小黒 今回の『カエル石のひみつ』は、色々と新鮮なところが多くて、お話を聞きたいと思ったんです。面白いと思うのは、ひとつは映像表現のレベルで、斬新な画面作りがなされていた。もうひとつは、ストーリーのまとめ方ですよね。劇場版『デジモンアドベンチャー02』に続いて、「山内節」がうなった(笑)。
山内 そう言っていただけるとありがたいです。お話について言うと、何がどうなったという話ではないですよね。最近、僕がそういうものをやりたがるようになっているのかもしれないけれど、言葉で説明するんじゃなくて、自然と分かる、というようにしたかったんだよね。だから、尺が短い分だけ、分からないという人も出てくるでしょうけど。
小黒 お話については、僕は多分、説明できると思いますよ。説明してみましょうか?
山内 はい(苦笑)。
小黒 4つの関係の話ですよね。善十郎とマユリという昔結ばれなかった2人の関係、どれみのおじいちゃんとお父さんとの関係、あいちゃんとどれみのおじいちゃんの関係、それから、あいちゃんの両親とあいちゃんのおじいちゃんとの関係。この4つの問題があって、それが30分の中でまとまる。それも理屈じゃなくて、「なんとなく」まとまる。
山内 そうですね(笑)。
小黒 なんとなくだけど、ちゃんとまとまっているのが凄いところですね。クライマックスの祠の場面では、善十郎の幽霊かと思えるような仮面の人物が出てきて、それは実はおじいちゃんだという事が分かるんだけど、あのシーンは演出上では、仮面の人物が善十郎さんだという扱いになっている。と言うのも、インサートされる映像が、善十郎が見た風景だから。そこで善十郎の思いが遂げられた、というように見えるんだけれども、実際にはおじいちゃんでした、となっている。これはストーリー的にはおかしいんだけれども、そこを音楽の高まりと、映像のテンポで「えいやっ!」と持っていったわけですよね。
山内 あ、音楽の事、分かりましたか(笑)。
小黒 ええ、その辺りの作りは、『デジモン02』より分かりやすかったですよ。
山内 でも、こちらとしては、あの仮面の人物はおじいさんのままのつもりなんですよ。おじいさんが、あの状況の中で、善十郎の見た風景を見てしまう、というね。全体的にね、ああいうふうにしないと持っていけない話なんです。……って、僕がやっているのは、いつも持っていけない話ばかりのような気もしますが(苦笑)。ストーリーだけでは持っていけない話だから、アクションと音楽とで持っていったんです。だから、周りからは小言も言われたんですけどね。
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小黒 最初の脚本ではどうなっていたんですか。
山内 ちょうど、栗山(緑)さんのお父さんが亡くなられたそうなんですね。その影響もあったのかな、お父さんとの確執の部分の話が大きくて。さらに栗山さんは、あいこの事が好きなんですよね(笑)。だから、あいこの話が全体の3分の2ぐらいあったんです。そこまであいこばかり取り上げるのは、企画的にも難しいという事で、関(弘美)さんや栗山さんとも相談しながら話を切り詰めていったんです。でも、様々な話をまとめているのがあいこの話だから、それを削っていくと、全体がバラバラになってしまう。それでああいう形でまとめる事になったんです。
小黒 なるほど、それで山内さんや関プロデューサーの意見が入ったものを栗山さんがまとめて、最終的な決定稿になったわけですね。
山内 ええ。ただ、どれみのおじいさんとお父さんとの確執の解決というのは、シナリオでは最後まで残っていたんだけど、申し訳ないけれど上手くお話に入れられませんでしたね。EDでちょっとやっただけ。おじいさんはお父さんに春慶塗の跡目を継いで欲しいんですよ。それがあって対立していたんだけど、おじいさんも実は釣りの名人で、それがきっかけで仲が戻るという話があったんです。
小黒 TVの『おジャ魔女どれみ』で、お父さんとおじいさんの確執の話ってありましたっけ?
山内 やってないですね。飛騨高山が郷里だというのも、僕は知らなかったぐらいですから(苦笑)。まあ、そのあたりをもう少し煮詰められれば完成したのかなあ……。
小黒 いえいえ、あの演出なら、それくらい分からない方がいいですよ(笑)。
山内 あ、そうですか(苦笑)。
小黒 どれみ達が代わるがわる、おじいちゃんの膝に乗る、というのはどなたのアイディアなんですか?
山内 あれは栗山さんだと思います。
小黒 あれが「どれみイズム」だと思いましたよ。ドラマのポイントをああいう風に、スキンシップに持っていくというところがね。
山内 ああ、そうですね。それに、関さんとしては、プロデューサーという立場から、ももこを取り上げてほしいという気持ちもあったんです。で、僕としても、あいこの話とはいえ、5人全員をフォローしたいという気持ちがあったんですよ。だから、どれみは主人公だからいいとして、おんぷちゃんは歌にふったんですね。それから、ももこは無邪気にふるまってもらって。そういう意味でははづきちゃんは、「コワレはづき」だけで申し訳ない事をした(笑)。
小黒 終盤の音楽はどうやったんですか?
山内 あれは実は6分の長い曲なんです。ここで熱くなってもらわなければならないので、メロディを奏でられる楽器を、と無理を言って、バイオリンとバンドネオン――要するにアコーディオンですね――、それとクラシックギターを用意していただいたんです。で、その1曲を全体に分けて使っているんです。あ、あともう1曲、現場でお願いして、マユリさんの部分にかかるギターとバンドネオンのデュオのようになっている静かなテイクもいただいてます。
小黒 ああ、そうなんですか。
山内 頭の中で音づけを想定していた時は、不安で仕方がなかったんですけど、奥(慶一)さんには、本当にいい曲を作っていただけましたね。「この曲メインにして、違う話を作りたいな」と思ったくらい(笑)。
小黒 クライマックスのところでは、かなり意図的な音づけをしていると思ったんですが。音のレベルの問題もあるのでは?
山内 ええ、ありますね。どれみと善十郎以外に5人いたんだけども、その部分は音を外してもらって、どれみと善十郎の話になるところは逆に必ず、ボリュームを上げてもらっているんです。
小黒 他のメンバーの話の時には音楽の音のレベルを落としているわけですね。
山内 ええ、ミキサーの担当は川崎(公敬)という男なんですけど、彼が力量あるという事はよく知っていたんですね。それで、どれみの話や善十郎の話のところだけ、「セリフが聞こえなくていいから」っていうぐらい、ぐわーっと音楽の音のレベルを上げてもらったんです。10回ぐらいダビングを繰り返して、ようやくOKだと思ったら、音量がピークを超えちゃっていて、またやり直した、なんて事もあったんですよ。それぐらい、ギリギリまでボリュームを上げてます。ただ、劇場によっては音を随分と落としているところもあるみたいで、劇場に見に行ったら思ったほどではなくて、ちょっと残念でした。
小黒 いえいえ、十分効果的でしたよ。
山内 またね、選曲さんも、うまく(曲を)切ってくれてね、どれみと善十郎の話になる切り替わりのところにうまく転調を持ってきてくれたんですね。
小黒 なるほど。画面作りの話題に行きたいんですけれど。今回、CGと美術の力が凄かったですよね。
山内 そうですね。まず美術について言うと、行(信三)さんは、凄い技術を持っている方なんですけど、普段はなかなか出す機会がないんですよ。それをとにかく出してもらおうと思ったんですね。それで、飛騨高山までロケハンに行って。たまたまロケハンの時期が冬だったので、さらに、行さんにはちょっと失礼だったけど、ボードの段階では、写真集も用意したんですね。そうやると、行さんも少しずつ力を出してきてくれるんですよ(笑)。その上で、実際に背景が上がった段階で――ほら、行さんが直接背景を描くわけじゃないからね――、最初のリテイク作業の時に、僕も一緒にリテイク作業をしたんです。そうしたら、「ここまでやったんだから」と言って、かなり力の入ったリテイク作業をしてくださったんです。背景のスタッフからは嫌われたかもしれないけど(笑)。
小黒 それぐらい力が入ったわけですよね。
山内 画面上でもね、気づかないかもしれないけれど、家の中の上と下では微妙に影の差をつけているんです。さらに、キャラクターにもブラシをかけてね。背景を全体に暗くしたので、キャラクターもそれに合わせて色を落としているんです。だから、普段のキャラクターのノーマル色はほとんど使っていない。そういう意味では、デジタル部とは、もうがっぷり四つでした。ただ、本当の事を言うと、そういう使い方はデジタル部の本意ではなかったようなんです。
小黒 と言うと?
山内 つまり、3DCGとか、扉にテクスチャーを貼って、みたいなものの方が「デジタルだ」ってはっきりするわけじゃないですか。
小黒 あ、なるほど。例えば、お菓子を作る時に出てくる、小豆が印象的でしたけど、あれはCGのお仕事なんですか、それとも背景の方の?
山内 あれは特殊効果です。
小黒 えっ、それは……?
山内 以前だったら、仕上げの段階で、特殊効果のブラシなんかをやられていた方々の仕事です。
小黒 ははあ。
山内 逆に花火は3DCGで組んでもらっているんですよ。花火の照り返しをリアルにやりたかったから。
小黒 えーと、ああ、そうかそうか。僕の言葉の使い方がおかしかったわけですね。つまり、フルデジタル作品だから、特殊効果も、撮影もデジタルなわけですね。今の東映アニメーションの作品では、3DCG等を担当しているデジタル部のパートがあって、それと別に、デジタルを使った特殊効果や、撮影による効果もあるわけなんですね。それで、小豆のような画面の効果は、特効さんの職分なんですね。
山内 そうです。東映動画の特殊効果って、本当は凄い力を持っているのに、時間の問題もあって、なかなか本領を発揮できないんですよね。『星矢』の時も、岩が動くような時に、特効をかけてもらっていたんですよ。
小黒 なるほど。冒頭でバスが横に走っていくところはよかったですよね。あれは背景描きなんですか。
山内 いや、あれは普通の作画と特殊効果ですね。スライディングじゃなくて作画なんですよ。
小黒 へーっ。
山内 全部作画した上で、バスに特殊効果を入れているんです。多分、動きに合わせて、角度を変えて、看板なんかを貼り直してあるんです。それはデジタルによって楽になったところですよ。
小黒 クライマックスのところに出てくる、お面は、あれは作画したものにテクスチャーを貼ったんですよね。
山内 そうです。でも職分としては、特殊効果ですね。
小黒 ああ、じゃあ、特殊効果の役割が大きかったんですね。
山内 そうですね。今回は、随分先の、キャラクターが上がった時点で、「多分、特殊効果をかけるから」という事で、特殊効果の人に頼んで下準備してもらいましたから。そう考えると、凄いでしょ、特殊効果って。
小黒 凄いですね。デジタルに移行して、ここまで高まったのか、って思います。今回はそうやって、CGや特殊効果、背景に力を入れよう、っていう方針は最初からあったわけですね。
山内 ええ。去年の『デジモン』では、時間もなくてそこまでやり切れなかったんです。だからそのあたりをきめ細かく押さえようと。(色彩設計の)辻田(邦夫)にも、「背景をなるべく早く上げてもらうから、キャラクターの色をきちっと合わせていきたい」ってお願いしたんです。
小黒 もうひとつ訊きますけど、雨が降り出すと、木の枝や幹に水が流れていきますよね?
山内 あれはCGの力ですね。でも、結果として、あれは上手くできなかったんですよね。
小黒 あれは「超リアル」まではいかないですよね。
山内 うん。まだ作り込み足りないのかなあ。最初にやったらただ透過光を載せているだけみたいになってしまったんです。でこぼこの木の輪郭に合わせて、流体を流して、ライティングを調整してああいう表現にしているんですけど、上手くいきませんでしたね。
小黒 いや、あれぐらいがちょうどいいんじゃないですか。あれ以上リアルになると、『どれみ』らしくないかもしれない。
山内 うーん。
小黒 ガラスが曇っているような表現がありましたよね。あれはCGなんですか、それとも特殊効果?
山内 あれはね、撮影の三晃プロダクションさんの方でやっているんですよ。
小黒 あ、そうなんですか。
山内 あれは実際にロケハンに行った経験が生きてます。古い家って、ガラスが均一じゃなくて、グニュグニュと曲がっているのね。そういえば、そうだったよな、と昔の事を思い出してね。それでああいう指示になったんです。
小黒 ああ、あれは曇っているんじゃなくて、ガラスが曲がっているからああなる……なるほど。クオリティの高いフィルムというと、よく作画の方に目が行きがちですが、今回は各パート満遍なく力が入っていたわけですね。もちろん馬越(嘉彦)さんもいい仕事しているんですが。
山内 作画に関しては、アニメーターに劇場作品に慣れている人があまりいなかった事もあって、馬越と僕とでレイアウトをかなりいじったんですよ。芝居に関しても、馬越がラフ原画をかなり入れているし。
小黒 そういう意味では、作画の「馬越純度」も高かったわけですね。
山内 そうかもしれないね(笑)。最後に膝に乗ったり、おんぷとはづきが入れ替わるところで、パチーンと手を合わせたりする――あのあたりはJ.C.STAFFの細田(直人)君なんだよ。凄く巧い人で、助かりましたね。
小黒 じゃあ、ももこの輪っかの向こう側にあいちゃんの困った顔が見える、あのカットも作画は同じ方ですね。
山内 そう、同じ。
小黒 あれもイケてましたね(笑)。あれはアニメーターの発想だなあ。
山内 そうだね。パチンと手を合わせるところも、勿論、コンテにはあるんだけど、あんなにも巧く、リズムが連なっていくとは思わなかったから。馬越と2人して、「そうだよ、作画ってこれだよね!」って(笑)。
小黒 今回はフルパートが充実していたという事で、ようやく本来の「山内イズム」が戻ってきたんじゃないですか。
山内 それはどういう意味か分からないけど(苦笑)、去年の『デジモン』からですね、やって面白かったと思えるようになったのは。「自分は半歩くらいずつ違う事やってるな」っていうのが、分かりながらやっていたからね。今年も実験――と言ったら怒られるかもしれないけど――みたいなものだったし。デジタル部門からも「こういうデジタルの使い方もあるんですね」って、作業が終わってから言われたからね。
だから、今回は、みんなそれぞれ持ち味のある人が集まったから、それぞれの持っている力をできるだけたくさん出してもらえるように、コツコツやっていったんです。そうしたら、特殊効果、背景、色指定、CG、撮影、作監、演出、音楽と、みんな、あるラインよりポッと上を出してくれたんですね。そうなる事が、いちばんの望みだったから、よかったね。
フィルムでやっていた頃でも、「透過光なんだけど、ブラシも足して」「透過光なんだけどセル分けて色を微妙に変えて」というような要求を出していたんですよ。そう言うと「そんなのやる必要ないじゃないか」なんて言われちゃうんですけどね(苦笑)。そういう事の積み重ねによって、画が凄く厚くなるんですよね。そういう事に関して、自分の中で確信があったから、そうしてたんです。それが最近はどこか「きちっとやってない」という思いがあったんです。だから、そのあたりもキチッとやったら、20分という短い中でもドーンという重さが出るんじゃないか、と思ってやってみたんです。
小黒 山内さんは、画面作りに関して一度、フィルムであそこまで高みに上った人だから、最近の、特にTV作品はちょっと寂しい思いもあったんですよ。だから、今回はデジタルでもここまでできるって見せてもらえて嬉しかったです。
山内 すいません(苦笑)。
小黒 いえいえ(恐縮)。今回はご自分で採点すると、何点ぐらいなんでしょうか。
山内 うーん、本当は90点以上あげたいんですけど、87点ぐらいですか。本当はもっと日常の芝居もつけてあげたかったんですけど、それは時間がなくてできなかったから。
小黒 なるほど……あ、そうそう、もうひとつ訊きたい事があるんですが。
山内 はい?
小黒 今回、『どれみ』の世界の許せる範囲の中で、どこまでリアルにできるかって作り込んでいって、でも、最後のクライマックスで表現主義の方の世界に入っていきますよね。リアルの上に、表現主義的な描写を載せて終わる。あれは美しいと思いました。あれは意図したものですよね。
山内 それはおっしゃるとおりで、最後にキャラクターの感情が、リアルな現実から遠く離れていくんですよね。だから、そういう描写にしてもOKかな、と思ったんです。そもそも『どれみ』の世界でリアルを突き詰めても、制約がありますからね。それに、ああいう化け物的な画面を作るのって、得意な分野なんですよ(笑)。むしろ普通の芝居のところの方が難しい。
小黒 なるほどね。ちょっと話は大きくなっちゃうんですけど。フィルムの時代でも、あまり撮影に力を入れる演出家って多くなかったんですよね。特に最近は、演出家やアニメーターが机上でできる事で完結しちゃうような傾向があったと思う。逆に『ホルス』なんかを見ると、複雑なブックを重ねていたり、どうやって撮影したんだろう、というようなカットがあって、驚くんですけど。
山内 まあ、僕の場合は、画が描けるわけではないから、僕のできる範疇で力を入れるとなると、撮影や背景、あるいは音楽という事になるんですよね。それにどうしても2次元の世界を、3次元に持っていきたいという気持ちが強いから、そういう指向になる。
小黒 だから、デジタル化された、というのはいい機会で、撮影的な処理なんかの方にも、もっと力を入れていくべきかな、と思うんですよね。昔と違って失敗しても直せるわけですし。
山内 うん、そうですね。
小黒 CGとか、美術とか、特殊効果の作品への関わりって、もっと大きくなっていくといいな、と思うんですけど(笑)。そういう意味では、今回の『カエル石のひみつ』で、ちょっとだけ新しいアニメの形が見られたかなと思いました。
山内 CGや特殊効果って、TVシリーズとなるとなかなかお願いしにくいんだけど、今後はTVでも自然に使えるようになればいいな、って思いますね。でも、今回の『どれみ』も、撮影監督がデジタルの部分を随分扱えるようになってきていますからね。そのあたりはかなり変わってきたんじゃないのかな。ちょっと前までは、演出の方――それも技術に明るいね――からお願いするものだったのが、最近では撮影の方から、こういう事もできますよ、って言ってきてくれるようになりましたから。
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