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第77回 『アイドル天使ようこそようこ』始動
『銀河英雄伝説』のシリーズ構成を降りてからは、割とのんびりと、書きかけの小説やミュージカルを書いていた。
そんなころ、葦プロダクションの社長から連絡があり、会いたいという。
渋谷にわざわざ来ていただいて、話をうかがった。
当時、葦プロダクションでは、実在のアイドルとリンクしたアニメを作っていて、そろそろ終りに近づいている。
そのアニメは、昔の大映テレビが作っていた、かなりオーバーなメロドラマ調を意識した作品だという。
次回作の新しいアイドルとリンクしたアニメは、それと全く違った、例えば、ミンキーモモのようなタッチのものにしたいという。
内容やストーリーは、僕に任せてくれるという。
主人公がアイドルならば、何をやってもいいと、いってくれたので、引き受けることにして、プロットを書いた。
僕としては、ひとつの街だけを舞台にしたミュージカルのようなものをやりたいと思っていた。
だが、いきなり、ミュージカルなどというと、プロデューサーがびっくりして逃げてしまうと思ったので、それは黙っていた。
舞台の街は最初、小説のミンキーモモではモモが引っ越した事になっているロンドンにするつもりだったが、スタッフのほとんどがロンドンに行った事がなさそうなので、長年住み慣れた渋谷を舞台にした。
シナリオ・ハンティングや、アニメの美術や背景のモデルになる場所が近くて楽だからである。
スタッフの方達は、渋谷に行って何百枚も写真を撮ってきた。
そのおかげで、渋谷であって少しだけ本物の渋谷と違うSHIBUYAができ上がった。
この作品は、制作会社が外国に売るつもりがあって、背景に日本語が映らない無国籍性を求めた。
だから、看板などにまったく日本語が出てこない。
しかし、あとはほとんど渋谷の街そのままだから、舞台のSHIBUYAは、現実の渋谷そのままといっていい。
後に、『アイドル天使ようこそようこ』のファンが、作品の中に登場する場所を探して渋谷を巡るツアーのようなものが流行ったようだが、放映以来20年の歳月は、いろいろ渋谷を変えた。
だが、いまだに残っているお店や場所もあるので、『アイドル天使ようこそようこ』を、何かの機会にご覧になった方がいらっしゃったら、その場面になった場所を訪ねてみるのも面白いかもしれない。
僕は今、渋谷に住んでいるので、時々『アイドル天使ようこそようこ』の舞台になったところを訪れては、なんとなく懐かしい気持ちにさせられている。
さて、この作品の最初の題名は、『I LOVE ゆうこ』、主人公の口癖は「ゆう子のゆうは、やさしいの優じゃなく余裕の裕……」だった。
企画書やプロットは、この題名で通している。
やがて、リンクする実在するアイドルの名前が、田中陽子という人に決まったので、題名も『アイドル天使ようこそようこ』、主人公陽子の口癖は「ようこのようは太陽のよう」に素早く変えた。
この作品、作った僕自身が、いろいろ実験をやってみた作品なので、自分でも一言で言いあらわせない。
歌手を目指した少女と女優を目指した少女が新幹線の中で出会い、渋谷にやってきて、同居し、いろいろな人々に会い、いろいろな事件と出会うとしかいいようがない。
ようこの行くところ、さまざまな事が起こり、ようことその女友達サキは、まるで「不思議の国のアリス」の世界にまぎれこんだような感じになる。
というより、ようこの行くところが、「不思議の国の渋谷」に変貌するのかもしれない。
後に『アイドル天使ようこそようこ』のことを、魔法を使わない魔女っ子ものという方もいたが、まさにそうかもしれない。
『アイドル天使ようこそようこ』ってどんなアニメと聞かれて、一言で答えられる人は、作った僕も含めて少ないかもしれない。
ともかく僕は、渋谷という名の劇場で上演されるミュージカルのようなものをめざした。
舞台は渋谷そのもので、登場人物はほとんど渋谷から出ていかない。
ミュージカルは、歌がつきものである。
『アイドル天使ようこそようこ』は、実在している田中陽子というアイドルとリンクしているが、その人の歌う歌が、この作品内容を意識して作られているわけではない。
田中陽子さんの歌う歌は、タイトルバックとエンドに流れるほかには、ほとんど使いようがない。
かといって、普通のミュージカルのように、劇中歌を作る予算もない。
もともと、作品をミュージカル風にするなど、制作側には、了解どころか内緒にしていたのである。
じゃあ、作品の中で歌われる曲はどうしたか?
だいたいのアニメは、シリーズで使うBGMを、シリーズの始まる前に100曲ほどまとめて作曲家に作ってもらう。
楽しい場面にはこんな音楽、悲しい時にはこんな曲、アクションシーンには激しい曲といった具合である。
主要な登場人物には、音楽でその人柄が分かるようなテーマ曲をつける場合もある。
どの曲も、BGMだから1分かそこらの短い曲である。
僕は、その音楽打ち合わせで、できるだけ人間の声域で歌えそうで、メロディラインの分かりやすい曲を多く作っていただけるようにお願いした。
それらの曲にシナリオを書く時に詩をつけて、声優さんに歌わせてミュージカル風にしようとしたのである。
メインになりそうな脚本家には、BGMのデモテープをダビングして渡し、作詞できそうな曲を前もってこちらに伝えてくれとお願いした。
主人公のようこは、バイエルに詞を勝手につけて歌を練習している設定にもした。
このBGMに作詞する方法は、脚本家の作詞に対する向き不向きもあって、かなり難しかった。
ところがである。思いがけないところから、この方法にのっちゃった人がいた。
監督のアミノテツロー氏である。
アフレコの時には、声優さんたちへ次のアフレコまでの宿題と称してBGMに作詞をつけ、おまけに、自分が歌ったデモテープまで参考用に渡していた。
だから、シナリオでは指定されていないところが歌になっていたり、BGMのテンポで演出したシーンがいくつも出てくる。
『アイドル天使ようこそようこ』が終わった時に調べてみたら、BGMに作詞した数は、アミノ氏が一番多かった。
あるエピソードでは、遺産相続の家族の言い争いのシーンまで台詞が歌になっていて、これには驚いた。
『アイドル天使ようこそようこ』に限らず、僕の関わった作品には、音楽にこだわるスタッフがなぜか多い。
僕も、時と場合によっては、うるさいほど音楽に口を出したり、メニュー出しする方なので、そういう意味では、スタッフ運がいいのだろう。
歌に関する事といえば、声優さんを決めるときにもエピソードがあった。
主人公のようこと、その友人のサキの声を決める時のことである。
どちらも、僕にとっては大事な役である。
僕としては『アイドル天使ようこそようこ』の主役は、ようこ1人のつもりではなかった。
親友のサキとアイドル歌手の京子、おまけにといってはなんだが、役者や歌手になることをあきらめかけている30歳前後の久美子という女性も、主役クラスに考えていた。
音響監督の田中氏がようこに推薦していたのは、林原めぐみさんとかないみかさんだった。
問題は、どちらをようこにするかだ。
その時点では「『アイドル天使ようこそようこ』は企画書と1話のプロットができているだけで、作品の全貌を見渡せるのは、僕しかいない。
そこで、僕が主役の声を決めるのに呼ばれたのだが……もっとも、僕の脚本作品はオリジナルが多いので、声優の決定に呼び出されるのは多い方だと思う……ようこは、この作品で、当然だが、BGMに詩をつけた歌をいきなり歌うことが多い。
練習するにも、デモテープをもらってから1週間しか時間がない。
一方、サキは、天然ぼけ風のようこの相手をしなければならないから、演技力がいる。
林原さんは、若いのに芝居が天才的に上手いと評判だった。
結局、どちらをようこにするかを決めたのは、僕だった。
実は、僕は、かないみかさんを知っていた。
当時、よく知っている劇団で、かないさんは、僕の書いた台本ではないが、舞台ミュージカルを上演していた。
余談だが、そのミュージカルに共演していた滝花幸代さんは、『アイドル天使ようこそようこ』の脚本を書いている。別に、僕が意識したわけではないが、奇妙なめぐりあわせだった。
さて、ミュージカルの毎回の上演前は、声がよく出るようにボイス・トレーニングをする。
『アイドル天使ようこそようこ』のように、いきなり、アフレコスタジオで歌を歌うには、無理なく、声が出せる方がいい。
ボイストレーニングなしで無理に歌って、咽を壊されても困る。……林原さんが、歌が上手く何枚もCDを出しているのを僕が知ったのは、後になってのことだった。
で、結果としては、かないさんのようこと林原さんのサキは正解だった。
かないさんは現実のアイドル田中陽子の持ち歌まで、『アイドル天使ようこそようこ』で歌っている。
林原さんの演じたサキは、ようこ以上に人気があったようである。それに実は林原さんも、『アイドル天使ようこそようこ』の中で、あまり目立たないところで歌っている。
声の問題はともかくとして、『アイドル天使ようこそようこ』は、普通のアニメでは、常識外れのことをかなり実験(?)していた。それについては次回で……
つづく
●昨日の私(近況報告というより誰でもできる脚本家)
月レギュラー1本の暇な脚本家で、人付き合いも苦手な方には、ぜひお勧めしたいことがある。
それは、自分の関わったシリーズのアフレコには必ず見学に行くこと、である。
僕はシリーズ構成が多いから、体の許す限り、特別の事情がない限りは、アフレコに行くようにしている。
長い間、脚本を書いているが、アフレコスタジオにまで行く脚本家は、めったにいない。
よほど忙しいのか、脚本にOKが出れば後はどうなろうと人にお任せ、と思っている脚本家が多いのかもしれないが、正直いってそれは損である。
どういう人が台詞をしゃべっているのか?
その人がどういう性格なのか?
知らないのと知っているのとでは、大違いである。
自分の書く台詞と、役者のしゃべる台詞がどう共鳴するかを知るチャンスである。
それが分かれば、自分の書く台詞が、役者に合わせて変わってくる事に気づくだろう。
音響監督や演出家の職域を犯すことになると思っている人もいるかもしれないが、優秀な音響監督や演出家は、脚本家が身近にいれば、ライターがどういう気持ちで台詞を書いたかを知りたがるはずである。
それに、脚本家にとって、自分の書いた作品の手直しが可能な最後の現場でもある。
できれば、音響監督や演出、声優たちと、酒でも飲んで話し合えるような間柄になると、作品に対してだけでない、いろいろな考え方を聞くことができる。
作品によっては、いろいろな見学者がわんさといる場合があるが、気にすることはない。
あなたは、作品のベースになる脚本を書く職業なのだから、堂々としていいのだ。
余談だが、実写の世界などでは、自分の出番や台詞を増やしたいために、プロデューサーや演出家と仲よくなる役者がいるという。
ここから先は、先輩の脚本家の言葉である。くれぐれも僕のいった言葉ではないことをよろしく……。
「馬鹿だねえ。自分を魅力的に見せたり自分の出番や台詞を増やしたければ、脚本家とつきあえばいいのに……。役の魅力や出番や台詞を書くのは、脚本家だろうに……」
確かに昔、あるプロデューサーに「この声優は下手だから、できるだけ台詞を減らしてくれ」と言われたことはあるが、気に入った役者や役柄の出番や台詞を増やして、文句を言われたことはない。
特に僕は、パターンの主役より個性的な脇役の方を気に入って、結果、その作品の実質的な主役になってしまう事が多いし、悪役の方を主役より魅力的に書いてしまう場合も多い。
僕の個人的な意見かもしれないが、自分の書いた……人の書いたものでもいいが……台詞が声になるアフレコを、脚本家はもっと大事にした方がいいと思う。
つづく
■第78回へ続く
(06.11.29)
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編集・著作:
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