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第52回 『ミンキーモモ』シリーズ構成法
『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の第八話「婦人警官ってつらいのネ」が完成してから、基本的に『ミンキーモモ』のストーリーはなんでもOKになった。
大人に変身するスポンサーご用達のシーンさえあれば……別に人の夢をかなえようがかなえまいが、ミンキーモモが、その時々のエピソードで人のためになると思う大人のミンキーモモへ変身さえすれば、いいのである(あくまでそれは、ミンキーモモ自身が人のためになると思う事で、一般の大人が人のためになると思う事とは違う)。
したがって、ミンキーモモの大人になる変身は、ミンキーモモがよかれと思う変身で、普通の大人が考えるような単純な変身とは違ってくる。
どこか子供っぽい思考の、変な変身が多くなる。
さらにいえば、夢の国からミンキーモモを見守ってはいるが、何の手伝いもできない王様とお妃様、いつも仲のいい地球上のパパとママ、役に立っているようで何の役にも立っていない三匹のお供さえ、レギュラーで出ていれば、後は脚本家がどんなエピソードを考えてきても、ミンキーモモ自身の個性が、いつもミンキーモモらしく、そのエピソードに対処するミンキーモモの行動もミンキーモモらしくさえあれば、それでよかった。
ミンキーモモはいつでもミンキーモモらしく物事に対処する……それが、シリーズ構成としての僕の、おのおのの脚本家が考えてでき上がってくる脚本に対する、一番大切なチェック要素だった。
ミンキーモモが地球上で使える魔法が、その時々のエピソードにかなったプロフェッショナルな大人になる事しかできないのも幸いした。
他の余計な魔法が使えると、それこそ魔法で何でも解決してしまって、すぐにエピソードが終わってしまう。
たとえば病気の人がいるとき、「病気よ治れ!」の魔法で病人が治ってしまったのでは、お話にならない。
だからといって、その病気に対するプロの医者に変身するのも止めてもらった。
病気になった患者を、その道の名医になってすぐに治してしまったら、これもあっというまにストーリーは終わりである。
したがって、何でもありのストーリーとはいっても、大人になって安易に物語が解決するエピソードも避けてもらった。
これはある意味で、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』という作品の特長にもなった。
本来、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』は、子供では何もできない事を、魔法で大人になって解決するストーリーである。
しかし、『ミンキーモモ』のエピソードには、大人になったからといって、簡単に物事が解決するようなものは少ない。
大人になっても、じたばた、どたばた、ミンキーモモは大活躍しなければならない。
「大人になったら何になる。きっと夢がかなうわ」
主題歌の歌詞のように、簡単には行かないのである。
『魔法のプリンセス ミンキーモモ』は、子供が大人になってエピソードを解決するという、単純なパターンの魔女っ子ものとは違う一面を、始まった時から内包していたことになる。
パターンが通用しないという事は、逆に言えば、ミンキーモモが事件解決によしと思う大人への変身ならば、どんなトンチンカンな変身でもかまわないことになる。
『魔法のプリンセス ミンキーモモ』全体を見通すと、ミンキーモモが○○になって事件を解決する、その○○の印象が薄いことに気がつく。
つまり、エピソードを解決する手段として大人になるものの、ほとんどのエピソードは、大人になったことなど関係なしで、解決してしまう。
さらにいうなら、ミンキーモモが大人になろうとなるまいと、奮闘努力の甲斐もなく、エピソードが自然解決してしまう場合が多い。
つまり、魔女っ子ミンキーモモとしては、大人になる魔法を使ってもたいした効果はない……なぜ、自分が魔女っ子なのか、魔女っ子なのが意味のある事かどうか分からない。魔女っ子としては、挫折の連続ということになる。
もっとも、ご本人のミンキーモモは、明るくハッピーな性格だから、そんな事は気がつきもせず元気でやっているが、これは終盤になって『魔法のプリンセス ミンキーモモ』空モモ版の全体の、大切な要素になってくる。
ミンキーモモが大人になってもたいして役に立たないという事は、エピソードを作る上でも影響をおよぼしてくる。
つまり、ミンキーモモがどんな大人に変身するかがテーマにはならないのである。ミンキーモモは、その回その回のエピソードによって、適当と思う大人に変身すればよい。
だから、脚本家の人たちとのエピソードの打ち合わせも、ミンキーモモがどんな職業の大人になるかが主体ではなく、まずどんなエピソードにするかが問題であり、ストーリーが決まってから、その後で、さてそのストーリーでミンキーモモはどんな大人になればいいのか、と考える事になる。
普通の作り方と逆である。
エピソードが先行して、それからミンキーモモが変身する大人が決まってくる。エピソードに組み込めれば、どんな職業の大人になってもいいのである。
脚本家の人たちとの打ち合わせは、まずエピソードを決めて、さて、それではミンキーモモは何に変身しようか、と変身は最後に決める事も多かった。
ミンキーモモが大人になるのはお約束だから、何でもいいから大人にしちゃえ……という回もあった。
したがって、ミンキーモモが変身する大人は、変わったものが多い。
カーレースのエピソードだとカーレーサーだし、宇宙飛行士だの、兵隊さんだの、単なる普通のお姉さんになった事まであった。
ミンキーモモをカーレーサーにしたいから、カーレースのエピソードを作ったのではなく、カーレースのエピソードがあったから、ミンキーモモをカーレーサーにしたのである。
宇宙を舞台にしたエピソードがあったから、ミンキーモモを宇宙飛行士にしたのである。
どんな大人にもなりようがない時は、普通のお姉さんに変身である。
あくまでエピソードが優先するから、ストーリーはミンキーモモの変身を中心にする必要がない。
エピソードは、どこかの街を起点にすればどこにいってもいいし、なんでもありになった。
基本的にエピソードに関わるのはミンキーモモだけだから、3匹のお供も、夢の国の王様、お妃様、地球のパパ、ママも、レギュラーではあるが、エピソード上ではアクセントにすぎない。
だから3匹のお供の会話は、どうでもいいことばかり喋る、アドリブ的なものになる。
王様は、なんでも「ええだばええだば」だけのんきに言えばいい、他の台詞はアドリブ、お妃も、ミンキーモモの事は心配してはいるものの基本的にはアドリブ、地球のパパとママも仲良くしていれば、あとはアドリブ的である。
真面目にエピソードに付き合っているのは、ミンキーモモぐらいである。
僕と脚本家の人達の打ち合わせも、簡単なあらすじだけ……エピソードは僕が出した事もあるし、脚本家の人たちが出した事もある。
ともかく面白ければ、それでいいのである。
「こんな話でいこう……」だけで、GOしたこともあるし、結末を決めなかった事もある。
余りにポイントがずれているあらすじは、いくら何でもありのミンキーモモとはいえ、脚本家本人とじっくり話しあったが、電話だけでOKしたあらすじもある。
ミンキーモモが何に変身するかも決めないで、脚本を依頼した事もあった。
空モモに関しては、プロットを書いてもらった記憶もない。
土屋斗紀雄氏と戸田博史氏の場合、アフレコスタジオに来る事が多かったから、そこで話し合った。
ファックスやワープロのない時代だから、でき上がった原稿は直接受け渡ししたが、直しに関しては、電話で話しあって事がすんだ。
何でもありで、書きたいものが書ける……そして、僕以外の他のスタッフの意見が入り込まないこのやり方は、空モモに関しては成功だった。
回を追うごとに、確実に脚本が面白くなっていき、技術的にもどんどん上達していった。
考えてみれば、ワープロ、パソコンのない時代、ペラ(二百字詰めの原稿用紙)で、30分のアニメは70枚から80枚近く。
これを、ああだこうだと書き直していたら、大変な事になる。
カットやペーストや書き加えの楽なパソコンとは、訳が違うのである。
プロデューサーや演出のいいなりにはいはい直していたら、原稿用紙が何枚あっても足りはしないし、脚本家の気力も失せてくる。
僕の経験では、直せば直すほど、脚本の出来は悪くなる。
パソコンの普及は、脚本の直しを楽にはしたが、その分、脚本家の書く態度も、お気楽にしたような気がしてならない。
簡単に直せるために、最初の原稿は適当に書いてしまう傾向があるのではないか。
それが、今の、個性のない、当り障りのない脚本を生み出しているような気がしてならない。
原稿用紙の時代は、字の上手下手はあっても、脚本家のノリが分かって楽しかった。
脚本家がのってくると、書いている時間がもどかしいように、字がすっ飛んでくる。
はずんでいる。
そういう原稿は、どんどん面白くなる。
『魔法のプリンセス ミンキーモモ』空モモ版には、そんな原稿が多かった。
そして、僕がOKを出した原稿は、スタッフからどんな意見が出ようと、脚本家に書き直しをさせない事を原則にした。
脚本家の了解を事前にとって、僕が書き直した。
書き直すといっても、60枚も70枚も直すのはごめんである。
直すのは、ちょっとだけ……それだけ、もとの脚本の完成度が高かったし、スタッフも、僕を信頼してくれていたのか、直しの要求はほとんどなかった。
脚本のノリがよくなると、演出や作画のノリもよくなっていった。
脚本に書いていない遊びも、どんどん増えていった。
20話を過ぎるあたりから、思い切った演出や作画が、次第に増えていった。
脚本にない面白さが、アニメからにじみ出る回も、多かった。
その前兆ともいえる回が、15話「暴走列車が止まらない」だった。
あくまで個人的にだが、やたらと可愛いミンキーモモが登場し、後半の暴走列車のシーンも迫力があった。
演出的にも芸の細かいところがいっぱいあり、そのほとんどは、脚本には書かれていない部分だった。
くしくも、この作品の絵コンテは西村純二氏、作画監督は上条修氏……8話「婦人警官ってつらいのネ」と同じ人だった。
この人選は、総監督の湯山邦彦氏に何か狙いがあったのか、それとも偶然なのかは知らない。
いずれにしろ、脚本家をのせたターニングポイントが8話「婦人警官ってつらいのネ」なら、演出や絵コンテ、作画の爆発を、僕に予感させたのは、15話の「暴走列車がとまらない」だった。
つづく
●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)
自分が表現したいものがある人(特に脚本で表現したいものがある人)は、まだ漠然としてはいるだろうが、そのあらすじぐらいは考えているだろう。
登場する人物も、展開される物語も、ぼんやりとは見えているはずだ。
特に、ここ1年(このコラムが連載されてから、ほぼ1年になる)に100本以上の映画を観た人なら、映画の様々なリズムを、まだ身に付いてはいないにしても、体験しているはずである。
映画が必ずしも、起承転結や序破急で終わるとは限らないことも、感じている事だろう。
だが、シナリオを書き出す前に、プロット(あらすじ)を、頭の中にとどめておくのはともかくとして、実際に書く作業は止めておいた方がいい。
まず、あなたがイメージしたファーストシーンから、直接、脚本を書き出す事だ。
そして、これで終わりだと思うところまで、書き続ける事。
途中で投げ出さず、ともかく最後まで書き終える事だ。
なぜ、プロット(あらすじ)を書くなというかといえば、そのあらすじに、自分の描きたいものが左右されてしまいがちだからだ。
登場する人物も、物語も、生き物である。
生き物だから、あなたの中でどう動くか、書き出してみないと分からない。
それを書き出す前に、作ったあらすじに合わせようとすると、人物や物語に無理が生じてしまう場合が多いのだ。
シナリオを書き出してみたら、事件など起こりっこない状況なのに、あらすじでは事件が起こる事になっている。
しかたなく、無理やり事件を起こしてみる。
生きた登場人物は、とまどうだろう。
そこで、もう、物語は破綻してしまうのだ。
あとはもう、事件にほんろうされる生気を失った作り物の登場人物が、右往左往して、無理矢理あらすじどおりの終末へひっぱられていってしまう。
そうなったらもう、あなたの表現したかった人物や物語とは違うものになってしまう。
よく、犯罪もので、事件が最初に起こるストーリーがある。
あなたのあらすじでは、犯人は分かっている。
しかし、実際にシナリオを書き出してみる。
登場人物は生きている。物語も生きている。
あなたがあらすじに書いた犯人が、本当の犯人になってくれるだろうか?
無理が生じないか?
それをあらすじどおり無理矢理犯人に仕立て上げると、物語がおかしくならないか?
生き生きとした登場人物が描けるだろうか?
プロット(あらすじ)どおりには、生き生きと描かれた人物や物語は、動いてくれない事が多い。
それなのに、あなたは最初に作ったプロット(あらすじ)に頼ろうとしがちだ。
いっそ、プロットなど書かないで、あなたの頭の中で考えたあらすじで、自由に登場人物や物語を動かしてみるほうがいい。
そして必要ならば、脚本を書き終えた後に、それを元にプロットを書けばいい。
それでも現実には、プロットを、脚本を書く前に求められる事が多い。
そんなときには、あらすじ以前の概略を面白おかしく、適当に書いて提出する事だ。
そして、前もって、「脚本は生き物ですから、完全にプロットどおりでき上がるとは限りませんけれど……」と、提出先の了解を得ておく事だ。
僕自身、シリーズ構成をした時に、めったにプロットを書けとは要求しないし、あらすじなど、脚本を書く人と直接話せばいいと思っている。
脚本以前のプロットは、百害あって一利なしと考えている。
僕自身、脚本家である以上、要求された場合仕方なく、脚本以前のプロットを100本ぐらいは書いていると思うが、概略程度はともかく、プロットどおりできた脚本は、ただの1本もない。
自分で書いても、プロットなどあてにならないのだ。
つづく
■第53回へ続く
(06.06.07)
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編集・著作:
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