色彩設計おぼえがき[辻田邦夫]

第158回 昔々……96 1995年その16 毎週1本美打ち! な9月、10月

このコラムが更新されるのは3月1日の予定。なんとまあ3月になっちゃってるワケですよ。恐るべし2月! ちょっきり4週しかないっていうのはやっぱり「罠」だと思います。だって1月や3月よりも3日も少ない! 3日って言ったら約半週ですよ!3日あったら結構なコトがこなせるのに……。
やれやれ。
でもまあ、例えば固定の月給をもらっていらっしゃる方々は、3日少なくっても同じ金額をもらえちゃったりするわけですよね? ま、そう考えればそれもあながち悪くないかな?
でも、いずれにしても、僕らアニメ作ってる輩は基本固定じゃなかったりだし、フリーランスの僕なんかその最たるものだし(苦笑)。そんなお得感もなく、ただただスケジュールがポコッと少なくなっちゃう2月は、やっぱり僕らアニメ屋にとっては最大の敵、なのかも知れませんっ!

さてさて。
とうとう本放送も始まった『ご近所物語』。制作はほぼ順調に進んでおりました。1995年の秋のはじめの頃であります。毎週放送ってことは毎週1本完成させるってことで、毎週1本編集があってアフレコがあって、そして同じくだいたい毎週1本のペースで美術打ち合わせが行われていきました。
演出の絵コンテが完成しプロデューサー、シリーズ・ディレクターのOKが出て、作画打ち合わせがほぼ終わるとすぐに美術打ち合わせになります。美術打ち合わせ(以下、美打ち)は、その話の担当演出、演出助手、美術監督、その話担当の美術さん、色彩設計(僕)、そして色指定さんが出席して行われます。東映作品の制作システムでは、設定制作がおりません。設定関係の管理取り回しは演出助手が担当します。また、いつの頃からなのか知らないのですが、東映動画のシステムでは、TVシリーズ作品の美打ちには制作スタッフ(制作進行)が立ち会うこともほとんどありません。制作が立ち会わないのはどうかとは思うんだけど、これも演出助手が同席するのでよしとされています。なかなか他のスタジオにはないシステムですね。

で、そんな美打ち。
多くの場合美術打ち合わせは、ある程度のカット数の背景原図がそろった時点で組まれるのでありますが、この『ご近所物語』では、この美術打ち合わせが美術ボードの打ち合わせも兼ねているということもあって、早い時点で打ち合わせを組むということになっておりました。前にも書きましたが『ご近所物語』は制作の大きな分量をフィリピン・マニラのスタジオで作業しますので、そのためにも毎話早めの始動が求められる、という事情もあったのです。とりわけ、撮影もマニラのスタジオでやってもらうわけで、リテイクの対応もちゃんと時間を取らねばなりませんから、他の国内撮影作業のシリーズよりも厳格なスケジュール管理が求められていたのです(……でもなかなかそう簡単にはいかなかったのが現実ではありましたが(苦笑))。
背景の作業の段取りは、まず毎話の担当美術さんが作画さんから上がってきた背景原図を実際の美術設定に合わせて整理修正します。修正ずみの原図で背景作業に着手となるわけなのですが、そのほとんどをマニラのスタジオに送ってフィリピン人スタッフが描く、という流れでありました。内容によってはデザイナーさんや国内スタッフで作業した方がよいシーン、カットもあるので、それらは国内での作業でしたが、それ以外はほぼマニラでの作業でありました。実際、マニラのスタジオでの撮影分もあるので、その方が都合がよかった部分もあったり。

一方僕ら色指定関係。本編の色指定作業を僕は担当せず、別の方にお願いすることになりました。社内の先輩の色指定の衣笠さんです。僕が色彩設計をして、衣笠さんが色指定をしていくという分業体制。このパターンで全話進めていくことになりました。色彩設計の僕がキャラクターの色を作ってOKをもらい、彩色設定(色指定書)まで僕が作ります。色指定の衣笠さんはこれらの材料と美打ちの内容を基に各話本編の動画に色指定を入れていきます。美打ちの内容と違ったり、変更になったりしたカットなどについては、その都度僕と協議相談して処理や指定を決めていきます。そしてこのスタイルは、このあと何年もこの枠で続いていくことになるのです。
今までどんな作品でも自分が担当した作品は、自分で色彩設計して、その上で全部自分で色指定してたのですが、それを「分業化する」というのは、いろいろ自分的に馴染まないことでありました。でも、これも新しいあり方なのだから、こういうシステムでやっていく中でだんだんとその方法も自分に馴染んでいくだろうし、上手くいかないところがあっても、きっといい方策があるに違いない。そう考えて始めていったワケです。なにごとも経験であります。

『ご近所物語』は「影なし」のビジュアルでいく、というのが当初からの「掟」でありましたが、演出上のポイントではその限りではなくて、印象をつけたいシーンやカットには作画で影をつけてよい、ということになっておりました。ただしその手法はちょっと変化球で、影部分を別セルでBL(黒)塗りしたものを作成して(オスマスク)、それを撮影時に半露出撮影してもらっておりました。
どうしてそのような手法にしたのかと言いますと、まず、普通にセル絵の具で彩色した影よりもマット(つや消し)感が得られるということ。肌の影、紙の影、服の影の明度彩度のバランスが揃うということ。そして、シーン、カットの意味合いに応じて、影の強さ(明度)を調節、コントロールできる、ということ。例えば通常のダブラシの濃度が50%だとしたら、よりショックな印象をつけたい場面では60%あるいは70%というように濃度を強くして影を濃くし、そのキャラクターの心象、ショック感を表現してみせるということも可能なのでした。

またこの『ご近所物語』では、いわゆる「夜色」という特殊彩色の色味は設定していません。これも撮影で処理しておりました。夜の屋外など、いわゆる夜色にしたいシーンでは画面全体に青いフィルターを施して撮影していたのです。
夜のシーンの背景は多少色味と明度を下げて描いていましたが、『ご近所物語』の美術のスタイルは、これも原作のビジュアルのように黒塗りの部分を活かしたり、輪郭線をシッカリと描いていくというようなグラフィカルなスタイルであったので、薄い青フィルターがかかったくらいではそれほど背景自体は印象が変わっては見えませんし、むしろシットリといい色合いが残ります。そして基本影なしで全体に明るめの色調で仕上がっているセル画については、ちょうど夜の背景とマッチするいい塩梅に少し暗くそして青みが加わって見えるのでありました。夕景についても、たしかおおむね同じであったと思います。
ただしシリーズも後半に入ってくると、物語の盛り上がりに呼応して、少しずつイレギュラーな手法も取り入れていくことになっていきました。普通に影をセル絵の具で彩色していくこともあったり、夜色や夕景の色味を設定して、彩色で特殊彩色扱いで塗ったりということもあったりしました。「掟」は「掟」としてちゃんとあるのですが、新しい試みや、逆にオーソドックスな手法も使っていくことになっていきます。観てくださる方の側に、見せ方の「掟」が定着した後半戦だからこそ、表現の幅としていろいろやってみることができる、ということもありました。

パソコンを使ったデジタル処理っぽい画面作りも、本編中に取り入れていきました。ですが、さすがにオープニングで使ったようなデジタル合成な処理をTVシリーズ本編でやるには、予算も、それ以上に時間もありません。それでもシーンや各話の終わりのカットなどで特に印象的に見せたいカットでは、いわゆる「ハーモニー処理」っぽくコンピュータで加工した素材を使って撮影していきました。セル+背景の普通の組み合わせのものに、コンピュータ加工してプリンアウトした素材をオーバーラップさせるとか、そんな手法でありました。ちなみにそんな加工はたいてい僕か美術の行さんの作業でありましたが、後半戦では演出さんや演助さんもドンドン作業されるようになっていったのでありました。

ですが、いずれも今はまだシリーズも序盤戦。まだまだ走り始めたばかりです。まずはこの「掟」を定着させていく段階でありました。

第159回へつづく

(11.03.01)