色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第142回 『四畳半神話大系』色彩設計おぼえがき 第3巻

うちの近所の公園にネコが1匹、半ば棲み着いております。通称「シャア猫」。別に赤いワケでも、3倍速いワケでもありません。撫でようとすると必ず「シャア〜」って威嚇するから「シャア猫」(笑)。でも、そのあとで「にゃ〜ん」とかわいい声で鳴いたりします。
この猫、どっちかっていうとまだ子供〜若者猫なんですが、どうやら誰かに捨てられたっぽい。だから人に対して興味はあるんだけど、どっかで警戒してるっぽくて「シャア〜」ってなる。僕ら夫婦はずっとこの猫が気になってたんですが、最近近所の猫おばさんに保護されまして、その方の家の庭(?)にいい寝床を作ってもらったらしいのです。
でもこのシャア猫、まだ時々公園に寝泊まりしてたりします。自由気ままに歩き回り、時には見知らぬ人から食べ物もらったり、で、満足してまた寝床に戻ったり。

以前から僕も奥さんも猫を飼いたくてたまらないんだけど、でももし飼うとなると、諸事情から外に出さないで飼ういわゆる「マンション猫」になっちゃうだろうと思うんですよ。でも、果たしてそれはいいことなのか?
外の世界を知らず何の心配もなく飼い主といつも一緒に暮らすのもそれはそれで幸せなんだろうけど、シャア猫のように自由に外を歩き回っていろんなものに触れて生きるのも幸せなんだろうし。
僕なんかは、できれば猫は自由に外にも出してあげたいと思ってて、それが本来のあり方なんではないかなあ? 猫も、そして人も、そうあるべきなんじゃないかと考えるのです。
猫にとっての幸せっていったい何なんだろうか? と。そんな風に、シャア猫見てていろいろちょっと考えちゃうのでありました。

さてさて。
今週も「『四畳半神話大系』色彩設計おぼえがき」。DVD&Blu-ray第3巻分の6話〜8話、いよいよ後半戦突入です。

■第6話 英会話サークル「ジョイングリッシュ」

絵コンテ・演出:夏目真吾、作画監督:西垣庄子・浅野直之、色指定:大塚奈津子
6話から8話までは「『私』の恋愛妄想3部作」(←いま勝手に命名)であります。羽貫さん、香織さん、景子さん、3人の女性を巡る「私」の恋愛(?)模様であります。みっつの物語がひとつの時間軸上に同居して絡み合って進行し、そして途中からそれぞれの結末に向けてバラけていく、という構成。

この3つの物語の出だしは共通して羽貫さんのマンションのトイレからスタート、という括りでありました。となれば、「ビジュアル的にも括れた方がいいなあ、しかも強烈に印象の強い画面(色)で」と僕なりに考えておりました。それで7話の美術ボード打ち合わせの時に、僕の方から提案させていただきました。「超緊急事態な感じで、非常灯のような真っ赤なトイレ、ってのはどうでしょう?」と。かくして、6話から8話までの冒頭のシーンの共通イメージは「非常灯のような真っ赤なトイレ」となりました。
あ、なんで6話じゃなくって7話の美術ボード打ち合わせの時だったのか? というと、実はこの時点で7話の作業が6話のそれを遙かに凌駕していて、よって7話の打ち合わせの方を先行させたのでありました(笑)。

で、6話「羽貫さん」。この話は心持ち派手目な色彩を心がけていました。3本のうちの1本目、つかみという意味でもちょっと意識的に派手さを足していこうと思っていました。続く7話が、香織さんを巡って「私」の四畳半を中心としたじっくりとした見せ方、構成になっていたので、そういう点でも差を作っていこうと考えていたのです。ちなみに8話は再びテンションが上がっていって、最後、オチがつくわけで。
そんな考えもあっての6話の色彩設計なのですが、割と淡々と進んでいく前半ですが、1杯ワインを飲み干したところでスイッチが入って一気にハイテンション。
この「城ヶ崎先輩との飲み比べ」のシーン。演出の夏目さんからも「ドンドン変な色になっていく感じで」とのオーダーがありまして、段階的に酔っていって、で、壊れちゃう(!)感じを色で作ってみました。5話の「洗脳シーン」の時と同じように、まず僕の方でキャラクターの色味のサンプルを作って色指定さんに説明して、で、あとは色指定さんに上がってきた原画のテンションにあわせてドンドンお任せで作っていってもらいました。あくまでも僕は画面の色彩の設計図を作っているだけで、それに則って、そしてそれらをさらに膨らませてくれるのは各話の色指定さんなのです。
「脳内会議」、最初にキャラクター受け取ったときにすでに爆笑(笑)。一歩間違うとナマっぽくなっちゃうので、これもカラフルにポップな色合いに。暴走する羽貫さんのピンクモードは、美術もキャラも文字通りピンクに(笑)。この辺、とにかくやってて楽しかったです(笑)。
そして「ジョニー」。これはまず作画のキャラクター設計があって、他のキャラクター同様に色を決めて、で、それをフラッシュ化してもらっています。

■第7話 サークル「ヒーローショー同好会」

絵コンテ・演出・作画監督:三原三千夫 色指定:鈴木寿枝
7話はとんでもなくまっとうなスケジュールで制作が進行しておりまして、スタートがかなり遅れた4話とほぼ同じ時期に打ち合わせを済ませておりました。なので、色指定の鈴木さんは、先に納品の4話よりも先に7話のカットに色指定を打ち込んでいたほどでありました。

「香織さん」の7話はじっくりと攻めています。その香織さんご本人のこと。「この人は『人』じゃないので、それとわかるように人間キャラとは主線の色を変えちゃってください」と湯浅監督。まずは2話で登場してる訳なんですが、2話の演出の横山さんも交えていろいろ試して決め込みました。
あ、ちなみにキャラクターの色の決め込みは、まず僕が色を作って、それを湯浅監督、キャラクターデザインの伊東さん、そしてそのキャラが初めて登場する話の担当演出さんに見てもらって決定していきました。決め込みの時点でいろんなアイデアが出て、その結果最初の打ち合わせと180度方向転換、なんてキャラもあったり。
このお話も、過去回想と現在で語られてますが、後半、羽貫さんのマンションのトイレから誘惑を振り切って四畳半に帰ってきたところで、現在の時間軸に乗っています。それまでは過去回想。で、駆け落ち。ここで初登場、リアル小津であります。夜色の色変えシーンなのでちょっと分かりづらいですが、リアル小津は肌色も「私」と同じ色に。この辺は最終話のラストシーンを見てもらうと分かりますが、顔かたちだけでなく、肌色も、「私」の見た目の印象の小津は、そんな風に邪悪な存在だったんですね(笑)。

「私」の四畳半にやってきた香織さん。過去回想をベースに、昼、夜、照明のない夜、朝、などと、時間帯による美術の描き分けがあって、それに合わせてセルも色を変えています。ただし、同じレイアウトでの兼用カット(いわゆる同ポジ)で、いくつもの時間帯を描き分けているので、色指定と彩色の方は結構大変。ラッシュチェックの際「あれ?(汗)」ってことが何度もあって参りました。で、そういうことは、以降の話数でますます増えていくんであります。
香織さんを抱いて鴨川の橋の下に逃げ込むところから、実は、香織さん、その主線の色を「私」と同じ人間キャラ用の色に変えています。このあたり「私」にとって、香織さんは人形ではなく、すでに人間なのです。で、城ヶ崎がやってきて蹴りを食らうと文字どおり夢から覚めて、同時に香織さんも人形に戻しています。

ところで冒頭のシーンのもちぐまんショー、子供たちの「改心しろ!」コール。これは考えようによっては「ほんわか」より怖いかもです(笑)。そうそう、もちぐまんショーのもちぐまんですが、そもそもは5色5体なんですが、実はこのシーンでは4体しかいません。でも色は5色。これ、なんでこうなったんだっけ? なんか理由はあったんですが……。

■第8話 読書サークル「SEA」

絵コンテ:清水洋、演出:藤瀬順一、作画監督:伊東伸高、色指定:秋元由紀
「『私』の恋愛妄想3部作」の最後は景子さんとの文通話。「手紙の中の『私』の妄想では、どんどんリアルになっていっちゃうってのはどうですかね?」と美術ボード打ち合わせの時の会話。たしか打ち合わせの時に「現実と妄想をどうやったら差別化できるか?」みたいな話になって、それなら妄想の中はここまでの『四畳半〜』っぽくない画面にしちゃったら? という方向に話が進んでいきました。

作画もお目々キラリン! な感じのリアル系(?)な「私」なので、背景載せていい感じを狙っていこう、と、色指定さんと打ち合わせです。それらのカットでの決め込みも、やはり色指定さんに原画のフンイキから色を作ってもらって一応僕がチェック、という流れ。なので、基本は背景が上がってからの超短期決戦での作業です。まあ、このシーンに限らず、『四畳半〜』では、ほぼすべてのシーンでそういう状況ではありました。しかもスケジュールはなかなか詰まってきてしまってて、この8話以降、それはそれは香ばしい状況だったのです(苦笑)。
それと、この8話あたりから、前話数登場のシーンやカットを加工して使うというのが一気に増えました。それまでも、たとえば四畳半でカステラめちゃ食いのシーンとか、沖縄料理屋での小津との会話シーンとか、シリーズ全体でそのまま(時々描き足しあり)繰り返し使うシーンもありましたが、この8話からはちょっと違った使い方が増えてきます。

先にも書きましたが、6話からのこの3本はみっつの物語がひとつの時間軸上で並行して進んでるお話なので、構成上、前の話で登場したシーンの画面を何度も使うことになっていくわけです。ただし、そのまんまは使わず、背景も含めて画面全体の色を変えて使うことでそのシーンに意味を持たせる、というやり方をやってます。見たことのあるシーンやカットが何度も登場することになるので、複雑になっていく時間軸の交錯を視覚的に整理するのが目的です。たとえば、7話で登場した「もちぐまんショー」の一連のシーン。これが8話では2回出てくるんですが、それぞれ色を変え、色の換え方も2回とも変えてます。
1回目は「私」が手紙に書いた虚構の「実はね……」という使い方。もちぐまんも含めて「私」だけはノーマルな色にして、そのほかはすべて(8話で新作追加したバスの中の子供たちの会話も含めて)どんより系の青系モノトーン。ちょっとネガティブな意味合いもあって、重めの色彩にまとめてあります。2回目は明石さんの回想として登場。明石さん側からの視点なので、明石さんと「私(もちぐまん)」の2人を色つきに。他は明るめのモノトーンにしています。明石さんのいい思い出なので、明るめに柔らかくまとめました。

と、そんな一連の加工を、実はすべて僕に任せていただいていたのであります。背景も含めてすべて僕の方で手を入れさせていただきました。自分なりに演出的意味合いを考えて加工画面を作ってみて、それを監督と演出にチェックしていただいて、という感じ。セルと背景で色味の方向を変えてみたり、特定のキャラだけ違う色にしたりと、そんな風に撮影素材を加工して準備して、それらを基本同じタイムシートで再撮していただきました。
一般によく撮影時や編集で画面全体にフィルターかけて色加工ということがありがちなのですが、実はコレって、僕ら「色屋」的にはあんまり嬉しくなかったりするんですよ。でも、この『四畳半神話大系』では、それはほとんどありませんでした。たとえ撮影処理での加工の場合でも、撮影さんと相談させてもらえたし。
で、この作業がこの後の話数もどんどん増えまして、最終回に至るまで、実はすべて僕の方で一手に担当していったのでした。でもね、それは楽しい作業でした! 設計さんって、各話ごとに担当の色指定さんに預けてお任せしていくので、本編の画面を直接触って各話に参加するのって自分ではなかなかできないんですよ。それがこうして色指定さんの作業分担を犯さずに画面に触れられたのは、とっても嬉しいことだったのでした。

第143回へつづく

(10.10.26)