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アニメの作画を語ろう
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第100回 「海モモ」での実験6

 このコラムも100回目を迎えた。
 我慢強くコラムを読んでいただいている方々や、2年近く、このコラムにお付き合いいただいているアニメスタイルの方に、こころから感謝します。

 さて本題に戻り、 「海モモ」も、50話を越え出すとそろそろ、最終回を見据えてエピソードを考えなければならなくなった。
 モモに1990年代の社会性を盛り込むエピソードは、ネタ自体はいくつもあったが、脚本が放映終了までに間に合うかどうかが問題だった。
 色々考えたプロットで、ふたつの脚本だけは、どうしても、間に合わせたかった。
 ひとつは夏の盛りに思いついたプロットで、当時、ゴミ置き場に捨てられた古タイヤの山が、太陽の熱で自然発火し、火事になったという事件があった。
 僕はこれが自然発火でなく、タイヤ達が自殺したと考えたらどうだろうと、監督の湯山氏に言ったら、氏の答えは「首藤さんって変わった事を発想するなあ」と、呆れたような顔をしたのを覚えている。
 古タイヤの自然発火がタイヤの自殺だったとしたら……なぜ、古タイヤは自殺しなければならなかったのか?
 捨てられたタイヤは、もうどこにも行き場がないからだ……と想像する。
 タイヤだけでなく、使い古されたもの、まだ使えるのにゴミとして捨てられたものは、どうなるだろう。
 そんな事を考えているうちにゴミ処理の問題が、僕の中でクローズアップされてきた。
 どこもゴミでいっぱいである。
 捨てられたゴミは、ただ処分されるのはいやだと言い、自分の行き場を探してさまよう。
 モモは、彼らのいられる場所を探して、魔法で色々なところに行くが、どこに行ってもすでに他のゴミがいっぱいで、追い出されてしまう。
 南極などの極地や宇宙に行ってさえも、すでにそこもゴミでいっぱいである。
 行き場のないゴミは、自分の身を燃やし消えて行った。
 つまり、自殺である。
 ストーリーだけいうと、ゴミ処理と環境問題を扱った暗い話だが、これをいかに面白おかしく、そして少し悲しい脚本にするかにずいぶん苦労した。
 結局、この脚本が完成し作品が放映されたのは、最終回の1話前の61話だった。放映されたのは12月16日だから、夏の暑い盛りに考えたストーリーが冬にやっと間に合った。
 脚本は、燃え上がったゴミ達の跡にたたずむモモの姿で終わっていたが、アニメの最後は、ゴミの燃え上がった跡が、美しい花畑に変わっている。
 このシーンは脚本になく、花畑を付け加えたのは、悲しいラストにしたくなかった湯山氏他のスタッフの思いやりである。
 どうしてもやりたくて間に合わなかった脚本が、教育問題を扱ったエピソードである。
 「海モモ」には学校のエピソードがない。
 学校のエピソードが1本ぐらいあってもいいじゃないか……という話から、どうせモモが学校に関わるエピソードなら、教育問題をかすったストーリーにする事にした。
 当時から、引きこもりや登校拒否の子供たちの問題は起こっていた。
 そこで、学校なんて行きたくないなら、行かなくてもいいんじゃないの? ……というスタンスで作ったエピソードが、「モモ学校に行く」である。
 放映には間に合わなかったが、番外編として作品は完成したので、レーザーディスクやDVDでご覧になった方もいると思う。
 モモを含めた落ちこぼれの生徒達が、偏差値重視の学校を「こんな学校いらない」と、ぶっ壊してしまうが、彼らは後にそれぞれ立派な大人になった、というエピソードだった。
 このエピソードで匂わせたかった教育問題のメインは、偏差値教育でもなく、いじめの問題でもなく、義務教育そのものについてだった。
 普通、子供達は、義務教育を、子供が小中学校に行く事の義務のように思っている。
 だが、本当は違うのである。
 義務教育とは、大人が子供を小中学校に行かせる義務があるという事で、小中学校に行く事は、子供にとっては権利なのである。
 子供は、学校に行って勉強を教えてもらう権利を持っているのである。
 学校に行きたくなければ、子供はその権利を放棄すればいい。
 学校に行くのが嫌なら、行かなくてもいいのである。
 子供は、学校に行く義務はないのだ。
 義務があるのは子供を育てる大人の方なのだ。
 だから、最近、給食費を払わない親がいるというのが不思議でならない。
 学校に通わせるのは親の義務なのだから、給食費を払わないのは、義務を果たしていない事になる。
 学校は子供に昼食を食べさせる場ではなく教育する場だから、給食が必要なら、その子供の親から払ってもらって当然である。
 親が子供の給食費を払いたくないのなら、弁当を持たせるか、自宅で昼食を食べさせるべきである。
 話が少し給食費の事にずれてしまったが、無理に勉強を教え込もうとする学校やいじめのある学校に行きたくなければ、別に学校に行くのは子供の義務ではないのだから、行かなければいいのである。
 大人も子供も、義務教育というものを勘違いしているような気がする。
 学校に行く事は子供の権利なのだから、その学校が気に入らなければ……ここからは『モモ』流のエスカレートなのだが、そんな学校、ぶっ壊しちゃえ……という事になってしまった。
 このエピソードを観た人から、「いくらなんでも、学校を壊してしまうのはやりすぎではないか……」という声もあったが、それをやってしまうのが『魔法のプリンセス ミンキーモモ』らしいところなのである。
 番外編は3本作られていて、他の1本は、本物の戦争でなければ燃えない軍人が、夢の国マリンナーサで、夢の国の戦争を体験するが、夢の国の戦争ではどうしても納得できず、落ち着く事もできず、本物の戦争に出会って、やっと満足する、「SOS! マリンナーサ」という魔女っ子アニメでは、ほとんどあり得ないようなエピソードだった。
 残る番外編の1本は、それまでの2本とは逆に、離れ離れだった家族が、ある約束の一夜に集まってくるという、魔女っ子アニメとしては、とてもまっとうな心温まる「星に願いを」だったが……いつもの「海モモ」が、まっとうでないエピソードが多すぎたので、監督の湯山氏としては、まっとうな家族愛のエピソードがやりたかったようだ。
 脚本も湯山氏が書いているのだが、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』のいつもがまっとうでないだけに、まっとうなエピソードが、まっとうに思えず、実験作に見えてしまうのが、なんとなくおかしかった。
 まっとうといえば、前の「空モモ」の常連ライターだった金春智子さんが、「空モモ」のペースでまっとうな魔女っ子スタイルの14話の「昔々のモーニングコール」と54話「海賊トパーズの宝物」を書いてくださったが、どちらもしっかりできた脚本で、まったく直す必要がなかった。
 しかし、全体から観るとまっとう過ぎて、いつも激走気味の『ミンキーモモ』が一服して一息ついているような作品になり、それが、『ミンキーモモ』のバリエーションを増やしてくれるような結果になって、それはそれでよかった。
 そんなこんなで、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の「海モモ」は、最終回を迎えるのだが、その前に、実験作とはいえないが、かなり変わった作り方をした作品があるのが忘れられない。
 それが53話の「走れ夢列車」である。

   つづく


●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)

 脚本を書き終えた後、眠るために酒は駄目、規則正しい生活も駄目、それでもどうしても書いた脚本が頭に残って眠れない人には、それなりの薬で眠るしかない。
 最近、軽度の睡眠導入剤が市販されているが、あれは、風邪薬で眠くなるような軽度の不眠には効くかもしれないが、不規則で昼夜がでたらめな人には、あまり効果がないようだ。
 あくまで規則正しい生活を送っている人の睡眠をサポートしてくれる程度の事である。
 他にも医者の処方箋なしで買える薬もあるが、ほとんどが漢方系で効き目はゆるい。
 あとは、睡眠薬としては市販されていないが、精神安定剤やかゆみ止めとして売られている薬がある。
 最近は、街の薬店では規制されているようだが、まだまだ地方の薬店では手に入るかもしれない、塩素ヒドロキシジン系の薬とプロムワレリル尿素製剤である。
 だが、医者の処方箋なしで買える薬の名前は書かない。
 買って飲まれると、周りも本人も迷惑な事が多すぎるからだ。
 睡眠薬としてこれらの薬を飲むとろくな事がない。
 依存性が高く止められなくなり、体、特に頭を痛めつける。
 酒のように、酔い潰れたり暴れたりしない事が多いのも、始末が悪い。
 効き目が、傍目から分かりにくいのである。
 そして、依存性が強くなると、自分が何をやっているか分からなくなる。
 その果てが、確実に脳をやられて廃人のようになる。
 いずれにしろ、薬店で気楽に買える薬は止めておいた方がいい。
 いまのところ、ベンゾジアゼピン系の薬が、依存性も少なく、身体的不快感もなく、胃や肝臓など体にダメージを与える事も少ないそうだ。
 ただし、この手の薬は、医者に診察してもらい、処方箋がなければ買う事ができない。
 この種の薬で、最も知られているのが「ハルシオン」だが、これは、効き目が早く、すぐ眠くなり、体の外への排出も早いので、翌日に眠気が残らないという特徴がある。
 それだけに、犯罪に使われる事も多く、医者を通せば三十円ほどの錠剤が、昔、渋谷のセンター街あたりでは、若い人や子供の間で五千円近い値でやりとりされるなど、悪名ばかりが高くなり、最近は、医者も不眠症者に処方しづらい傾向にあるようだ。
 しかし、他人を眠らせて悪さをしようなどと思わないあなたは、医者に行って正直に事情を話せば、2週間分は処方してくれるだろう。
 2週間分以上は規則で駄目らしい。
 医者は精神科か心療内科だが、今はストレスだらけの時代である。
 小学生でも、25パーセントはうつ病などという、驚くべき報告もある時代である。
 病院に行く事は恥ずかしい事ではないし、事実、その種の病院を訪れる人は最近やたら多い。
 1人で酒場やパソコンの前で酔いつぶれて、アルコール依存症になって体を壊すより、ましである。
 あなたの担当医は「ハルシオン」でなくても、依存性の少ない、あなたに合った睡眠薬を処方してくれるだろう。
 ただ、「ハルシオン」について言うなら、この薬を常用していると、健忘症気味になる事は憶えておいた方がいい。
 つまり、飲んで薬の効き目の効いている間は当然だが、それ以外の時も忘れっぽくなるのである。
 それに、他の薬物(特にアルコール)とは、一緒に飲まない事だ。
 薬の作用が強化されて、不慮の事故を起こしかねない。
 ベッドや布団に入って寝る体制になってから、決められた量の薬を飲もう。
 脚本の書き方のようなものを述べているコラムに、睡眠薬の紹介までするのはいかがなものかという気もするが、あなたが素晴らしい脚本を1本でも多く書けるとしたら、それもよしと僕は思う。
 くどいぐらい言っておくが、眠れないからといって酒や、医者の処方箋のない睡眠系の薬には頼らないように……。それで、若死にした物書きを、僕は知り過ぎている。

   つづく
 


■第101回へ続く

(07.05.23)

 
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