕事場の外に出て飯が食えるのはかなり久しぶりだったのだ。
1時間半かけて晩飯を終えて帰ってきたら、撮影スタジオからこちらへの質問事項がいくつも待ち受けてて、やっぱり留守にしてはまずかったかと痛感させられた。
22時15分、今夜のラッシュ試写終了。続いてリテイク出し。
22時35分、リテイク出し終了。続いて、リテイク処理。
22時39分、それも終了。今夜はとりあえず2カットだけ軽微なものを片づけた。あとの作業は明朝。
5月7日。最後の日。
9時20分までに、昨夜残した仕事、当面これで最後と思われる撮出し作業を終了させる。ここで再び、こちらは撮影各位の作業結果が出てくるのを待つだけの身となったため、これまで散らかし放題だった机周りの掃除、資料等の段ボール箱詰め作業を行う。が、すぐに箱が足らなくなって中断せざるを得なくなる。
13時20分。最後のオールラッシュ試写を終了する。ここまでに到着した撮影済みカットは組み込んである。これをオンライン編集スタジオに向けてビデオテープで発送する。内容的なことでいえば、暗さの表現で苦労した夜戦のくだりは画面作りに苦労しただけの結果にはなってるんじゃないかと思う。ここに及んでまだ編集を変えようと思っているところもあり、編集点のタイミングを割り出す作業も行ってしまう。この時点で未差し換えで残ったカットが、あと23カットほど。「撮影の皆さん、よろしくお願いします」と心中で頭を下げるばかり。
14時半には、あと半時間で全カットが撮り切れる予定となっていた。14時48分、撮影が撮り切った模様となり、昨夜深夜まで働いて今日はまだ出社していなかった制作進行を、直接、カットのデータ回収に向かわせる。最後のバララッシュ試写とリテイク出しは16時予定となる。撮影リテイクでは全部直りきらないと思ったところもいくつかあるのだが、これはオフライン編集で調整しようと踏んでいた。
15時15分。仕上げでセル検が未完なっていたカットが2カット残っていたらしく、仕上げ方面がバタバタしていたのだが、その作業が終わってセルのデータを撮影に向けて発送できたらしい。これで仕上げ各位の仕事は終わった。
16時にラッシュの予定だったが、その時刻になっても撮影済みカットのデータがまだ届かない。車だと道が渋滞していた場合間に合わなくなるので、制作進行には電車で向かわせてあったのだが、これがこちらに到着しない。16時30分頃到着の見込みと踏んで、ラッシュは17時頃からの開始とする。
16時43分、進行の田中が息を切らせて到着。この時点で、社内の試写スペースでは『カイジ』のオールラッシュが行われていた。引き続き17時からは他班がラッシュ試写を予定していたのだが、豊田が交渉してそのあいだに割り込ませてもらうことになる。
17時、バララッシュ試写予定。2度回して、その場でリテイク出しまで行う。リテイクは2カット。1カットは自分で修正した撮影素材を作り、作画の直しの必要なもう1カットは今村君にお任せすることにして、直ちに豊田と車でV編に出る。
18時10分、キュー・テック到着。V編開始。
いつも少し遅れて編集に現れるジェネオンの小倉プロデューサーは、この日は時間を間違えて14時に来ていたらしく、いち早くつながった本編映像を見ていたらしい。
「まるで洋画みたいですねえ。英語で声を入れたくなっちゃうなあ」
と、少しばかり英語版の可能性のついて雑談する。
この日のV編では、まず、エンディング・クレジットの出し方を決めることからはじめる。今回は映像・楽曲ともいつものエンディングのものを使わず、最終回バージョンとなっており、クレジットのロールアップの方法も違えてあるのだが、それがうまく載るかどうか、再調整が必要かどうかのチェック。とりあえず合わせてみただけの1回目で意外とうまくいっていたので、これに関してはあとは微調整だけとなる。
続いて本編映像の切った張ったを繰り返すことを始める。カメラワークの異なる同一カット2テイクの前半と後半を「いいところどり」して強引につなぎ合わせる編集も強行する。ちゃんとつながって見えたので、小倉Pに感心される。動きの一番速いところで切り替えれば、案外いけるのだ。暗さのトーンの調整も行う。リテイクが何カットか発見され、直ちにマッドハウスに待機しているスタッフに伝達される。素材の作り直しが必要なものもあったが、白飯がうまくやってくれた。そのほか、V編で直せばよいや、と思っていた要修正個所が意外と手間取ることがわかり、これならば撮影リテイクをお願いしたほうが早い、という話になってしまう。こういうところは演出側でもっと早く踏み切って、恐れず撮り直しをお願いしておくべきだった。
21時40分、最後の撮影済みカットが上がってくる。22時に至って全作業終了。
これで『BLACK LAGOON』に関するわれわれの作業は完結した。
23時15分、帰宅して夕食をとる。
明日は久しぶりに休める日曜日。週が明けたら、新しい仕事に着手する。
第80回へつづく
●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp
(11.05.09)