β運動の岸辺で[片渕須直]

第124回 『アリーテ姫』の音楽メニュー(中編)

 どうしよう?
 このまま、音楽メニューなんかを延々続けていってよいのかな? と迷うのだが、のちのち表に出ることもないだろうし、もうしばらく続けさせていただくことにする。
 ちょっとだけ解説しておくと、(01:03:43:00〜01:04:31:00)のように記されているのは、タイムコード(TCR)だ。最初の「01」はダビングロールのフィルム第1巻を意味する。その後ろに続くのは「分」「秒」「フレーム」。映像自体は1秒24コマで作られているのだが、それをテレシネにかけて、1秒30フレームのビデオに落としたものを、尺を計る基準に使っているのである。
 音楽を含む音声の作業は、このダビングロール1巻ごとに行うので、BGMを入れる位置はこのダビングロールをはみ出さないように指定しなければならない。逆にいえば、音楽がこぼれそうなところでは、初めからロール分けを行わない。編集時にすでにその辺の目安までは頭に抱いた上で、1巻が大体15分程度になるように割ってある。

○M13A(C#251〜258)(02:10:42:05〜02:11:07:15)

 いつになく活動的なアリーテ(けっして陽気にまでは成り切れない)。C#256で「はっ」と金表紙の本のことを思い出したところから、『不思議さ』に変わる。

○M14(C#258〜270)(02:11:06:00〜02:12:29:00)

 真っ白な雲から森へのPANDOWNからスタート。『壮大な外の世界』かと思いきや、C#259でちっぽけな黒点が空に現れたところ(TCR 02:11:25〜26付近)から、邪悪な響きに変わる。『圧倒的に押し寄せる邪悪』となって、物体がまだ点にしか見えないうちから鳴り響く。264付近からはやや沈潜していって、270ボックス立ち止まりまで。

○M15(C#284〜286)(02:14:26:00〜02:14:47:00)

 C#284カット尻、大臣たち慌てて歩き出しからスタート。286いっぱい。ボックスの思惑どおりに事が進み、ボックスの思惑が城を支配して行く。「悪の側から見た小気味よさ」を含み、ややテンポある。
 (この曲には録音時のメモがあって、「2タイプkeep 尻の“ジャン!”がふたつのとひとつのと」で、“ジャン!”ひとつのがOKになっている)

○M16(C#287〜290)(03:00:00:00〜03:00:19:00)

 現実音。国王入場のファンファーレ。絵合わせ。やや音が外れ気味くらいの方が、時代色を出せていいかも。
 (こういう指定をしたものだから、千住さんにも気を遣わせてしまい、ちょうどよくしばらくトランペットから離れていて久々に吹く、という奏者を選んでいただいた上で、練習なしで本番の収録に臨んでもらっている。練習してしまうと、「上手くなってしまうから」)

○M17(C#294〜299)(03:00:35:00〜03:01:11:00)

 M15同テーマ。「ボックスの思惑どおりに事が進んで行く」。C#299侍女たちの立ち止まりまで。侍女ノックと、次カットの「侍女慌て走る」は、効果音を効かせて……。

○M17A(C#300〜306)(03:01:20:00〜03:02:04:00)

 走る侍女の途中からM17の曲、再スタートする。306に入ってからは、アリーテの心情の方へ寄せて行き、「アリーテがそこへ逃げたはずの外界」で広がって終わる。

○M18(C#318〜334)(03:02:55:00〜03:04:24:15)

 回想のアリーテ。『あの、自由だった自分が懐かしい』。あいだに若干の現実シーンを挟み(327、328)、次の回想シーンいっぱいで、C#334の現実のアリーテに余韻こぼし程度。

(M19 欠)

○M20(C#361〜364)(03:07:07:15〜03:07:43:00)

 再び魔女の顔が現れた瞬間、『不思議さ』がポロン……ポロン。それがとぎれとぎれに。その後の展開の中で、今回はどこか憂鬱さを底に鎮めているふうに。363指輪をはめる手のUPにも、少し『不思議さ』を引っかけて。364の終わりは、少し効果音を効かせますので、音楽は少し早めに終わる。

○M21(C#366〜372)(03:08:06:00〜03:08:51:00)

 現実音。城下の市民たちの祭りの曲。民俗的に。同じフレーズ繰り返したりして、少し長めにください。
 (前もって音楽のイメージを伝える際に、「喩えていうなら南米のフォルクローレ」などと、中世ヨーロッパの雰囲気も何もあったものではないことを千住さんに要望してしまっていたのだが、千住さんはこれを無視することなく、ここでちゃんと使ってきた。さすがだ。
 城下の人々が踊りまくる曲なので、掛け声も必要なのだが、それは片渕、田中栄子以下、このための人海戦術としてその場に動員されてきていた絵作り組のスタッフでやることになった。誰かキュー出しをしなければならないので、自分がヘッドフォンをかけてフロアディレクター兼任となり、サブ調整室にいる千住さんからの合図を受け、みんなに伝えた。
 みんなで歌いながら手拍子も取ったのだが、なぜか、現代人たちは「裏打ち」で叩いてしまう。「えーとですね、そこは裏打ちじゃなしに」と、トークバックから千住さんの声が聞こえるのだが、一同「裏打ち?」と首を傾げている。しかたがないので、自分が「ンパ、ンパ、ンパじゃなく、パン、パン、パン、パン」と教える立場に立ってしまった。正直、歌舞音曲からは人一倍遠い自分だと思っていたのだが。
 サントラCDでは、われわれの声や手拍子は入っていないのがちょっと残念)

○M22(C#376〜384)(03:08:51:00〜03:09:42:00)

 深い憂鬱。優しい人々が眼下を歩いているのに、わたしは目を向けられない。猛々しい猟師たちや、戦の光景。こんなに世界は広いのに、わたしは目を向ける自由を奪われている……。魔法使いのヘリコプターのエンジントラブルとともに曲終わる。

○M23(C#411〜417)(03:12:53:15〜03:14:00:00)

 魔法使いボックスの支配下にあるアンプル。M15同テーマが、やや沈鬱に流れる。

○M24(C#439B〜439C)(04:03:07:00〜03:16:00:00)

 魔法使いの人工の星に『不思議さ』のポロロンが1回だけ鳴る。ただし、今回はボックスの見た目なので、やや曲想変えて。

○M25(C#440〜456)(04:03:17:00〜04:05:08:00)

 変わり映えしない毎日の退屈な時間が流れる。しかし、曲想は『退屈』ではなく、退屈さの中で貴重な人生が消耗して行ってしまうことへの緊張感を。だから、途中次第に盛り上がり、今まで最大の分厚い曲となっていくのかも。「なぜこんなシーンでこんなに盛り上がってしまうの?」と思わせるくらい。M23とテーマが共通していてもよい。ボックス自身の人生が『無為』に支配されているのであるから。
 (ここで、千住さんは、ロシア古語の歌『クラスノ・ソンツェ』を使ってきた。さすがだ)

第125回へつづく

●『マイマイ新子と千年の魔法』公式サイト
http://www.mai-mai.jp

(12.04.23)