第106回 お中元の箱、ありがとう
ザグレブから帰ってきてまだ1998年6月のはずで、『アリーテ姫』準備室で酷暑にあえぐのはその後のことになる。
ボール紙が欲しい、と思った。前に『名犬ラッシー』のとき、主人公の家をダンボールで仮組みして、カメラの入れ方や何かを検討しながら配置を決めたのが、自分にとってやりやすかったという記憶になっていたらしい。ましてや、今度は円筒形の室内になるのでどんなふうに見えるのか、とか、広さの感じだとか、様子を見たいと思ったのだったと思う。
歩いて少し行ったところにあるスタジオ4℃の本拠まで赴くと、ちょうどよくお中元が来ていて、缶ジュースの詰め合わせがあった。この外箱をいただいた。それから、セルの梱包の台紙にもボール紙が入っていたので、これももらった。
姫君の塔の直径だとか、その中に納まる部屋の広さはだいたい目安がついていた。まず、アリーテ姫のおおよその身長を割り出し、何分の1スケールにするか決めてから、森川さんがすでに描いていたアリーテ姫のデザインを縮小コピーし、それに合わせて塔の直径分の円をボール紙から切り出した。コンパスくらいは買ったように思う。そこに、塔の内壁を立て、だいたいの寸法で作った寝台を置き、縮小コピーしたアリーテ姫を人の形に切り出して立ててみる。
この辺に暖炉が欲しいとか、この辺にもうひとつ窓が欲しいとか、だんだんわかってくる。
なんとなく、高い塔のてっぺんの小部屋ができたところで、塔のプロポーションもみたくなる。ほっそりしたイメージにしたいのだけど、どうもお城というものの構造上、あまり細くもできないことは、前に述べた。ならば、高くすることで細身なイメージにしてみたい。
ボール紙を切って丸めて外壁を作り、くずかごふたつ重ねたくらいの高さにしてみる。その上部に、小部屋をはめ込めるようにしてみた。まあ、これくらいの高さの感じがあれば十分だろう、とおもいつつも、てっぺんにとんがり屋根がのってなければ、様がわからない。なので、円錐も作ってかぶせてみる。
結構嵩張るものができあがってしまった。
もうひとつ様子を確かめておきたいのは、アリーテ姫が魔法使いにさらわれた後、幽閉される地下室だ。これをどういう形にするか。ボール紙をいじりながら、そもそもいたお城の塔の相似形みたいな、ただ上下が反転したみたいな感じの地下牢を作ってみる。
「同じ形なんだ」
と、思った瞬間、脚本的な何かが色々膨らんだ。はあはあはあ、なるほど、同じ形の場所に閉じ込められるんだ。だったら、こういうやりようが……と脚本が充実してゆく。
さらに、地下牢の遥か上の方には、虜囚の様子を見下ろすためののぞき窓が欲しい。窓を開けるくらいは簡単だが、のぞき降ろす監視人のいる部屋はどうしようか。その上にあるはずの構造重量を支えなければならないから、石造りのアーチを設けてみたい。アーチの中央に監視窓があって、一応念のための鉄棒が一本だけ嵌っている。どうせ登ってこれなどしないから、牢獄的な鉄棒などいらないようなものなのだけれど、ちょっとでもアリーテが脱出できそうな隙は塞いでしまっておきたい。絶体絶命、脱出不能の窮地に主人公を落としこんでから、その先を考えるのがよい。
少し味つけ程度にちょっとした段差があるのもよい。立体的な造形を楽しんでみる。
ということで、魔法使いボックスが見下ろす監視部屋も、ダンボールで作った。これも、円筒型の地下牢の上にはめ合わせるように作っておいた。なんだか、これもずいぶんかさばるものになった。
こういう地下牢がその内部にある魔法使いの城というのは、どういう外形なのだろう、と考えて、思いっきり壁の分厚い建物なのに違いない、と踏んだ。これはさすがに立体物としては作らなかった。ただ、西洋の城の廃墟の写真を色々集めて眺めていたら、そうやって抱いたイメージにぴったりで、なおかつ、外壁が1枚はがれて、外側に傾いている城があった。分厚い石造りの中にトンネル上の通路があって、それが剥き出しになっている。まるで、ガラス板の間に作らせた蟻の巣を観察するように、迷路みたいな城の内部通路が見えるのもおもしろいか、と思った。
穴の底にある地下牢の上にある、その穴の壁面は、ただだだっ広くってつまらないと思った。ここには模様でも描くかな。以前、『魔女の宅急便』のロケハンでストックホルムにいったときにケーキを食べた店が、11世紀以来の造りで、天井に筆が走ったような星の模様が描かれていた。ああいうのなら中世の雰囲気が出てよいのじゃないか。ただ壁に描いてあるのもおもしろくないから、これの使い方も考えてみようか。
脚本的にも、デザイン的にもどんどん膨らんでゆく。
お中元の箱、ありがとう。
このとき作った姫君の塔と地下牢の模型はいまだに存在している。映画の完成後、飛騨高山の飛騨国際メルヘンアニメ映像祭で『アリーテ姫』を特集上映してもらったとき、このボール紙を切り貼った工作物まで展示してもらった。見た人は何だと思っただろうか。
第107回へつづく
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(11.12.05)