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■荒木伸吾さんに聞く 新生『聖闘士星矢』
文/小黒祐一郎 |
2000年の秋に『ベルサイユのばら』DVD-BOX解説書のための取材で、数年ぶりに荒木伸吾さんにお会いした。テープレコーダーを停めた後、荒木さんは「そろそろ引退を考えているんだよ」とおっしゃって、僕にはそれがちょっとショックだった。 この記事を読んでいる読者の中に、まさか荒木伸吾の名を知らぬ者はいないと思うが、一応、紹介しておく。荒木さんは、元々は貸本劇画で作品を発表し、その後に、虫プロダクションでアニメーターとして活動を始めた。虫プロを離れた後、『巨人の星』や『あしたのジョー』での劇画タッチの作画で一世を風靡し、70年代後半からは流麗なタッチで次々と魅力的なキャラクターを生み出して「美形キャラの第一人者」と呼ばれた。『バビル2世』『魔女っ子メグちゃん』『惑星ロボ ダンガードA』『ベルサイユのばら』等、手がけた作品を挙げていったらきりがない。最近では、パートナーの姫野美智さんと共に『金田一少年の事件簿』『ゲゲゲの鬼太郎[第4期]』『遊☆戯☆王 デュエルモンスターズ』等でキャラクターデザインを担当している。 自慢じゃないが、僕が最初に名前を覚えたアニメーターが、荒木さんなのだ。中学の時に『魔女っ子メグちゃん』の再放送を観て、話によって随分と絵柄が違っている事に気がついた。その中で、抜きんでて画がいいのが「作画監督 荒木伸吾」とクレジットされているエピソードだったのだ。その後、大勢のクリエイターの仕事に注目するようになるのだが、あの時に荒木さんの『メグちゃん』に出会わなければ、ここまでアニメにハマる事はなかっただろう。 『聖闘士星矢』は自他共に認める荒木さんの代表作だ。「美形キャラ」と「デフォルメを効かせた派手なアクション」という彼の二大必殺技を、存分に放つ事ができるタイトルなのだ。その『星矢』の新シリーズが10数年ぶりに作られた。一昨年よりスカパー!で放映された『聖闘士星矢 冥王ハーデス十二宮編』である。このシリーズで彼はキャラクターデザインのみならず、総作画監督を担当。制作開始時から、東映アニメーション方面の知人達から、荒木さんがノリノリで仕事をしているという嬉しい噂が流れてきた。「若いスタッフを圧倒する程のパワーだ」とか、あるいは「次から次へとレイアウトを直しまくっている」とか。『冥王ハーデス十二宮編』を観てみると、確かにシリーズ全体が荒木さんの画風でまとめられており、時にはあの独特の荒木アクションも見られた。引き続き制作された、劇場作品『天界編序奏〜OVERTURE〜』では、荒木テイストが炸裂! 作画のテンションは、かつての劇場版『星矢』に負けない程のものだった。
前置きが長くなってしまった。新生『星矢』での仕事について知りたくて、荒木さんのところに話を聞きに行ってきた。『天界編序奏〜OVERTURE〜』の公開終了間際の3月6日の事だ。 まずは『冥王ハーデス十二宮編』の話から。このシリーズでは荒木さんは、総作画監督として全話のレイアウトと原画をチェックしており、1話「新たなる聖戦の始まり」、7話「黒き衣の群れ」、12話「女神の聖衣」、13話「決意の朝」では一人で全カットのレイアウトを描いている。大変な仕事量だ。「最初はできるだけ他の人に原画を描いてもらって、それを直せばいいやという感覚だった。遠慮していたんだよね」と荒木さん。たとえば15日間で1話分(ほぼ300カット)をチェックするなら、毎日20カットを見ればいいのだが、TVアニメの本数が激増した事から、今はそれぞれの原画マンが複数の仕事を抱えている。そのため、なかなか思ったように原画が上がってこなかった。作監スケジュールのラスト数日で100カット、200カットが上がってきたら、とても直しきれない。それで「遠慮せずにやる事にしたんだ。そうやった方がよいものになるし、自分で描けば自分のものが出せるわけだから。それでどんどん手を出してったら、結局、ああいうかたちになった」。各話作監を担当した1話だけでなく、7、12、13話でも全部のレイアウトを描いたのは、他のアニメーターの上がりを待つよりも、先に自分で全部描いてしまった方が早いと判断したためだ。「今回の『星矢』では、ある意味わがままなやり方でやらせてもらった。他の作品だったら、ここまではやらせてもらえなかっただろうね」。 昔からのファンには、ちょっと嬉しい話も飛び出した。「『巨人の星』や『あしたのジョー』をやっていた頃の気持ちに少し戻ったんだよ。描き方もあの頃の描き方を取り戻す事ができた」。力を入れて、早く描きたかったため、今回の『星矢』でレイアウトを描く時は、ダーマットグラフと呼ばれる紙巻鉛筆を尖らせて使った。クレヨンのような極太の芯の色鉛筆である。これだと、勢いのある線が引けるのだそうだ。「描いた時には、ああ、上手く描けたなと思うんだけど、後でレイアウトを見直すと、自分のクセが出過ぎているんだよね」。いや、その荒木さんのクセの部分こそが、アニメ『星矢』の醍醐味なのだ。 シリーズディレクターの山内重保さんとは、TVシリーズ以来の付き合いであり、荒木さんと山内さんのコンビが、『星矢』独特のアクションを完成させた。今回も山内さんの絵コンテとは、息があっていたという。他の演出家がコンテを描いたエピソードでも、山内さんのアングルを多少、念頭においてレイアウトを修正した。『星矢』流のレイアウトのコツは「目立たせたい部分を思いっきり強調し、そうでない部分は殺していく」ことだそうだ。『冥王ハーデス十二宮編』でも、他のアニメーターが描いたレイアウトでよいものがあったが、『星矢』風でないものは、申し訳ないが直してしまった。 驚いたのは、その荒木&山内流の構図を「でっち上げた、パースの狂った世界だ」とご自身が言われた事だ。確かに、パースが強調されたその画面は、様式美の極みとも言えるものだ。だけど、それは荒木さん自身がパースが狂ったものと意識して描いているのか。俄然興味がわいて「あれってわざと狂わせているんですか?」と突っ込んでみた。すると「自然に描いても(ある程度は)狂うけど、意識して狂わせて描いている」と荒木さん。なるほど、自然に描いているだけで、ああなるわけがない。「荒木さんの持ち味」プラス「意図」なのだ。かつて若き日の金田伊功さんが、荒木さんのスタジオにいた事がある。少なからず荒木さん独特のポーズやアングルが、金田アクションに影響を与えているだろうと僕は思っているのだが、その話を聞いて確信を深めた。 『冥王ハーデス十二宮編』を振り返ると「自分の好きなように描けた。量的にも沢山できたし、そういう意味では『面白かった』と意識できる仕事だった」。最近の作画監督作品である劇場版の『金田一少年の事件簿』などは、あまり画が自己主張してはいけない作品だったので、力の入れどころが難しくて、実は困りながら描いていたと荒木さんは苦笑した。
「自分は仕事に関しては慌て者だから、早く描きたいんだよね」。話はわき道にそれる。だけど、とても興味深い話題だ。荒木さんは虫プロを辞めた頃、一人でTVシリーズの半パート、あるいは1話分の原画を描いていた。その時は一ヶ月の中で、どうやってその仕事を片づけていくのか、計算をしながら上げていたのだそうだ。たとえば『あしたのジョー』のレイアウトをやっていた時には、目の前に目覚まし時計を置いて描いていた。残りの時間とカット数を計算すると、1カットに15分しか使えないことになる。15分で描くつもりで描けば、15分で仕上がらなかったとしても、目標を立てずに描くよりもスピードが上がる。そうして早く描くスタイルを身につけていった。沢山描いた方が面白いし、やりがいも出てくる。「スケジュールが限られているTVアニメは、先手必勝だ」と荒木さんは言う。早く進めていれば、後で手を入れる事もできるが、ギリギリのスケジュールで作っていては、それは無理だ。 更に話は遡る。荒木さんが、このやり方ならTVアニメはいけると確信したのが、新人時代に『ジャングル大帝』で山本暎一さんと組んで仕事をした時なのだそうだ。「あの頃は、とにかく枚数を使うなと言われていた。それでやり方を色々と考えたんだ。手前に原住民が飛び上がってからカメラに迫ってくるようなカットで、飛び上がった時に2枚の画をビビらせると動いて見えるんじゃないかとか。そんな事ばかりやっていたら『ビビリの荒木』なんて言われるようになってね(笑)。それはひとつひとつが実験だった。その時に、山本さんに色々とアドバイスしてもらった。それは本格的なアニメーターになるための勉強とは、逆の勉強だよね」 虫プロ風のリミテッドのスタイルを発展させて、荒木さんはあのメリハリのあるアクションを完成させた。早く描く仕事のやり方が、その完成を後押ししたのだろう。「俺は、TVの作品でハッタリを効かせてバーンと描いてきた。その方が量が描けるからね。一方で劇場作品に参加して、少しの量を丁寧にやっていく人がいるよね。そういう人達は、どんどん腕が冴えていくんだ。自分も色んな作品をやるうちに、落ち着いた芝居をさせなくてはいけないと思うようになった。怒ってるんだけども、それを表に出さないようにしている表情とか、そういう複雑なものだよ。『星矢』ではその両方を描いた」
『冥王ハーデス十二宮編』で勢いづき、そのまま制作に突入した『天界編序奏〜OVERTURE〜』。この作品では、全カットのレイアウトを、荒木プロダクションで描いた。本作のレイアウトには、荒木さんが仕上げたカットと、彼がラフを描き、それを元に荒木プロの姫野美智、飯島弘也、茅野京子、市川雅也の5人がクリンナップしたカットがある。原画に関しては総カット数が1450で、その中の5〜600カットを荒木プロで担当したのだそうだ。荒木プロが原画を担当したのはアバンの別荘のシーン、アルテミスと斗馬のシーン、そして、クライマックスなど。荒木プロの原画に関しては、荒木さんが動きのラフを随分と入れた。作監修正に関しても、荒木伸吾、姫野美智の2人に加えて、荒木プロの他のメンバーが、サブの作監として立った。万全の態勢とも思えるが、劇場作品としては制作期間がタイトであり、作業は時間との闘いだったそうだ。ギリギリまで粘って作業をすることができ、やり切ったという実感があるそうだ。 仕上がりに関しては、ラッシュを見た時には高揚感があり、良いものになると予感したそうだ。だが、実際の完成したフィルムには不満を感じた。「アバンのシーンとか、自分が想像した以上のものになっていた。スケジュールを考えれば、よくあそこまで、みんな頑張ったと思うけれど、作っている途中での事は、仕上がりとは関係ないからね。劇場でお客さんに見せるものとしては、もっと作画が頑張るべきだった」。荒木さんの姿勢は厳しい。
以前、引退をほのめかしていた事について訊いてみると、軽く笑って「今回の『星矢』をやるまでは、半ば引退していたようなものだからね」とおっしゃった。引退していた、とは大袈裟だが、確かに最近はキャラクターデザインのみの仕事が多く、作画監督はあまりやっていなかった。『冥王ハーデス十二宮編』で、他の人が描いたものを見ているうちに、荒木さんのやる気に火がついたのだそうだ。「別に他の人が描いたものが悪いというわけではなくてね。見ると『俺だったら、こう描く』と思うんだよね。昔からそうだった。そうするとやる気も出てくるし、仕事もはかどる。自分はそういうアニメーターなんだよね」。 『聖闘士星矢』シリーズの今後の展開は、まだ発表されてはいない。次に荒木さんが参加するのは『冥王ハーデス十二宮編』の続きなのか、『天界編』の本編なのか。あるいは『リングにかけろ!』(昨年、そのパイロットフィルムを収録したDVDが、雑誌の読者全員プレゼントとして配布された。これも荒木&山内コンビの作品で、『冥王ハーデス十二宮編』と『天界編序奏〜OVERTURE〜』の間の期間に作られたものだ)になるのか。いずれにしても、まだまだ荒木さんの新作が見られそうだ。 最後に、先日発売された画集「聖闘士星矢 荒木伸吾&姫野美智ILLUSTRATIONS 光」についてうかがった。前にも「WEBアニメスタイル」で紹介したが、意外な事に、これが荒木さんと姫野さんの最初の画集となる。念願の出版であったはずだ。「画集が出た事自体は嬉しいけれど、もっとラフな画とか、本編の原画も載せたかった」。できれば『聖闘士星矢』以外のイラストを集めた本も出したいとの事。また、若い頃に描いた劇画を何らかのかたちでまとめたいと思っているのだそうだ。
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