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アニメの作画を語ろう
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第142回 『ポケモン』ミュージカル?

 僕の提出した『ポケモン』の構成術は、今の放映されている『ポケモン』とはずいぶん違うものだった。
 これにはみんなが驚いたようである。
 全編のナレーションが、歌によって構成されるミュージカル形式のものだったからである。
 ギターを弾き語りするサブのキャラクターがいて、主人公の行動を歌で説明してくれるのだ。
 毎回歌が必要なんて、「そんなアニメ、できると思っているのか?」と圧倒的に反論が多かった。
 今の現実のポケモンの1話と2話ができ上がった時に、監督にぼそっと言われた事がある。
 「首藤さん、最初の構成案、本当にやる気だったの?」
 「できるとは思わなかったよ」
 僕は苦笑して答えたのを憶えている。
 実際、最初のミュージカル構成案が実現できるとは思わなかった。
 実現するとしたら毎回各話に歌われる曲の準備だけでも大変である。
 『アイドル天使ようこそようこ』や『超くせになりそう』でミュージカル風アニメを試したことがあるが、それはあくまで実験的な規模だった。
 それらの作品はそれなりの評価を受けたが、今回の『ポケモン』は違う。
 最低でもゲームの売上は損ねず、1年間半は放映しなければならない。
 1年半放映は、この作品の絶対条件だった。
 アニメは「ポケモン」というプロジェクトの一端にすぎないのである。
 下手な冒険をして「ポケモン」全体の足を引っ張ることは、許されないのである。
 そこにミュージカルという実験的な構成を持ち込んで、成功する自信はなかった。
 まして、その当時すでに『ポケモン』を書く脚本家のメンバーは決まっていた。
 本来、担当する作品の脚本家はシリーズ構成が決めるものだと思うのだが、『ポケモン』では、すでに監督やプロデューサーの間で起用される脚本家は決められていた。
 そのメンバーは、それぞれ1人でもシリーズ構成できそうな人だったし、事実他のシリーズ構成の経験者もいた。
 監督に冗談めかして言われたものである。
 「首藤さん、いつ病気になってシリーズ構成を降りても大丈夫です。代わりはいくらでもいますから……」
 実際、プロデューサーと監督は、『ポケモン』に対して、名実とも当時考えられるベストの脚本家を選んできたようだった。
 僕自身が考えても、それ以上のベストメンバーは考えられそうになかった。
 その後、僕に何人かの他の脚本家から、『ポケモン』を書かせてくれという打診があったが、その人たちが、すでに決められたメンバーを押しのけてまで『ポケモン』脚本家のメンバーに割り込めるとは思えなかった。
 僕がシリーズ構成になったのと同時期に、『ポケモン』制作当初の脚本メンバーは決められていた。
 その人たちはきちんと時間どおりに脚本を仕上げてくれる実力のある方たちだった。
 『ポケモン』の脚本陣に女性が欲しいと僕が言ったこともあるが、「じゃあ誰か紹介してください」と言われると、僕もこのメンバーに割り込んでまで、ちゃんと脚本の書ける女性の脚本家を見つける自信はなかった。
 ポケモンの脚本はかなりシステム化して作られていた。
 脚本にはほぼ1ヶ月がかけられた。
 一般的には、十分すぎるほど丁寧な時間である。
 プロット(あらすじ)は最初の1週間で書き上げられ、その後2、3回の毎週の本読み経て脚本は完成される。
 脚本は監督やプロデューサーから充分な吟味がなされる。
 そこで書かれる脚本はその本読みの都度、それなりの完成度が必要である。
 『ポケモン』のライターは、それが書ける脚本家の方達だった。
 ただ、こういう人達にミュージカルが書けるかどうかは疑問だった。
 ミュージカルは感性である。歌の作成など準備期間もかかる。
 いつできるか分からない要素もある。
 脚本完成までに3ヶ月や半年は普通にかかる場合もある。
 そもそも選ばれた脚本家に、ミュージカルに対する指向性があるかどうかも分からない。
 決められたメンバーできちんきちんと書かれていくべき『ポケモン』の脚本制作体制の中で、ミュージカルが可能かどうかは、極めて疑問だった。
 それでも、一応最初の構成案として反論を受けるのを覚悟してミュージカル風のものを出したのは、それまで議事録で提出されたアイディアを救出したい意味もあった。
 ミュージカルという、およそ非現実構成案を提出することで、今まで議事録で否定されていたアイディアに日の目を当てようとしたのである。
 『ポケモン』が、ミュージカルのようなわけのわからないものになるのなら、前に出ていたアイディアのほうがいいと思ってもらおうとしたのである。
 ミュージカル風の構成案の書き直しが指示されてから、僕は議事録にあって拒絶を受けた部分を入れた新しい構成案を書いた。
 議事録の中で疑問視されていたアイディアで、ポケモンの悪役であるロケット団を『タイムボカン』風に常時悪役として登場させようというものがあった。
 それを復活させたのが、ロケット団のムサシ、コジロウ、ニャースの3人組である。
 イメージとしては『タイムボカン』よりは、アニメ『さすがの猿飛』の悪役00コンビをキャラクターデザインの方には意識していただいた。
 悪役なのだが、ドジで失敗ばかり。本人たちはロケット団という組織からも見離されそれでいながら、独自のこだわりでピカチュウ奪取に夢中になるという役どころである。重要なのは、ロケット団独自のピカチュウへのこだわりだった。
 僕はこのロケット団を『ポケモン』の主役グループよりも目立たせることで、アニメ『ポケモン』のテーマを際立たせようとした。
 では、アニメ『ポケモン』のテーマとは何か?
 それを探し出すのが結構大変だった。
 僕はゲームの『ポケモン』の中にそれを見つけ出そうとした。
 ゲームは、野生のポケモンを捕まえて育てて戦い、ランクアップしていく。
 主人公はプレーヤーの代理である。
 現実のプレーヤーは、ゲーム機の外にいて、傷つくことはない。
 プレーヤーとゲームのこの関係をそのままアニメに持ち込むと、主人公がなんの苦労もせずにポケモンを捕まえて、そのまま自分の代理でポケモンを戦わせる代理戦争のように見えてしまう。
 そういうアニメにはしたくなかった。
 何かテーマになりそうなものはないか。
 すると、ゲームの中の極めて序盤に、主人公が親戚の家を訪れると、お姉さんらしき人が見ているTVに、線路を歩いている子どもたちが映っていた。
 明らかにスティーブン・キング原作の「スタンド・バイ・ミー」という映画の一シーンだった。
 このゲームを作った方の気持ちが分かるような気がした。
 「スタンド・バイ・ミー」のテーマさえ外さなければ、『ポケモン』のアニメから代理戦争臭さを消せるような気がした
 そのテーマを伝えるためにもロケット団が必要だったのである。

   つづく


●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)

 自分のオリジナリティが確信できた時、自分の読んだ本や見た映画が役に立ってくる。
 その本を元にした小説や脚本を書いてみるのだ。
 もちろんそれは、見たまま読んだままを書き写すのではなく、いったん自分の頭の中に放り込んだものを、元の原作とは違うものとして書くのだ。
 すこしだけ、設定や人物を変えてみる。
 すると不思議なことに気がつくだろう。
 すでに頭の中にあった本や映画を書くのだが、これが不思議と盗作や物まねにならない。
 もちろん、あなたの中に、昔読んだり見たりしたものと同じものを書きたくないという意識が働くことは確かだ。
 それにしても、あなたの書いたものと、元の作品の違いに、あなたは驚くはずである。
 オリジナリティのある人は、一度自分の中に入ったものを別のものとして表現できるのである。
 自分のオリジナリティを感じることができる人は、表現もオリジナリティあるものになっているのだ。
 あなたの書いたものが評価されるかどうかは別にして、自分の書いたものが他の誰のものででもない、自分のものだと気づくのはかなり壮快である。


   つづく
 


■第143回へ続く

(08.04 .02)

 
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