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アニメの作画を語ろう
シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家[首藤剛志]

第26回 バルディオス……またはシリーズ構成について

 ひさしぶりに、小田原に行った。
 僕の持っていた資料のほとんどが、市立図書館に寄贈してあるので、調べに行ったのだ。
 ついでに、収納されている僕のシナリオ関係の棚も見せていただいた。
 まだ、半分近くが未整理だが、確かに僕の書いた覚えのあるシナリオが並んでいる。だが、こうやって図書館の書庫の中で見ると、他人の脚本のような気がするから不思議だ。記憶の奥の倉庫から、いきなり引きだして陽にさらしたような、妙に遠い世界の物のような気がする。
 本来なら、このエッセイの第1回に書いた、本気で脚本家になろうと思った『まんが世界昔ばなし』までの道のりを書き続けるべきなのだろうが、それは、僕の個人的な体験の要素が強いし……かといって、脚本家になる方法としては、いくつか参考にはなると思う……その体験を語るには、当時のことを知っていて登場する人のほとんどが、まだ存命の人だから、その人たちの了解を得る必要があるだろう。その中には、僕にとって行方不明の人もいる。
 その人たちの了解を得るまで、しばらくは、迷路のような図書館の中をさまよって、目に付いた昔の僕の作品について、思い出してみよう。
 1980年の6月から始まった『宇宙戦士バルディオス』というロボットものがあった。それまで、『まんが世界昔ばなし』や『まんがはじめて物語』のメインライターだった僕には、はじめてのロボットものだった。その頃、僕は、ロボット・アニメにはほとんど関心がなかったといっていい。
 当時、僕の書いていた『まんがはじめて物語』は、かなりの視聴率を取っていた。土曜日の5時半、裏で相撲中継があったにも関わらず、10パーセントを切ったことはなかったし、相撲中継の無い時期には最高28パーセントまで、取ったこともある。
 ちょうど、その頃、裏の裏でやっていたロボット・アニメがあり、それが『機動戦士ガンダム』だったらしい。僕としては、たまたまやっていた脚本がアニメだっただけであり、アニメといえば、デイズニーが頂点だと思っていたころだから、ロボット・アニメは眼中になかったし、当時、人気だった『宇宙戦艦ヤマト』も、太平洋戦争末期に、無謀な特攻で沈められた戦艦を、よくまあ、地球を救うためなどといって宇宙に飛ばすよ……と呆れていたぐらいだった。余談だが、大和は日本の戦争史上、最大の愚行で最悪の悲劇の一つだと思っているから、近いうちに公開される「男たちの大和」と言う映画が、どういう視点で描かれ、観客にどういう受け取られ方をするかに、かなり関心がある。
 それはともかく、僕は、自分のやっている番組の裏で、今や誰もが知っている『ガンダム』がどんな作品かも、まして、そんな番組が放送されていることすら知らなかった。
 それが、なぜ、『宇宙戦士バルディオス』かといえば、たまたまTBSの紹介で『まんがはじめて物語』に加わった筒井ともみさんという脚本家と出会ったことから始まる。……その十数年後、向田邦子賞やら、キネマ旬報賞やら、日本アカデミー脚本賞やら、軒並み脚本賞を取った脚本家だから、この人の名前を知らない脚本家がいたら困ったもんである……ついでだが、後に、僕がシリーズ構成した「さすがの猿飛」や「ミンキーモモ」でもはずせない、貴重な感性を持った脚本家だった。
 その筒井さんとは僕が書いた『キリン名曲劇場 巴里のイザベル』の前作『野ばらのジュリー』を書いていたこと、同世代だったこともあり、仕事仲間として親しくしていたが、ある夜、六本木あたりで、飲んでいたら――筒井さんは飲む時に、脚本関係の話をせず、世間話が多く、おまけに若い当時は美人だったから……あ、今も……一緒に飲むにはいい仲間だった――なぜか、同じ店に酒井あきよし氏という脚本家が来て、知り合いだった筒井さんが僕に紹介してくれた。
 酒井氏は当時、竜の子プロ関係の作品のシリーズ構成を多くやっていて、竜の子プロから分家したような葦プロというアニメ会社のために、脚本家を探していたらしい。
 シリーズ構成って何?
 そんな名称を僕は聞いたこともなかった。
 筒井さんは、シリーズ構成を、脚本面のプロデューサーのようなものだと説明してくれた。
 事実、酒井氏は脚本のストーリー、内容、テーマ、脚本家のギャラまでプロダクションと交渉して掌握しているようだった。
 僕は、それを、作品のプロデュース面、演出面に発言権のある、脚本面の最高責任者と解釈した。当然、アニメシリーズ全体の責任者のひとりでもある。
 以後、僕は、シリーズ構成とは、そういうものだと思ってやってきた。
 しかし、現実はそうでもなさそうである……シリーズ構成とは、製作サイドからすると、いろいろな解釈があるようで、今、僕は、シリーズ構成がどんな仕事かと聞かれると、はっきりと答えきれなくなっている。
 アニメシリーズの脚本家を集めてくる紹介屋さんだけが、シリーズ構成と呼ばれることもあるようだし、原作のないオリジナルのアニメのストーリーを作る人をシリーズ構成と呼ぶ人もいるし、マンガやゲームの原作があるものを、半年分26本や1年分52本に分け、それぞれの脚本家に振り分ける仕事をシリーズ構成と呼ぶときもあるようだ。
 いずれにしろシリーズ構成が、アニメ・シリーズのメインライターであることには違いなさそうだが、その作品が原作のないシリーズ構成者のオリジナル作品であっても、その脚本家としての著作権はあっても、原作者としての著作権はない、というのが、常識になっているようである。
 つまり、マンガの原作どおりに脚本を書いても、原作のない脚本家自身のオリジナルを書いても権利は同じ……だったら、シリーズ構成などしなくて、原作のある作品の脚本を、原作のまんま書いたほうが楽である……というなんだか割り切れない気分にさせられる名称が、シリーズ構成である。
 僕は、最初に、シリーズ構成を、作品のプロデュース面、演出面に発言権のある、脚本面の最高責任者と解釈したから……当然、アニメシリーズの作者……つまり、著作権があると言うスタンスから、アニメだけではなく様々なマルチメディアが、ぐちゃぐちゃにいりまじったポケモンをやる以前までは、抜け出せないでいた。
 しかし、業界では、オリジナル作品のシリーズ構成に著作権があるという考え方は、通用せず、仕方がないから、原作構成とか原案構成とか、シリーズ・ストーリーとか、色々な呼び方をしているが、原作者としての著作権をとれる人は、ほとんどいないようだ。
 ついでに、脚本を催促したり、締切を守らせたり、脚本面の様々な雑用をする仕事に文芸担当という名称があるが、文芸担当がシリーズ構成の領域に入ってくることもあるし、脚本があまりに遅れるために、文芸担当が脚本を書いてしまうときもあるようである。
 後に、「海モモ」とか「平成モモ」とか声優名から取った「林原モモ」と呼ばれる『ミンキーモモ』の第二シリーズを書くことになる面出明美さんは、『サザエさん』の文芸担当をやっていた時期があり、脚本の遅れから、文芸担当でありながら自分で書いてしまった脚本が90本ほどあったそうだ。
 話を酒井氏との出会いに戻そう。
 酒井氏は、新しいロボット・アニメの話をした。
 アニメのスポンサーは、いうまでもなくロボットの玩具を売るおもちゃ屋さんである。
 ロボット・アニメの本質は、おもちゃのCMにすぎない。
 ロボットが売れなければおしまいである。
 しかし、その中で、人間のドラマを描きたい。
 酒井氏の主旨はそんなところだった。
 同じような主旨で、『ガンダム』という作品が作られていることは知らなかった。余計なことだが『ガンダム』の総監督が小田原出身どということなど知るはずもなかった。
 ロボットの玩具さえ売れれば、何だってできるアニメだ。
 裸さえ見せれば、何だって描けるロマンポルノと似たようなものだ。
 それまでは、昔話とはじめて物語と西洋歴史絵巻しかやっていない僕である。筒井さんのせっかくの推薦もある。
 ロボット・アニメとやらをやってみてもいいなと思った。
 こうして、葦プロ製作……ストーリーが最高に盛り上がる最中に、おもちゃが売れなくて、ばっさりと打ち切りにされたことで、一部のアニメマニアに有名な『宇宙戦士バルディオス』の脚本製作がはじまった。
 原作&シリーズ構成・酒井あきよし。脚本のメインメンバーは酒井氏と筒井ともみさん、そして僕だった。付け加えるなら、僕がはじめて書いたロボット・アニメ『バルディオス』第4話の演出は、湯山邦彦氏という名前だった。この人とその後『ゴーショーグン』や『ミンキーモモ』『ポケットモンスター』でコンビと言われるほど一緒に仕事をする仲になるとは、その時、思ってもみなかった。

   つづく


●昨日の私  (近況報告)
 このスペースで、僕が、過去の名作を見ておくようにと言い出してから、あなたは、どれぐらいの本数を見ましたか?
 なぜ、見る必要があるか、その理由をいろいろ述べる前に、もしも、あなたが、アニメに限らずドラマでもいい、ともかく脚本家志望なら、あまりのんびりしてはいられないことを……少し焦った方がいいこと……ここ2、3年が勝負だということを先に言っておく。
 みなさんは2007年問題というのを聞いたことがあるだろう。
 日本の人口で一番多い団塊の世代が定年退職を迎える年だ。
 2007年から2010年にかけて、戦後のベビーブームに生まれた人たちが、次々に60歳になり仕事を止めて、どーっと暇になるのだ。
 小学校の時、ひとクラス50人以上いて、1学年10クラス以上が普通だった見渡す限り子供だらけだった人たちが、時間を持て余しだすのだ。
 日本の抱える巨大な社会問題である。
 目的を失って自殺する人が急増すると言う人もいる。
 だが、誰も好き好んで死にたがるわけもなかろう。
 日本人の寿命は80年以上だ。
 残された20年、彼ら、いや僕らは何をし始めるだろう。
 この社会問題が、実は脚本家達にとってひと事ではないのである。
 彼等は、若い頃、受験戦争を経験している。就職戦争だってくぐり抜けている。安保闘争の戦争ごっこも知っている。ただ、幸いだったのは、太平洋戦争で、若い人が戦死して、人余りの状態だけは避けられた。失業率はあがらなかった。どこかに職があったのである。
 反体制などと叫んでいた連中も、変わり身早く、どこかの体制にまぎれこんで沈黙した。
 小説家や脚本家のような収入のあてにならない仕事を、目指さなくても良かったのだ。
 だから、小説家や脚本家になる競争率もそれほど高くはなかったのである。僕が、割合、気楽にシナリオライターになれたのも、それが理由かもしれない。
 だが、今度は違う。
 暇になった団塊の世代は、最も簡単な趣味的な仕事を、老後にはじめるかもしれない。
 つまり、ものを書くことである。
 テレビや映画の視聴者も若い人から、いまや老人とはいえない中高年の60代に変わってくるだろう。
 我々は、彼らの好みに合ったものを作れるだろうか。
 アニメやコミックは若い人のものだ? ……残念でした。彼らは、アニメの『鉄腕アトム』や『エイトマン』で育ち、『巨人の星』や『あしたのジョー』に熱狂した世代なのだ。パソコンだってそこそこの洗礼を受けている。
 今までの老人のようにアニメに顔を背けるお年寄りではないのである。
 小説家や脚本家には年齢制限はない。
 大学受験のために、文学や映画をあきらめた人も少なくないはずだ。
 60代の脚本家志望者が、どーっと増えてきたら、若い脚本家志望者は太刀打ちできるだろうか?
 しかも、対象になる視聴者は、若い人たちではなく、60代だ。
 団塊の世代向きのアニメが、当然登場してくるだろう。
 おまけに、団塊の世代は、意外にお金を持っている。家のローンも終わってくる。彼らは、お金の使い道をどこにもっていくだろう。
 子供や孫のためにお金を使う人はそう多くない。第一、少子化で、子供が多くはない。
 スポンサーのターゲットも、年齢が団塊世代へと上昇するはずだ。
 正直いって、今のアニメもドラマも脚本のレベルが高いとは、決して思えない。そこに、潜在的に脚本家志望だった60代が押し寄せる。
 彼らのレベルに、みなさんは勝てるだろうか?
 オタクの文化は、そう長く続かないだろう。
 次にくるのは、団塊老人文化かもしれない。
 僕なんか団塊の世代の一番下だが、それがどんな文化か見当もつかない。
 ただ、今後、脚本家の世界は面白いことになってくるだろうなと不安もあるが、わくわくもしているのだ。
 だが、今、脚本家になろうと夢を見ている若い人は、夢なんか見ている暇はない。脚本家になるなら今のうちである。
 焦ったほうがいい。
 2007年以降、脚本家の世界だけでなく、文学の世界は戦場になる。団塊の世代以外の脚本家志望者はそのつもりでいたほうがいい。

  この項、つづく
 

■第27回へ続く

(05.11.24)

 
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