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アニメの作画を語ろう
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第127回 「LIPS the Agent」登場人物が動き出す

 僕は様々な音響ドラマ……いわゆるCDドラマやラジオドラマを書いてきたが「LIPS the Agent」ほど、楽に書けた脚本はなかった。
 テーマとストーリーのアイデアが見つかれば、後は登場人物が勝手に喋って動いてくれるような感じだった。
 小山茉美さんや林原めぐみさんや島津冴子さんにできるだけ無理な演技をさせずに、自由に本人の地のままにおしゃべりできるように書いたら、いつの間にか、小山茉美=愛、林原めぐみ=優、島津冴子=楊貴妃そのものになって、勝手にストーリーを転がしていってくれる感じだった。
 役者達が自由に喋れるように、自然に語れるように、地が表面に出るように脚本を書くようにこころがけたが、それが演技である事には違いない。
 この3人は、マイクの前で自由に喋っているように、自然に語っているように、自分の地が表面に出るように、演技をしているのである。
 僕はいつの間にか、ドラマの役柄を声優が演じているのではなく、小山茉美が小山茉美を演じているような、林原めぐみが林原めぐみを演じているような、島津冴子が島津冴子を演じているような気持ちに襲われた。
 こうなったら、この3人が地でできる演技のぎりぎりまで、「LIPS the Agent」でやりたくなってきた。
 ある時は思いきりはっちゃけ、あるときはしみじみと、ある時は真面目で、ある時はふざけて。僕が考えられるありとあらゆる会話の形を脚本に放り込んだ。
 それをまたこの3人は、見事にこなしていくのである。
 しみじみと自分を語る場面には、こんなシーンがあった。

愛「(しみじみ)私が人に言える趣味と言ったら、唯一、昔を調べる考古学だ。学士号も持っている。「私には歴史がない」、これが私のくちぐせ。私は物心ついたときから親も兄弟もなにもいなかった。……だから人類がどんなふうにこの星で生きてきたかに興味があるの」
遊「(しみじみ)私が好きなのは生物学だ。なぜって「私には動物が兄弟だった」……一度封鎖されたロンドン動物園が再開され、その開園式の日に、子供動物園の前に私は捨てられていたんだそうだ」
愛「(殊勝)なんかくらいね」
遊「(元気なく)お互いね」
愛「……次行きましょうか」
遊「はーい」

 楊貴妃も自分の生い立ちをしみじみと語る。( )の中の台詞は、愛と遊が楊貴妃をからかって、茶々をいれる台詞だが、楊貴妃は自分のペースを崩さない。

楊貴妃「そうよ。私は十代のはじめアイドルだった。それも、全世界を席巻……そう石鹸で、たわしでごしごし洗い流すような超世界アイドルをめざしていた。だが、世界一のアイドルを決める地球一超アイドル大賞の決勝戦の日、忘れもしないあの日、私はステージにかけ上る階段で、滑って転び前歯を五本折ってしまった(あちゃ、前歯ほとんどはなし)(またまたでてきた話になったお話)。いくらがんばっても、はなしのすーはーしーはーでは歌は歌えない(すーはしーはー)(むりだろね)。歌の歌えないはなしのアイドルにプロダクションは冷たかった。そのくせ、私のプロダクションは、私に、アイドル保険をかけていて、(お、突然、保険の話がでてきたぞ)私がアイドルになれなかったかわりにがっぽり保険金を受け取った。ところが、私は、当時10代……入れ歯の保険になんか入っていなかった。保険のかからない高い入れ歯をいれるため、どれほどの苦労をしたか。にくいにくい保険がにくい。それはもう、生きる、死ぬ、尼寺に行く、なんて問題じゃなかった。私は復讐を誓ったわ。そして今の私がいる。世界有数の保険詐欺団アマゾネスの首領の私……なあに、元超世界アイドル第一候補の私に、シェークスピア芝居ごときお茶の子さいさい、自慢じゃないけど、幼稚園の学芸会じゃ、『ロメオとジュリエット』だって(ロメオ役を?)ジュリエットだわ。そして、あのシェークスピア4大悲劇のハムレットだって(幽霊役でもやったのかいね?)オフェーリアだわ。……そしてね……そして、いつか私は作るわ。数奇華麗なある女の一生……モンパッサンの女の一生や、『風と共に去りぬ』のスカーレットオハラやNHKの『おしん』も大根おろしにしてやるような(ふるいな)(ふるいと知っている人もふるい)(このお)……わたくし楊貴妃の一生を描く感動のミュージカル「ミス・楊貴妃」を……」

 愛や遊に何を言われても、楊貴妃役の島津冴子さんは、自分のペースを変えない。
 「LIPS the Agent」は、保険詐欺をテーマにしている。
 保険に対する情報も、しばしば語られる。
 こんな具合である。

2人「お役に立ちます。愛と遊との生命保険教養講座」
遊「保険についてたまにはすこしは考えよう」
愛「ただし地震などの天災が起こった場合……いろいろ規約がありますのでよく契約書をお読みください」
遊「地震保険ってあるわよね」
愛「あります。ただし、地震災害の場合……たとえ地震保険に入っていても……総額2000兆円以上の災害は免責されます」
遊「まじになっちゃうなあ……たとえば関東大震災級が東京に起きたら……」
愛「ともかく全部で……日本全部で総額2000兆円以上の被害がでれば、保険は誰にも支払われない。だって保険会社に支払い能力がないわけ」
遊「国が何とかしてくれるんでしょう? そういう場合、金融機関のように」
愛「先のことはわっからないから入るのが保険」
遊「私の先はどうなるの」
愛「なるよになるだば」
遊「ないだばさ」

 ストーリーとは関係なく、登場人物の人生観の独白もでてくる。

愛「私は、愛……Lips the Agennt。保険会社に所属しながら、保険に入れないほど、危険な職業……。なぜ私がそんな仕事をしているのか……え? 愛の生活と意見……人生観と職業観……を述べよ? あのね、20代前半の女の子に、人生観とか職業観とかそういうこと聞くの。野暮じゃないかな。なぜって、自分が本当に好きな男の子がどんな男の子かってことすら、本当はしっかり分かっていない年頃なんです。だから。いろんなことに迷うんです。いろんな人とつきあって、いろんな事件にであって、そのたびに、あれやらこれやら取り乱す私……そりゃ、歳の割には落ちついて見えるらしいけど、相棒が、どうでもいいことでも舞い上がっちゃう遊ちゃんだから、バランスとして、私は、落ちついて見せなきゃいけないわけで……でもね、心はいつでもたつ巻に会ったドロシー……あ、これ、『オズの魔法使い』ですよね……つまり、これからなにか起こるんだな、こんどこそ、私にとって私の全てを変えるようななにかがおこるんだよな、っていうような気分……まるで、目の前のたつ巻に、身をゆだねて、もみくちゃにされて、なにかを見つけたい……SFX使った映画や、遊園地のバーチャルじゃダメ。実際の体験で……、そのなかで私がなんであるか確かめたい……わかりませんか? そういう気持ち。うーん、子供の頃、滑り台を逆さまに頭からすべりおりたとき、逆さまに見える世界で、私、私が確かにそこにいるって感じちゃうような。……うん、私、滑り台は、逆さまに滑るものと決めていました。それが、Lips the Agenntやっているのと、なんの関係があるのか……と聞かれたら、実は私にもよく分からない。たぶん、性にあってるから、としかいいようがない。え、子供の頃の体験が影響してるんじゃないかって……いやですね。サイコセラピー。精神分析しても、人間なんて分かりませんよーだ。ええ。子供の頃のことなんて、ほとんど、ええ、すべて、忘れたわ。ええ。ともかく、私は今を生きている。それは、過去でもない未来でもない、今だわ。あなたもそうですよね。……ね?」

 遊の人生観も、愛との会話で語られる。

遊「私がなぜ、Lips the Agenntやってるかつーと、ふふふ、いわなきゃだめかな……愛」
愛「ふふ……好きにしたら」
遊「言う気ないな」
愛「じゃ、いわなきゃいい」
遊「うん……私、子供動物園の門の前に捨てられてたって、前に言ったことあるわよね」
愛「うん……聞いた」
遊「だからかな」
愛「(全て分かったような口調で)だからか……」
遊「私は、そん時、泣いてたよ。たぶん。赤ん坊の泣き声で……。それは人間とか、動物とかそんな区別はない……ただ単にこの世界に生まれた生き物の、赤ん坊の泣き声でね。おぎゃおぎゃ。どうして、ここに生まれたの? どうしてここで生きてくの。そして、このやろ、ここに生まれた以上、ここで、絶対生きてくぞ……」
愛「たぶんね……かもね」
遊「そして、それぞれが生きていくためにはそれぞれ大切なものがある。だから、なんにでも保険がかけられる時代には、それぞれが、一番大切に思っているものに保険をかける。ほんとうは、保険なんかかけなくても、自分が大切なものは自分でまもればいいのに……」
(……間……)
遊「愛……?」
愛「うん?」
遊「へへへ……(照れて)あなたが、一番大切なものってなに?」
愛「なんだろね」
遊「なんだろね……それを知りたいから、Lips the Agenntやってる。それぞれの人間がそれぞれに持っているそれぞれなりに大切なものって何だろう。それを見つめるうちに、私にも私自身の大切なものが分かってくる……なんてね」
愛「かっこいいね」
遊「かっこいいだろ」
愛「(いまさらながらに)かっこいいんだよ。私たち」
遊「でも、すこし、さみしい」
愛「それをいっちゃ……」
遊「おしまいです。でも、かんたんにはおしまいにはならんぞ」

 こんな台詞が、小山茉美さんや林原めぐみさん、島津冴子さんをイメージすると次から次へと浮かんでくるのである。
 「LIPS the Agent」は、会話が変わっていて面白いと言われたが、確かに脚本を書いたのは僕だが、面白さの要因の半分は出演者のおかげでもあった。

   つづく


●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)

 最小限度の直しを要求され、それに同意したはずの脚本家が、数週間の直しの時間があって、なぜほとんど脚本を直さなかったのか、そのわけは分からない。
 おそらく彼は、最初に書いた脚本に自信があって、いちおう直しには同意したものの、書き直す気が起こらなかったのだろう。
 それに、書き直したところで、どうせ絵コンテで変えられてしまうから、直しても意味がない、と思ったのかもしれない。
 つまり直す気はないという事である。
 脚本を渡してしまえば、後はどう変えられても自分の役目は終わったと思っていたのかもしれない。
 しかし彼は、少なくともシリーズ構成の一員として名がタイトルされている。
 シリーズ全体から見て、最終回の1回前の脚本が、設定や伏線を無視して書かれていいものかどうか……しかも、ただでさえタイトで厳しい制作状況で、無駄に数週間を脚本直しに費やしていいのか分かるはずである。
 もっとも、彼はシリーズ構成らしい事をほとんどやらなかった事も事実である。PR用の各話のあらすじや、キャラクターの紹介、各話の予告、脚本の直しなど、シリーズ構成的雑用は、ほとんど僕がやった……。
 脚本の直しをこれ以上待っては、アニメの完成が間に合わないと判断したプロデューサーは、その脚本の直しを、最終回を書く予定の僕にさせようとした。
 だが、最小限の直しをしたところで、最終話とつじつまを合わせるのは手間がかかる。
 一ヶ所を直せば、それに沿って全部が変わってくる。
 そんな手間をかける時間はない。
 すでに、最終話の完成予定の時期から、1ヶ月から2ヶ月遅れているのだ。
 直しているより、新たな脚本を書いた方が早い。
 結局、最終話の1話前の脚本は没にして、新たな脚本を速成で書いた。
 面倒な作業だった。
 没になった他人の脚本に書かれた部分は、著作権があるから使うわけにはいかない。
 使えるのは、没になった脚本が書かれる前に打ち合わせで決めた事柄だけである。
 新作を書くより面倒だった。
 それでもできるだけ早く、最終話の1話前と最終話を書いて、脚本を完成させた。
 お陰で僕のスケジュールも目茶苦茶になった。
 そんなわけで、最終話前の脚本が、没になった脚本を含め2本できたわけである。
 没にされた脚本を書いた脚本家も、これには驚いたようだ。
 きつきつのスケジュールで、まさか自分の書いた脚本全部が没になり、別の脚本ができてくると思わなかったらしい。
 彼とプロデューサーの間ではあとで一悶着あったみたいだが、僕はそれには耳を塞ぐ事にした。
 最終回の1話前の脚本は、僕の名前がタイトルされ、僕の脚本をもとに作られた。
 相変わらず、絵コンテによる変更はあったが、それほど、目立ってはいなかった。
 だが、これで終わったわけではなかった。
 笑っちゃうぐらいのびっくり仰天が、最終話で起こったのである。

   つづく
 


■第128回へ続く

(07.12.05)

 
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