色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第8回 昔々……(6)セル絵の具は甘い香りがステキ

先日、映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」を見てきました。破産寸前の日本経済を救うため、バブルの崩壊を阻止しようとタイムマシンで2007年の現代からバブル絶頂期の1990年にタイムトリップするお話。広末涼子らぶ! 阿部寛最高! なかなか楽しい映画で大満足でした。

で、考えたら、いま僕がず〜っと書いてる1985年頃からのお話は、まさにバブル期のお話だったりしてるのですね。でも、僕個人としては、これと言って特にバブルの恩恵受けたような記憶ないですなあ(苦笑)。

さてさて。

今週は本筋に戻ります。絵の具のお話を。

僕が池袋のプロダクションで仕上の仕事を始めた頃、所属していた仕上のプロダクションが主に東映の仕事を請けていた関係もあって、そこで使ってる絵の具は当然スタック(STAC:Saito Tele Animation Colorだったと思います)の絵の具がほとんど。でも、時々、飛び込みの仕事で、東映動画以外の制作会社の作品も受けていたんですが、それらの仕事のほとんどは東映の絵の具とは違う絵の具を使うのでした。太陽色彩の絵の具です。

業界に入るまで、絵の具メーカーが2社あるなんて考えてもみませんでした(実はセル絵の具作ってるメーカーはもっと何社もあったのですが、それを僕が知るのはずいぶん経ってからのことです)。しかも、色味もナンバーリングも違っててビミョウに互換性がない。でも考えてみれば、その頃TVで観てたアニメの番組、東映の作品とそれ以外の会社の作品とでは、明らかに画面の映えというか、色味のフンイキが違ってるよなあ、とは素人ながら気がついてはいたのです。その大きな要因のひとつが、そもそも使ってる絵の具の問題でもあったのです。

前回『ヤマト』の時にも書きましたが、全体に鮮やかな色調のスタック色とマットな色調の太陽色彩の絵の具。色によっては薄く塗ると透けて見えることがあるスタック色と、どの色も均質で乾き上がりが早い太陽色。透明感は高いが腐りやすく卵の腐ったような異臭を放つ色があるスタック色と、油断してるとすぐにカチンカチンに固まってしまう太陽色。フタを開けると表面にフサフサと白いカビが生えていることのあるスタック色と、よく撹拌して使わないと塗り上がりに白濁が起きやすい色がある太陽色。

色彩設計あるいは色指定として、どっちが好きだったか、と言われると、これはもうケースバイケースです。鮮やかな色味を使いたい時はスタック色がいいし、渋めな中間色調にまとめたいならやはり太陽色彩だし。なにより太陽色は色数が多く、グラデーションが組みやすいけれど、番号の体系が複雑でよく指定ミス、塗りミスが……(苦笑)。

でも僕ら仕上の彩色作業の現場としては、絵の具の発色云々よりも、まずは塗りやすさ、乾きの速さでしょうか。塗るときの絵の具の伸び、筆の運びはスタック色が、乾きの点では太陽色彩でしょうか。あ、色トレスの作業のしやすさは、断然スタック色でしたね。特に実線の補正に使ってたスタック製の「トレスブラック」という色は、材質的にとてもキメがこまかくなめらかで、ハンドトレスには最高の絵の具でありました。

(たしか太陽色彩にも「トレスブラック」があって、こちらの絵の具で引いたトレス線はエナメルっぽくテラテラ光ってしまい、しかもセルの保護用についてる通称「薄紙」や動画用紙に引っ付きやすく大変で、残念ながら当時は使いにくかった記憶が……)

そして絵の具自体の「クセ」が問題です。要は絵の具の個々の「クセ」を知っておかないと、せっかく塗り上げたセルを乾かして取り込んで表返したときに「あ゛〜!」ってなことになってたりしたのです。

おぼろげながらの記憶を辿ると、当時のスタック絵の具の大瓶、通称「キロ瓶」が1本1600円くらい、PB系(鮮やかなピンク系の色)はそれより少し単価が高く、また「トレスブラック」は2000円近くしてたと思います。生セルの単価は忘れちゃいました。ちなみにマシントレス用のカーボンは、外注プロ各社の負担だったように記憶しています。たしか黒カーボンが1枚20円くらいだったでしょうか。茶色などの色カーボンは25円くらいだったでしょうか。

僕が仕上プロダクションで仕事を始めた当時、東映作品の材料はすべて東映から供給されていました。生セル、絵の具、すべて東映からの現物支給でした。仕上の外注プロダクションは、仕上の作業のみを請け負っていました。絵の具について言えば、足りなくなった絵の具は、その色番号を仕上進行さんに伝えて、カットと一緒に持って帰れるようにあらかじめ用意してもらっていました(当時仕上課には各プロダクションの棚が設置してあって、そこでカットの受け渡しをしてました)。生セルについても同じですね。

ところが、その「材料支給」がある月から急遽取りやめになり、「材料費」として仕上の単価に多少の金額の上乗せはあるものの、あとは各仕上プロで負担、ということに切り替えられてしまいました。事実上の単価の切り下げですね。当時これは仕上外注プロには大打撃だったです。まぁ、他社作品ではそういう方式が普通だったのですが。僕のいたプロダクションや同じように東映作品中心に仕事をしてた仲間の会社は、それをきっかけに東映以外の作品の比重を大きくしていったのを憶えています。折しも、アニメーションの制作本数が増え始めた頃でありました。

太陽色彩の絵の具の仕事が入る、と言っても、常に大量に入ってくるワケではなく、となれば、当然そのために太陽色彩の絵の具を一式そろえる、っていう余裕は当然ありません。それでどうしていたかというと、「換算表」を使って、太陽色の色指定をスタック色に置き換えて彩色していたのです。

「換算表」! 当時どこの仕上プロダクションでも使っていました。それぞれの仕上プロ独自に作って使ってる場合もあれば、制作会社の方から持ってこられることもありました。

先にも書きましたが、太陽色とスタック色とでは基本的に互換性がありません。グレーの絵の具からして、色味がビミョウに違います。なので、実に強引に、乱暴な「換算」をして彩色していました(笑)。いまでは考えられないですが、色味が多少違っても、それでOKな時代だったのですね。

そして、どうしてもない色は、制作進行さんに頼んで小瓶に詰めて必要な本数を一緒に持ってきてもらいます。そうして持ってきてもらった太陽絵の具は少しずつ在庫として増えていくのです。なので、飛び込みの仕事を請けるときは、こちらの手持ちの太陽絵の具の在庫表片手に、請けたカットの色指定の書き換えと、電話で足りない色の洗い出しから始めるのでした。

■第9回へ続く

(07.02.27)