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第110回 音響ドラマ「黄龍の耳」……やってみるか
『(超)くせになりそう』が、終わった後の数ヶ月は、小田原の海辺で、海を見ながら、酒を飲みつつ、今まで書きたいと思っていて、書く時間のなかった小説の事を考えていた。
その頃には『魔法のプリンセス・ミンキーモモ』から『(超)くせになりそう』にかけて育ちかけていた脚本家も、ほとんど、自分の力で、それぞれの仕事を見つけ出していたようだった。
僕が海辺で考えていた小説は、三つあり、実はいまだに完成していない。
それぞれが、僕としてはスケールが大きな歴史絡みの長編で、資料を集めるのが大変で、関連資料を片っ端から集めてみると、仕事場どころか一軒屋が本で埋め尽くされ、置き場がなくて、結局は、小田原の図書館に寄贈収納してもらうしかない程の量になった。
僕が生きている間に、それらの作品が完成するかどうかわからないが、今ものろのろと、書く作業は続けている。
それ以外にも、「戦国魔神ゴーショーグン」の小説の最終回が残っているし、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の、僕としては最終シリーズになるはずの、空モモ編、海モモ編に続く第3部が残っていた。
ところで、この3部目のミンキーモモについては、3人目のミンキーモモが登場するが、一部のフアンの間では、陸モモとか地底モモとか森モモとか予想されているが、すでにでき上がっている企画では、全く違う予想外のところから新しいモモはやってくる事になっている。
学習誌に連載された事もある葉モモは、あくまで番外編で、本編とは関係ないモモである。
3部目のモモには、多分、ほとんどの人が予想しないラストが用意されているが、それは今のところ、一部の人しか知らない秘密である。
3部目については、制作体制の都合があり、企画は毎年のように出ているのだが、実現するかどうか、まだ予断を許さない状態である。
そんな事を考えているだけでも、充分、数ヶ月の海辺の時間は潰れていた。
元々、脚本を書く事やシリーズ構成をすることは、僕にとっては、一般の人のように仕事として語れるものではなく、やりたい事だけやっている遊びのような気分のものだった。
だから脚本を書き始めてから『(超)くせになりそう』に至るまで、やりたくない脚本やシリーズ構成は1本もなかったといっていい。
『アイドル天使 ようこそようこ』から『(超)くせになりそう』までで、やたら疲れを感じたのは、仕事疲れというより、遊び疲れといってもいいかもしれない。
僕のその頃までの人生は、仕事だと自覚できるものをやってきてはいなかった。
職業を問われた時、なにもやっていない遊び人ですとも言えないし、脚本でわずかなお金を稼いでいたから、一応、脚本家ですということにしていたにすぎない。
その脚本にしても、僕の人生の大部分を占めているわけではなく、アニメ分野以外の人ともつきあっていたし、結構幅広く遊んでいたし、酒や博打こそが人生だったこともあるし、病院が生活の場だというくらいよく入院したし、アニメ業界以外の色々な女性とも真面目に恋愛しては別れもたびたびしていた。
渋谷のど真ん中だった仕事場を小田原の海辺に引っ越したのも、そんなごちゃごちゃを整理したい気持ちと、山と海のある自然の中にひとりぼっちで自分の身を置きたかった自分勝手な思いつきもあった。
東京に住んでいると、なにやかにやと人間関係が面倒に思い始めたのである。
ともかく、東京では色々な人とのつきあいが多かった。
ある監督からは、僕が業界以外の人にあまりに知り合いが多い事に「どこで、あんな人と知りあったの?」と驚かれた事もある。
つまり当時の僕は、無職の遊び人と呼ばれても仕方がないが、本職は物書きです、とはとても自分では思えなかった。
考えてみれば、普通の人並みのことをしない、親に言わせれば40歳過ぎても身を固めないフーテンの寅のような極道者だったわけである。
海を見ながら、せめて人並みの事をしなきゃいけないなあ……と、殊勝な事を考えてしまい、当時――いや、今も!――いちばん好きな人と結婚して子供ができたのも40代のこの頃だ。
東京では大袈裟な式をせず、妻の故郷でお披露目をした結婚だった。
僕が結婚したと聞いた時、ある女性脚本家は「あの首藤さんが結婚するはずはない!」と叫んだというし、「首藤剛志が結婚したのはどんな女性なのか?」と、わざわざ小田原まで様子をうかがいにきたアニメ監督もいた。
誰が見ても、その頃の僕は、結婚や子供と結びつかなかったようである。
なにより僕の結婚に仰天したのが、僕の両親だったというから、当時の僕はそんな風に見られていたのだろう。
そんなこんなでそうのんびりできないながらも、アニメに対する遊び心への疲れが癒えた頃、また、遊び心を刺激するような脚本の話が舞い込んできた。
それは、『さすがの猿飛』というアニメで御一緒させていただいた、音響監督の斯波重治氏からの電話から始まった。
それは「黄龍の耳」というコミックの音響ドラマ(つまりはラジオ兼CDドラマ)の脚本を書いてみないかというお誘いの電話だった。
コミックが原作なのだが、コミック自体が作・大沢在昌氏、脚本・MAT氏、画・井上紀良氏となっており、つまり大沢氏の書かれたものをコミックにするために脚本家が存在するという複雑な過程を経た原作コミックだった。
そして、その1部と2部は、湯山邦彦監督でアニメ化(脚本は僕ではない)もされていた。
それを、6部まで音響ドラマにしてくれというのである。
つまり、すでにコミックで表現され、アニメで表現されたものを、音だけでドラマ化してくれというのである。
しかも題材は、「黄龍の耳」という、耳につけたリングを外すと強烈な超能力を発揮し、壮絶なアクションを展開し、耳にリングをつけている時ですら、何もしなくても、女性が自分から抱かれたくなるという、男だったらうらやましいと思うだろうフェロモンというか種馬のような魅力を持った男が主人公である。
しかも、この男、よってたかって身をさしだしてくる女性を抱く事を、当たり前のやさしさだと思い込んでいる。
ヒロインは、いつもは清純で楚々としているが、こと主人公が相手となると、身も心もべたべたに愛しきっている。
当然、見せ場は大アクションと、愛欲官能シーンということになる。
文字通り見せ場で、視覚に訴えるコミックやアニメの方が、断然有利に思える。
ところが、それがあまりにすごすぎるせいか、コミックでもアニメでも充分に描いているとはいえなかった。
それを、音だけで表現するにはどうすればいいか。
視覚に訴える事ができない分、音で、イメージをふくらませるにはどうしたらいいか?
「黄龍の耳」の音響ドラマ化は、脚本家にとって、けっこう面白い試みになると僕は思ったのである。
そして、すでにでき上がっているアニメを見ると、当然あるはずのアクションシーンと官能シーンの表現を、上手く描くというより、あえて避けて通っているように見えた。
例えば、原作コミックの2部の見せ場として、走る新幹線の中の銃弾飛び交う大アクションがあるのだが、アニメにはその見せ場がすっぽり削除されている。
事情は色々あるだろうが、思うに、現実に存在する新幹線の車内のアクションシーンをアニメで動かして描くと、どうしても絵にリアリティがなくなる。
絵だけでは新幹線の車内のリアリティが表現できず、どうしてもマンガチックになってしまうのである。
官能シーンも、微妙な表情や体の動きは、アニメでは難しい。
一部、趣味の人の劣情を刺激するポルノアニメが当時もあったが、リアリティという意味では、それが趣味の人以外のイメージをふくらます事は難しい。
相当のお金と作画枚数、そして様々な技術がなければ、アニメでリアリティのあるアクションや納得できる官能シーンは表現不能である。
だから、あえて、『黄龍の耳』アニメスタッフは、見せ場であるはずの新幹線車内のアクションと、細密な官能シーンを避けたのではないか……。これはあくまで僕の想像にすぎないが、そうだとしたら、『黄龍の耳』アニメスタッフは賢明だった。
僕も当時の技術や予算ではアニメで「黄龍の耳」のアクションシーンや官能シーンを納得できるものにするのは無理だったと思うからだ。
では、音だけの表現ではどうか……。僕はやってみることにした。
つづく
●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)
最近はシナリオコンクールの数も多いし、大学受験の各大学の入試問題の傾向と対策を練るように、各コンクールに入賞する作品の傾向と対策を書いた「シナリオコンクールに受かる方法」などという本がでている時代である。
だが、前回書かせていただいた星山氏の著書も語っているが、コンクール受賞者が現役のアニメ脚本家になった例は、あまり多くない。
実写の脚本家も同じである。
こんなにコンクールが多いと、必然的に受賞者も多くなり、しかも毎年何十人も選ばれるとなれば、10年も経てば膨大な数である。
運よく受賞作が作品化されたとしても、その後の作品が続かなければ、やがて忘れさられてしまう。
そんな人も数は多い。
コンクール受賞即脚本家というのは、甘い考えである。
コンクールに受賞することは、受賞しても悪くはない程度に考えておく方がいい。
シナリオは共同作業のひとつだと割り切って考えられる人は、直接、動画会社に入社してシナリオを書けるチャンスを待つ方が、コンクールに受賞するより、アニメ脚本家になれる場合が多い。
どこも、若くてギャラの安い脚本家は不足していて欲しがっているのだから、身近に脚本が書ける人がいれば、喜んで使ってくれる。
僕自身、最近の話だが、ある動画会社から、「この人の脚本は見込みがあるか」と、その動画会社の社員らしき人の書いた本を読まされて困惑したことがある。
冷たく見込みがないとも言えないから、色々アドバイスをしなければならず、これはかなり困った。
しかし、チャンスはあるのである。
僕が見込みがあると言い、使ってみればと勧めれば、その動画会社の作る作品の脚本メンバーに紛れ込む事はできるだろう。
ただし、動画会社に入社しても、そもそもの脚本を書く時間が持てるかどうかはかなり難しい。
なにしろ、動画会社の仕事は忙しい。朝から晩までこき使われるといっていい。
それを我慢して、脚本を書く気力体力があるかどうかが問題である。
あまりの忙しさやその他の理由で、会社を止める人がやたら多いのもこの世界だ。
たった13本のシリーズで、最初にいたスタッフが4、5人、最終回を迎える前に辞めてしまった例もある。
これは、シリーズ構成者にとっても困った問題である。
企画の時点でいたスタッフが、番組が続く途中で次々にいなくなってしまうのである。
そして、最初の企画を知らない新しいスタッフが入ってくる。
13本全体から見れば、スタッフが入れ替わるのは、かなり致命的である。
こんなはずじゃなかったのにと言っても、それを知っているスタッフが辞めてしまっているのでは話が見えなくなる。
結果、それが作品の出来に確実に出てくる。
企画当初、「脚本の事、色々教えてください」と目を輝かせていた脚本家志望のスタッフが、最終回の頃にはもういないのである。
つまりは、会社の待遇、忙しさに負けずに脚本を書く気力と体力があるかにかかってくる。
アニメ脚本家になるには、才能より気力と体力であるというのは、なんとなく淋しい気がする。
だが、気力と体力で技術を身につけ、共同作業としてのアニメ脚本家のプロになった人が多いのも確かである。
つづく
■第111回へ続く
(07.08.08)
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編集・著作:
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