第116回 色の道が起こしたシワ寄せについて考える
成り行きの結果として、あるいは何らかの必然として、背景とセルの色調を全カットに渡ってチェックしてゆくことになったのだが、監督の仕事というのは当然のごとくそれだけではすまない。いまだ未完成なままの絵コンテをなんとかしなければならないことがまずあって、さらに大きなところではレイアウトと原画のチェックを日々の仕事としてこなしていかなければならない。
レイアウトがOKになっていなければ原画も背景も描かれないし、原画がOKにならなければその先の仕事、動画や仕上が干上がってしまう。
原画のチェックには色々な側面がある。絵柄については作画監督の尾崎君にお願いしてしまえるのだが、演出家のサイドできっちりおさえておかなければならないのは「演技」に関する面だ。ここを効率よく突破してゆきたい。
原画チェックで一番面倒なのはなんだと思われるだろうか?
自分なりに、それは「台詞のタイミング」だと思っている。
日本語の台詞は、平均して、その台詞を平仮名で書き表したとき、1文字あたり4コマくらいになる、といわれている。これを「ひと口4コマ」などといったりもする。思いっきり機械的に片づけるなら、この「ひと口4コマ」のルールで通してしまっても、アフレコの現場で目茶目茶に破綻することはない。台詞の話し手がおばあさんだとかなのならば、もっとゆっくりに、ひと口6コマとかにしておけばよい。
台詞と次の台詞の間は何コマとするか。矢継ぎ早な掛け合いならゼロコマだろうし、6コマのときも9コマのときも12コマ、15コマの場合もあり得る。間をとりたければ最低24コマだ。それぞれの場合で、もちろんテンポも変わるし、台詞と台詞の関係は変わる。
こうした「ひと口何コマ」だとか「間、何コマ」だとかが、それぞれどんな印象の台詞を作り上げるのか、定量的なものと効果との関係をあらかじめ覚えこんでしまうのが、アニメーションの演出の第一歩であるともいえる。人の走るスピード、歩くスピードが、1歩6コマ、8コマ、12コマ、15コマ、その他のそれぞれでどんな印象を作り出すのか覚えておくのと同じく、意味あることなのだ。
しかし、とはいえ、これはやはり第一歩のところに過ぎないのかもしれない。
ものすごくスケジュールが厳しくって、一晩に何百カットかチェックしなければならないときには、こうした定量的なものがはっきりと有効になってくる。
だけれども、「演技」とかぎ括弧でくくってしまうと、もうそれではすまないだろう。その時々で千差万別、ごく微妙な差異がものをいう世界であるはずなのだ、と思ってかからなければならない。もしくは、身のほど以上にそう思い込むことで、自分が今行っているのは特別な仕事なのだ、という意識を高めてかからなければならない、という筋のものなのかもしれない。
道具はストップウォッチとタイムシートの用紙があるだけ。
まずは絵コンテを横に置き、そこに記されている台詞を自分でブツブツつぶやき、その速度をストップウォッチで測ってみる。黙読してもよさそうなものなのだが、実際の口の動きがついてこられない理想的過ぎるタイミングになってしまう恐れがある。なので、あくまで自己流なのだけれど、最低でも唇は動かしてみたほうがよいと思う。
あとは、それが「自分が読む台詞」に留まらず、その登場人物としての適切で意欲的な「演技」としてイメージできていることだ。
そういうことを、1本の作品の台詞の数だけ行う。
以前、ゼンマイ式のストップウォッチを使っていた頃は、途中でこれじゃ感じが違うなと思ったり、読み間違えたりしたときでも、リューズを押せば、バネ仕掛けで瞬時に針がゼロまで復帰してくれたものだが、その後、同じ針式でも電池式になったストップウォッチでは、この復帰時間それ自体が3秒くらいかかるようになってしまった。測りはじめて数コマとか1秒目くらいで、こりゃ違うなと感じてやり直そうとしても、針は近道して元のゼロに戻ってくれない。そのまま3秒かけて時計回りに回ってゼロにたどり着くような、そういう仕掛けになってしまっている。
元々、ゼンマイ式のストップウォッチが自分の仕事を通じて長持ちせず、すぐに壊れてしまったのは、この復帰を頻繁に繰り返しすぎて、針が吹っ飛んだりしてしまうことが多かったためだ。それだけの頻度でいちいち3秒もかかってしまっては仕事にならない。おまけに、ストップウォッチでタイミングを取るのは、台詞だけでなく、演技のアクションの部分にも及ぶのだから。
その3秒で気分が変にリセットされてしまったりもする。せっかく掴みかけていた「その場の気分」がそんなわずかなインターバルで薄れてしまったりもする。
色の道も抱えて、効率的に仕事をはかどらせなければならない『アリーテ姫』監督の身としては、いっそ、クィック・アクション・レコーダーを使って原画をタイミングどおりに並べながら、そのタイムライン上で同時に台詞のチェックもしてしまえばよいのではないか、と思うに至った。
クィック・アクション・レコーダーへの取り込みなど、演出助手がいれば任せてしまえる仕事なのだが、あいにく、今回は予算の都合があるので、「演助要らない」と宣言してしまっていたところだった。
「ほかにも大量の仕事抱えてて忙しいところ悪いけど、制作でやってもらえないかな?」
と、おそるおそるうかがいを立ててみた。
「いいですよ」
と、制作の高橋君は気安くいってくれた。以前制作についていた笠井はもうどこかに行ってしまっていなくなっていた。風来坊がよく似合う奴なのだ。今は、『アリーテ姫』の制作担当として高橋君1人がいるだけ。
「全カットだよ?」
「大丈夫でしょう」
第117回へつづく
●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp
(12.02.27)