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■「もっとアニメを観よう」
第5回 井上・今石・小黒座談会(5) |
井上 次は、うつのみや(さとる)かな。これは、まあ、あちこちで言っているので。
小黒 ある程度、繰り返しになっても構わないので、ちゃんと話をしておきましょう。
井上 代表作はやっぱり『御先祖様万々歳!』。いちばん個性が出ているんじゃないかな。まあ、個性が出てないなんてこと一度もないくらい個性的なんだけど。好みで言えば、中でも、4話と6話だね。他の人の影響も出てきて、よりリアルになってきた頃かな。6話で、雪の中で倒れるあたりの場面は、多分、うつのみや自身の原画だと思うんだけど、他の部分も、うつのみやらしい作画と、他の人達のリアルな作画とが上手い具合に融合していて、全体として6話は捨てがたい。他に代表作と言うと……うーん。今でも、うつのみやのファンだと言えるぐらい、俺はうつのみやが好きなんだけど、なかなかまとまってこれ、と挙げられる仕事がないのが残念だね。まとまって観られるという意味では、意外なところで『幽幻怪社』かな。
今石 ああ、『幽幻怪社』はいいですね!
井上 4話の屋根の上のバトルとか、2話の病院の中のバトルとかの全開ぶりは素晴らしい。
今石 ちゃんと作監も入ってるし。
井上 いや、意外と本人の原画の絵がそのまま出ていると思うよ。それまでは、周りからどうしても画が浮きがちだったんだけど、歩み寄る方法を覚えたのか、周囲がうつのみやに合わせるようになったのか、どちらかは分からないんだけど。
今石 4話の作監は(キャラクターデザインの)うえだひとしさんですよね。
井上 うえださんは、うつのみやとはテレコム以前からの友達だから、それもあっていい形になったかもしれないね。でも、多分、周囲がうつのみやに追いついてきたというのもあるんじゃないかな。うつのみやが個性を発揮しても、それほど画が浮かなくなってくるんだよ。『走れメロス』も、ほとんど直されていない。うつのみやの画がむしろ沖浦(啓之)君の画にいちばん似ていたぐらいなんだよね。
小黒 へえ。
井上 あんなぷる以降で言うと、作画マニア的には、うつのみやさとるがキーになると俺は思うのね。ただ、さっき言った、なかむらさんの「罪」の部分も続いているように思うんだ。あんなぷるでは、出崎さんというカリスマ的な演出家がいたので、森本さん達の作画をも作品の魅力にする力があったと思うけれども、それ以降の作品においては、森本さん達の作画だけが突出するような事が、起こりがちだったんじゃないかな。うつのみやの作画にもそういう部分があったと思う。そういう意味で、『御先祖』は、うつのみやの作画が作品の魅力にもなっている。それは、押井さんの脚本、絵コンテがあったという事にもよるんだろう。
だけど、そのあとは、各人が持っている魅力を統率する演出家もおらず、アニメーターには、「作画さえよければいいや」っていう意識があったんじゃないだろうか。それが次に変わるのは、磯君の登場によるんじゃないかと思う。
小黒 磯さんですか。きましたね。
井上 磯君は、みんながどこかで忘れていた、アニメーションの本質みたいなものをね、思い出させたんだよね。それまでは、海外の人が観たら、わけの分からないような表現や動きが横行していて――それはそれで魅力だし、それに影響を受けたピーター・チョンみたいな人間も出てくるわけだから、一概に否定はできないんだけど――表現という意味では、どこかいびつになってきていてね、「ディテールさえよければいいんだ」っていう風潮にどこかなっていたと思う。その時代に突然変異のように磯君が登場したわけ。突然変異と言ったけど、当たり前と言えばごく当たり前の話だったんだよね。アニメーションにおいて原画を描く作業とは、単にディテールの遊びではなく、例えばロボットなら、その巨大感を表現するといったように、表現のための作業なんだよね。そうしたアニメーションの原点を、磯君はみんなに思い出させた。
小黒 で、磯さんの、代表作と言うと?
井上 やはり、さっきも話題に出た『ガンダム0080』。それから『御先祖』かな。頭の中でいかにイメージするか、それをいかに画面に定着させるか、という事に力を再び注ぎ始めた人が磯君だったと思う。その事にしばらく、たぶん誰も気づかなかったんだけどね。勿論、今でも、磯君の爆発のフォルムを真似るだけ、エフェクトのフォルムを真似るだけの人間はいるんだけど……。それだけ磯君のエフェクトは格好いいんだよね。だから、もしかすると、そういうところは、磯君の「罪」の部分になるのかもしれない。
今石 みんな真似てますよね、磯さんの土の描き方。
小黒 ん? 具体的にはどういう事?
井上 磯君が、『エヴァンゲリオン』でみせた、土がめくれてパッと飛び散った時の、土のまとめ方のことでしょ?
今石 そうそう。土の細かい破片をシルエットでまとめるんですよ(編注:「新世紀エヴァンゲリオン 劇場版 原画集 上巻」で、その一部が見られる)。
小黒 ほおほお。
井上 なかむらさんは破片をたくさん描く事で表現したんだけど、磯君は、「まとまって、ひと塊に見える」という「印象」を大事にする。どんなふうに見えるか、っていうのを大事にしていると思うんだ。
今石 なかむらさんは岩の側面が、どんな原画でも描いてあったじゃないですか。その破片や側面の並び方が気持ちいい。
井上 そうそう。それが格好いい、って思っていた。ところが磯君の作画を観て、俺達はなんてバカだったんだ! ……って教えられる事になる(苦笑)。でも、今はもうすっかり普及しているよね。
今石 もう誰でも描きますよね。今は、さらに大きな破片でもつなげてシルエット的に描くのが粋になってる(苦笑)。
小黒 ああ、そうか。今、指摘されて初めて気づいたけど、なかむらたかし流の破片って、もう見なくなっているね。
井上 でしょう。磯君が、そこまで人をしびれさせるのには、何かわけがあるんだよね。やっぱり、そこに本質があるからなんだろうか。
今石 真似したくなるんですよね。ほら、火花も独特ですよね。全部原画で描く。
井上 磯君はやる事なす事、全てがオリジナルなんだ。そういう力の持ち主。聞くところによると、稲野さんや、金田さんが好きだって言うんだけど。
今石 僕が、磯さんの原画を直に見て最初に思ったのが、金田さんみたいだなあ、っていう事なんです。それは、画が似ているという事ではなくて、その存在と言うか、「凄え」というインパクトが似ているんですよ。
井上 凄くリアルで写実的なんだけど、アニメ的な格好よさを絶対捨てない。アニメーション的な魅力も絶対失われない。『人狼』なんかで、写実になろうとすればするほど、何かアニメの魅力が失われていくような気がして、いかんなあ、と思う事があるんだよ。その点、磯君の作画にはアニメの魅力がある。
今石 煙も凄いんですよね。脳みそのしわのようなものが、立体的に構成されていて。
井上 煙や爆発がちゃんと立体的な動きをするんだよね。友永さんもそれっぽい事をやろうとしていたけど、立体にはなりえていなかった。エフェクトが三次元的に動くんだって事を上手く表現し始めたのも、磯君だろうね。抽象的で捉えどころのないものでも、三次元的に描けるんだっていう事を、アニメの原画で発明したのは、多分日本では磯君が最初だろう。今は、みんな、その影響下にあると言っても過言じゃないよね。磯君に言わせると、ああいう爆発の描き方にもルーツがあるらしいんだけど、俺にはよく分からない。
小黒 きっと、他の人が見ても原理が分からないようなものであっても、そこから何かを抽出できる力があるんでしょうね。
井上 そうだろうな。磯光雄は、今のアニメを牽引していると言っても過言ではない、大きな存在だよね。みんな、磯光雄に引っ張られていく。大平晋也君、橋本晋治君も、本人達は違うと言うかもしれないけれど、今の時点から客観的に振り返ると、現在の表現に目覚めていくきっかけを作ったのは磯君としか思えない。
今石 あるいは、みんながそういう方向へ向かう時期だったのかもしれないですよね。
井上 その可能性もあるね。要するに、なかむらさんで一旦躓いて、ディテールに向かっていたアニメーションを反面教師にして、原点に戻ろうとして出てきた人達が、磯君であり、大平君、橋本君なんだろう。
―― 磯さんの『御先祖様』について、もう少しお願いします。
井上 4話は、犬丸がブーたれているところに、室戸文明が出てきて、説教するところ。
今石 長回しの部分ですね。
井上 全原画アニメだね(正確に言うと、そうではないんだけど)。俺はしばらく戸惑うんだよね。なぜああなるのか分からないし、どうしてあんな動きをイメージできるのかも分からない。技術もイメージも磯君に誰も追いつかなかった。
小黒 6話は?
井上 6話は、冒頭の部分だよね。
小黒 草むらをかき分けて進むところですね。
今石 列車のところもそうですよね。
井上 うん、タイトルのところまでが磯君。1カットだけ橋本君の原画があるらしいんだけど。
今石 雪が髪の毛についている表現が格好いいじゃないですか。雪の点だけが風になびいているのが。
井上 デザイン的な画なんだけど、4話、6話というのは、奇妙なリアリズムが出ているんだよね。ああいうところで、感情移入してしまう。なかむらさんや他の名アニメーターの呪縛からも離れて、純粋にイメージしたものを表現しようという方向へ向かうようになったんじゃないかな。
それから、最近の仕事でまとまっているのは、『BLOOD THE LAST VAMPIRE』。
小黒 ああ、倉庫のところですね。確かにあのインパクトは凄かった。
井上 そう。あの信じられないようなバクハツ! どうやったら描けるんだろうか、と。あのエフェクトの格好よさに触れて、また「エフェクトだけやっていればいいんだ」って、道を踏み外す人が出なければいいんだが(笑)。まあ、磯君の仕事はどれも素晴らしいから、ハマった人は、調べ上げて磯君の全仕事を観るぐらいの気概がほしいな。TVの『エヴァンゲリオン』では2回参加してたっけ?
今石 1話と19話ですね。
―― 磯さんの担当、1話はどこなんですか。
小黒 冒頭の国連軍と使徒との戦いだよ。ミサトの車がバウンドするところとか。
井上 19話は、エヴァの拘束具が外れて、目パチ2回するやつだよね。
今石 ええ、目パチ2回(笑)。
井上 あの「動物感」は凄いよね。あれほどの生命感を描き出せる人は今のところ磯君だけだろうなあ。……という事で、ちょっと長くなったけど、存在の大きさからいっても、もっと語っていいぐらいかなあ。
―― そろそろ次へいきましょう。次は大平さんでしょうか。
井上 大平君は、アニメーターとしての変貌が凄い、異色のアニメーターだよね。山下さん風の画を描いていた時代は俺はよく知らないんだけど、その後で、一度完成をみせるのが、『THE八犬伝』の1話。本人はあまり肯定しないようだけど、どうみても『御先祖』の影響がありありだよね。アニメとしての面白さが随所に光る。伏姫が覗いた水面に映った影がゆら〜んと動く場面なんか、担当としては田辺修君のシーンだと思うんだけど、エフェクトの巧さは大平君じゃないかな、と睨んでいる。他にも、犬がくわえてきた生首から血がポタポタ垂れて広がる時の、液体のドロッとした感じなんかもいい。
今石 1話では、アクションシーンじゃない生々しいところで、ドキッとさせられますよね。
井上 うん、そういう生々しい部分が形作られつつある。フォルムとしてはあくまで格好いいものを描いているんだけど、表層的な格好よさに終わらないで、表現に行こうとしている。質感のようなものまで表現しようとし始めているんだね。大平君が具体的にそのカットを描いたかどうかは分からないけれど、そういう方向に向かい始めている。
今石 体から、色トレスの化け物が出てきて、侍に襲いかかってくるシーンがありますよね。あれはどなたがやってるんですか。
井上 あそこは担当としては橋本君でしょう。手がグラブみたいに大きくなっているから(笑)、橋本君だと思う(当時は手を大きく描くくせがあったんだ。今は逆に小さく描くけれど……)。
小黒 あの辺りは、うつのみやさんがやっているのか、と思うぐらい似てますよね。
井上 それはやっぱり『御先祖』の直後だからだろうね。凄い広角パースで、雨の中、伏せ姫のおやじが縁側に立っていて、犬と話すところも、多分、橋本君。あそこも、単に遊んでいるというレベルを超えて、何か異様なものを表現し始めているよね。
今石 そうですね。
井上 その後、『Angel Cop』「骨董屋」(『夢枕獏 とわいらいと劇場』所収)を経て、『ユンカース カム・ヒア』のパイロットフィルムから、『THE八犬伝』の新章に至る。この流れは、順を追って観ると、絶対に面白いよね。これが数年のうちに作られている、というのも面白い。普通なら一生かかって起こるような変化が数年で起こっているんだよね。どの作品にも大平君と、盟友である橋本君、それから田辺君も参加しているんだよね。
言っておくと、田辺君も『八犬伝』の1話で、その後の仕事につながるような、リアルな作画をやっている。俺の思い込みかもしれないけど、後半の、犬と一緒に洞窟にこもるシーンを担当しているんじゃないかな。間に挟まれるイメージ的なカットの、ちょっとトーンの違う女の子がドロドロと泣いているところとか、振り返って泣きながら走るところとか、ナマっぽくていいんだよね。
今石 そういえば、1話では磯さんもやってらっしゃるそうですね。どこなんですか。
井上 最初の方の、夜のシーンで、みんな疲れ果てていて、ドタッと倒れるところかな。ちぎれた旗がやけにリアルにたなびいているところから始まって(その前に合戦シーンも少しあったかな)。
今石 ああ、なるほど。倒れるところ、いいですよね。
井上 で、磯君と同じように非常にリアルな作画をしているのが田辺君なんだよね。田辺君の持ち味は、一貫して、生っぽいリアルな作画なんだ(もっとも、『雲のように 風のように』で主人公が都に着いてから後宮のトンネルをくぐるシーンではコミカルな作画もみせてるけど)。
小黒 田辺さんは、アニメ的なケレン味はないんですよね。
井上 そうだね。磯君と違うのは、ケレン味のないところかな。アニメ的な魅力が薄いので、みんな見過ごしちゃうんだよね。玄人でないと、見つけられないかもしれない。『ユンカース』の劇場版だと、主人公の女の子がお母さんから帰れないという電話を受けて、つまらなそうに食卓について、「グレてやる」と言うと、周囲がドキッとして、物を取り落としたりする場面だね。これは、あまりに巧い!
小黒 確かに田辺さんの原画って、あまりに自然なので印象に残らないですよね。
今石 そうですね。
井上 うーん。でも、玄人なら絶対わかるはずなんだけど。小田部さんが好きな、近藤さんが好きな俺だから分かるのかもしれない。田辺君は、俺の手本なんだよ。
今石 僕はケレン味がないと分からないですね。磯光雄に金田伊功を見てるような人間だから(笑)。
井上 『ユンカース』ではさらに、食卓の場面からシーンが変わって、女の子が書きものをしている場面。ユンカースがベッドの上で身震いしたあと飛び降りて、机のところまで歩いてくる。その原画の巧さたるや、もう! 身震いする時の力の入れ具合とか、微妙に下半身の肉が遅れるとか、そういうさりげないところに素晴らしいものが光るんだ。それから、誰にでもはっきりよく分かるものだと、『GOLDEN BOY ―さすらいのお勉強野郎―』の3話かな。森田宏幸君が演出しているんだけど、割とまとまった数をやっている。ヒロインの女の子が、「あの人と結婚を決めようと思う」と言うのを、主人公が「あのスケベと……」と止めようとする場面。女の子が「よく知りもしない人の事をそんなふうに……」と言いながら、非常にかわいらしい仕草をするんだよ。その情感のこもった芝居がいいんだよね。まあ、多分に玄人受けかもしれないけれど、田辺君のもぜひ見てほしいね。
小黒 田辺さんで目立つ仕事と言うと、『ねこぢる草』のオジサンを鍋に落としてハサミで切っちゃうシーンがありますよね。ただ、あれが田辺さんらしいかと言うと難しい。そう言えば、『ユンカース』のパイロットで、女の子がサングラスをして追跡する場面があるでしょう。あれは田辺さんなんですか。
井上 あれは橋本君だよ。カーネルサンダースの人形の横から歩き出すところでしょ。橋本君も不思議な人だよね。『八犬伝』の1話であんなに派手な作画をみせた人が、非常に生っぽい動きを描くようになっていく。
小黒 大平さんに対して、橋本さんは仕事ぶりが多彩ですよね。橋本さんの特徴は?
井上 橋本君は、タイミングとしては(タイムシートの)変則的な打ち方はしないで、ベタッと打つんだよね。だから、ヌルッとした感じで見える。橋本君の代表作と言うと、あとは『課長王子』のオープニングかな。
今石 コンテと作監ですよね。
井上 うん。あとは『SPRIGGAN』かな。主人公がガニ股で(笑)、走るところ。
今石 あれは分かりやすいですね。
井上 最初の方の、トルコでの追っかけの場面だね(ひとつながりではなく、間に別の原画マンが入りますが)。
―― 次は湯浅さん。
小黒 これは詳しくは「アニメスタイル」の2号を読んでいただくという事で。
井上 そうだね。俺の中では、「ぶりぶりざえもんの冒険 飛翔編」。あれはチャンバラもあるので、作画おたく的には、いちばんビビッとくるんじゃないかな。
小黒 僕はお城の屋根で戦う方が好きだなあ。
井上 そっちもいいけど、俺はこっちかな。そもそもダジャレが好きだしね。あのダジャレは、俺が生涯聞いた中で、いちばん素晴らしいダジャレだよ。
小黒 全然、作画の話題じゃないですよ(笑)。
井上 ははは。関西人の血がそう言わせる(笑)。素晴らしいです、湯浅さん。
小黒 「ぶりぶりざえもんの冒険」は、まとまってソフトにもなっているから見やすいですね。
井上 さて、次が松本憲生君。彼も最近の人の中では外せない1人。
今石 ああ、『逮捕しちゃうぞ』の「ビーチバレー男」の回ですよね。これは、僕は、涙を呑んで20本から削っちゃったんですよね。
井上 あと、あまり知られていないところでは『EAT―MAN』の7話。これも1本丸ごと原画を描いている。
今石 「ビーチバレー男」、『EAT―MAN』、『ポポロクロイス物語』の3話と、ほぼ1人で原画を描いているんですよね。
井上 あと、『地球少女アルジュナ』の4話だね。やっぱり、松本君も、それまではど派手なほどいいというのが売りだったんだけど、段々、磯君達のやっていた事に歩み寄ってきて、動きの原点みたいなものに立ち返ったのが、今挙げた4本じゃないかな。
今石 そんなに派手だったんですか?
井上 とにかく動きの密度が凄かったね。それが『イーハトーブ幻想 KENjIの春』あたりで突然変わる。それまでも原画の密度は高かったんだけど、もっとナチュラルに自然な動きを表現しようとしだすんだよなあ。
今石 その時期に、とにかく1本の作品の原画を1人でやってしまおう、という意識が生まれたのは、凄いなあ、って。
井上 うん、パワーがあるという意味では、近年の若手の中でも一線を画すよね。
小黒 で、次が田中達之ですね。
井上 うつのみや以降に名前を挙げた人達とは、また別ルートで発展してきたのが田中達之。どれが代表作かというと――。
小黒 『DOWN LOAD』のタバコの辺りですね。
井上 そうね。あと、治療室みたいな部屋のシーン。それから『Green Legend 乱』。『AKIRA』も勿論素晴らしいんだけど、魅力が全開なのが『乱』だろうね。量的にも多いんだよね。
今石 1話ですよね。満喫できますよね。
小黒 マンガばかり描いてないで、早くこちらに帰ってきてほしいですよね。
井上 そうだね。根っからのアニメーターなんだから。
……で、まあ、日本のアニメはここまでなんだけど、どうしても外せない海外の人達を挙げておきたいんだ。まずは順番から言うと、ミルト・カール。「生命を吹き込む魔法」(徳間書店)が出たばかりなんで、ぜひ彼の原画は見てほしい。奇跡のようなデッサンだよね。絶対に敵わない。アニメーターでは世界一と言ってもいい、デッサン力。
小黒 『ビアンカの冒険』では、どこを観ればいいんですか。
井上 マダム・メデューサっていうキャラクターをほぼ1人で描いている。あの画の浮きぶりは面白い。巧すぎて、ディズニーアニメの中でも浮いているんだよね(笑)。
小黒 巧い、っていうのは、リアルっていう意味ですか。
井上 まあ、そうだね。非常に絵画的なんだ。アニメの画を超えているところがある。フランク・トーマスと、オーリー・ジョンストンを外すのもなんなんだけど、好みなので許してほしい。ちょうど、スタジオバードの中でも、稲野さんが巧すぎて浮くようなもの、と言えば分かるかな。作画おたくが入り口にするにはちょうどいい。そこから入って、フランク・トーマスとオーリー・ジョンストンの総合力の凄さを観るといいかもしれない。
次に忘れてはならないのが、ビル・タイトラ。ディズニーの草創期に活躍する人なんだけど、『ピノキオ』のストロンボリっていう、人形一座のおやじ。案外、磯君のルーツはここにあるんじゃないか、っていう気すらする。磯君が『御先祖様』で見せたような、キレた演技を描いているんだよね。
今石 ああ、演技だけで面白いですよね。
井上 うん。描ききっている作画力も凄い。しかも、ライブアクションを使ってないんだよね。ほとんど頭の中でイメージして描いている。
今石 とても実写をトレスしただけではああはなりませんよね。
井上 アニメ的なデフォルメした画が入るんだけど、それでいてリアリティはもの凄くあって。だから、磯君より画の巧い人はいるかもしれないけど、磯君より作画をイメージする力のある人はそうはいないように、デッサン力で言うとミルト・カールなんだけど、イメージする力ならビル・タイトラ。『ファンタジア』の「禿げ山の一夜」の魔王も彼だよね。オレの中では世界一のアニメーター。
今石 ああ、そうなんですか。
井上 それから、ディズニー直系で、ドン・ブルース。『ニムの秘密』は作品的にもいいよね。他にも『ドラゴンズ・レイヤー』っていうゲームがあるんだけど。アニメの完成度の高さでは、『ニム』がいちばん。ドン・ブルース、ゲイリー・ゴールドマン、ジョン・ポメリーっていう、ディズニーを辞めた3人のアニメーターが作るんだけど、その平均値の高さ。その上、ディズニー的な作画をさらに発展させて、よりリアルにしているんだ。海外の商業アニメではいちばんかな。
―― お母さんネズミが色っぽいですよね。
井上 ああ、いいよね。艶っぽさがある。フクロウの羽ばたきや、蜘蛛のリアルさも素晴らしい。ディズニーにはない、リアル志向があるんだよね。
―― というところで一応、終わりですが……。
小黒 さらに番外があるんですね。
井上 どうしても触れておかなければ、というので駆け足で。まず、忘れてほしくないのが、岡田敏靖さん。
今石 岡田さん?
小黒 『エリア88』や『ニルスのふしぎな旅』をやった方ですよね。
井上 俺にとって、岡田さんは『ニルス』じゃなくて、『太陽の子エステバン』。初期の『エステバン』の波のエフェクトの巧さは絶品だね。岡田さんの仕事がよく分かるのが、『くまの子ジャッキー』。丸々1本原画を描いているんじゃないだろうかと思える回が、3本ぐらいある(確か1話、3話、5話だったかな。ほかにもあったかも……)。名前が何人か原画で挙がっているんだけど、第1原画は多分、岡田さん1人。当時としては、画期的に原画の密度が高いんだよね。宮崎さんや名作劇場にはない、動きの密度の濃さ。くまが凄く細やかな動きをするんで、これも作画マニアなら絶対に観てほしい(有名な作品では『ハイジ』や『三千里』がありますが、具体的にどこを担当されているのかは知りません)。
小黒 なるほど。
井上 それから才田俊次さんも、どうしても忘れてほしくない。まとまっていっぱい観られるのは、TVの『じゃりン子チエ』。作監とはいえ、半パート以上の原画を毎回描いていて、どれも完成度は高い。TVアニメのお手本のような作画なんだ。『セロ弾きのゴーシュ』と普通なら言うところだけど、ここではあえて。で、河内さんは、さっき触れたよね。
小黒 ええ。
井上 それから、庵野さんの『王立宇宙軍』が今までの話の中で出てこなかったみたいだけど、あの仕事はこれからも語り継いでいかなければならないので、挙げておきたい。
小黒 メカ描写に関しては、ひとつの完成形ですよね。
今石 でしょうね。
井上 それに「DAICONIV」オープニングアニメも挙げておかねば。さらに、俺の中で外せないのが、さっきも話の中で出た、木上益治さん。俺が新人原画マンだった頃に、志田君と共に俺のライバルだった人。で、結局、勝てなかったんだけど(笑)。アニメのセンスのよさでは、いまだに勝てない。代表作は……難しいな。
小黒 『三国志』じゃないですか。シンエイ動画の。
井上 それもあるね。近年だと『しんちゃん』の劇場版でも、いい仕事しているんだよ。『雲黒斎の野望』で城に乱入するあたりが、確か木上さんの作画だね(確証はありませんが)。
―― ……というところで、一応、終わりです。
小黒 あ〜、終わった、終わった。
今石 ふう。長い座談会になりましたね。
井上 さすがにちょっと疲れたな。だけど、これでも随分外した人も多いんだよ。残念。
小黒 あ、イカン! この3人が揃っていて、『ジャイアント ロボ THE ANIMATION』が挙がっていない!
今石 ああ、そういえば!!
―― まあまあ。そういった挙がっていない作品は、また別の機会に、しかるべき人に挙げてもらう事にしましょう。
●2002年4月13日
取材場所/東京・スタジオ雄
司会/小川びい
構成/小川びい・小黒祐一郎
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