小黒 ここで、フル3コマという事をもう少し、このインタビューを読んでいる人達にも分かり易くしたいんですけれど、3コマの動きを、中割りなしで、全部原画で描くという事ですよね。そうやると、中割りのある2コマよりも、1秒当たりの原画の枚数は多くなる。
井上 そうだね。動きの密度という点で言うと、多分、最高のものだろうね。2コマで中割りなし、というのは、ちょっと動きをコントロールしにくいし、それで描ける動きは、フル3コマとそんなに差がない。1コマフルという事も原理的には考えられるけれども、それは実際には、自分で自分の原画の中を割るだけの作業になってしまうだろうから、意味がないし、そもそもそんなにたくさん描けないし、スケジュールもない。だから、3コマおきに、全部画をコントロールすれば、ほぼ、描きたい動きの全てが描けるだろうね。
小黒 少なくとも、現状イメージできる最高の方法として、フル3コマがあるわけですね。
井上 うーん、だろうね。それにはまず、頭の中に、描く動きのイメージがないとダメなんだけどね。イメージがないのにやっても、自分で自分の原画の中を割る作業にしかならないから。そういう意味で、磯君は、原画の発想と言うか、動きの発想の点で、革命だったね。もっとも彼に続く人もいないんだけど。
小黒 でも、フル3コマという手法は極端にしろ、なるべく全部原画で描いてしまって、無駄な中割りは要らない、という発想は、今、目指すべきリアルな作画のひとつの方向性にはなっているんじゃないですか?
井上 そうだね。中割りで変な画を出さないようにするという意味でも、なるべく原画で描こうとはするようになったね。
小黒 つまり、画や動きの曖昧さを捨てていって、イメージした動きそのものを描こうとしていきたい、という事なんですよね。
井上 そうしていきいたいね。勿論、そのためには、その労力に匹敵するイメージを持つ事が大前提なんだけど。たくさん原画を描くのは大変な事だから、それを維持するだけのデッサン力とか、画力とか、色々なものが必要ではあるけれど、まずはイメージが大事だよね。
小黒 一方で、かつては、リアルな芝居やよく動いているアニメを目指す時に、中割りをたくさん入れればいい、という発想もあったわけですよね。
井上 あったし、今もあるでしょう。
小黒 今の話は、そうではない、違う方法論として、原画をいっぱい描いて、無駄な中割りを減らす。そうやって、動きや形を緻密にしていこう、という方法論が出てきた、という事ですよね。
井上 そうだね。
小黒 そのルーツのひとつが、井上さんなんじゃないですか?
井上 そうかなあ。そんな事はないんじゃない?
小黒 勿論、その前にはなかむらさんの仕事もあるとは思うんですが。
井上 ああ、なるほど。勿論、俺達はそういう事を目指して意識的にやっていたわけではないんだけれど、なかむらさんや、俺達がいなければ、磯君の仕事というのは生まれなかったのかもしれないね。画がこのぐらいリアルならば、動きもこのぐらいリアルでなければ……という発想が、磯君を生み出したんだろうから。例えば、稲野さんの画は素晴らしいけれど、その画で動かす事をイメージした時に、磯君の手法へ辿り着いた、という事はあるのかも……。
小黒 磯さんの登場で、リアルな作画の方向性が変わった、と言っていいんでしょうか。
井上 どうかな。多くのアニメーター達に衝撃は与えただろうけれど、それで、急にアニメ全体が変わるというわけではないよね。何しろ、磯君がやり始めた事というのは、自分の中にイメージがないと、模倣すらできない事だったからね。
小黒 ああ、それぐらい革命的だったんですね。
井上 だから、しばらくは真似する人すら出てこなかった。俺にしても、「そんな事が表現できるのか」って衝撃は受けたけれどね。多分、才能のある人はじたばたしただろうけれど、俺に至っては、じたばたするどころか「ほほーっ」と傍観するしかなかった(笑)。
恐らく、そうしてじたばたした結果が徐々に出始めたのが、大塚伸治さんの『おもひでぽろぽろ』の仕事なんかになるんだろうね(注29)。これは大塚さんに直接確かめたわけではないんだけれど、『おもひで〜』のような、生っぽい、写実的な芝居を描こうという発想は、磯君の影響なしでは生まれてこなかった、と俺は思う。
小黒 大塚さんが『おもひで〜』でやられたのは、どこの場面なんですか?
井上 駅での出迎えのシーンだよ。それから、橋本晋治君や大平晋也君も、『おもひで〜』をやりながら、平行して「骨董屋」をやっているから、明らかにあの頃から変わり始めている(注30)。大平君は、それまでは「人間の芝居を描きたい」なんていう男じゃなかった。それが、人間の芝居を描こうと思い出したのは、磯君の影響があるんじゃないかと思う。人間の動き――日常の仕草ですら描くに値するのだ、という事は、磯君の作画を見なければ、僕らの世代や、それに近い世代のアニメーターは気づかなかったんじゃないかな。
小黒 具体的には、何が変わったんでしょうか。「中割りを増やせばよく動くのだ」みたいな思想っていうのは、古臭くなりましたよね。ここ10年ぐらいで。
井上 そうだね。今は、極端に言えば、中割りなど存在しないのだ、という方向になりつつあるかな。人間の動きを再現するのに、中割りなど存在するはずがない、と(笑)。
小黒 なるほど。ディズニーに近づいたのか、遠のいたのか、よく分からないけど。
井上 うーん、多分、ディズニーの原点には近づいているのかな。
小黒 あ、そうですか。
井上 ディズニーの作品というのは、特に昔の作品は、3コマで再現するとすると、多分、ほとんど原画で描かざるを得ないような動きをやっぱり描いてるんだよね。
本来、人間は、中割りを入れたのでは再現できないような動きをしているんだよね。その事に、磯君の作画を見た時に、みんな気づいたという事なんだと思うんだよ。
小黒 井上さんも当然気づいたわけですね。
井上 うん。でも、そういう動きをイメージできない自分にも気づいた。そこが苦しむところだよね。勿論、今でも諦めずに、そうした理想に近づこうとやってきてはいるわけだけれども。
アニメーションを元々始めた人にしても、人間の動きを描きたいと思って描いてるわけだから、今と近いような描き方をしてたはずなんだけれども、商業化が進む中で、独特の「アニメ的な動き」を編み出していく事になったんだろうね。そうやって、だんだん削り取られていった部分を、もう一度取り戻そうとしているんじゃないかな……。そういう意味では、ある種、元に戻ったと言えるかも。
小黒 つまり、元々アニメーションというのは、人間の見た目に近い芝居をそのまま描くべきだったんだろうけど、その途中にアニメ的な動きというものが生まれてしまった。
井上 そうだね。その現れは、国によって様々なんだろうけれど。例えば、ディズニーの伸び縮みなんかもね、発明した時は意味があったと思う。それが、最近のものは、記号として描いている部分があるんじゃないかな。
小黒 なるほど。ここで、はっきりさせておきたいんですけれど、例えば井上さんが副作画監督として参加した『人狼』は、3コマが基本になっていますけど、あれはリミテッドアニメではないんですね?
井上 うん、リミテッドアニメではないよ。勿論、経済的な事情があって、リミテッドにした部分もあるけれどね。頭の中のイメージどおりにはとても描き切れないから、ある程度、妥協して描いてるっていう部分はあるけれどもね。
小黒 でも、必要な芝居はちゃんと描いている。
井上 理想としてはね、ちゃんと描こうとしている。描き切れているかどうかは別だけどね。描き切れていない部分も多いとは思うけれども。
小黒 でも、思想としては「フルアニメ」、なんですね。
井上 うん、勿論、勿論。イメージしたものを忠実に再現したいと、スタッフみんな思っているから。
小黒 ここで、読み手のためにも、もう一度はっきり断言してもらいたいんですけれど、1コマや2コマだからフルアニメ、3コマだからリミテッドだっていう事では「ない」んですね?
井上 そうです。まあ、2コマで綺麗に動いてるものをフルアニメと言ってる人もいるみたいだから、みんながどういう意味で使っているのかは、分からないけれども。2コマで動いているのをフルアニメと言うのであれば、そんなものは今すぐにでもできるわけで。
小黒 確かに、そういう意味でフルアニメと呼ぶのならば、タイムシートに点を打てば、いくらでもフルアニメになるわけですからね(笑)。
本当に1コマで正確にものが動くっていうのはどういう事かっていうのは、CGが見せてくれたわけですよね。立体としての空間を計算して、動かしてみせてくれた。でも、それは僕らが思っている手書きのフルアニメの動きとは、全然違うものだった。
井上 そうだね。だから、アニメ本来の魅力というのは別のところに秘密があるような気がする。『人狼』でも、画である事を大事にしたいと、スタッフ全員が思っていたからね。それが、生身の人間のように動くから何かしらの魅力が生じているのだと俺は信じたい。そこは、「自分がなんでここまでアニメに入れ込んでるのか」っていう、根本的な部分だよね。俺は、なぜここまで苦労してアニメをやるのか。その理由ははっきりとは分からないけど、でもその辺に何か秘密があるんだろう、とは思っている。
小黒 そうですね。CGが出てきたところで、改めて、では手書きのアニメの魅力とはなんだろうか、っていう事が見えてくるんじゃないですかね。
井上 そうだね。だから、『人狼』が、アニメ本来の、画で表現するという原点に立ち返ろうとした時、商業アニメの中でそうならざるを得なかった描き方を一旦捨てると言うか、原点に立ち返ろうとするのも当然だよね。
●「animator interview 井上俊之(5)」へ続く