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コラム

「アニメ様の七転八倒」小黒祐一郎

  第10回 『アンデルセン物語』と35年間の勘違い

 虫プロダクションの『アンデルセン物語』のエンディングは2曲ある。「キャンティの歌」と「ズッコの歌」だ。その2曲が週替わりで流れていた。「ズッコの歌」はキャラクターのイメージ通りの、コメディソング。一方で「キャンティの歌」は知らない場所で、あなたと出逢った、といった内容の大人びた歌。曲調も哀愁が漂うものだった。僕はこれを、子供の頃からずっと怖い歌だと思っていた。一番の後半に「知らないママ」というフレーズがある。知らない街で、知らないママに出逢う! 知らないママってなんだ? 今のお母さんと別のお母さんが現れるの? あるいは知らない人なのに、その人が自分のお母さんだと思えてしまうとか、そういうことなの? 歌詞を自分の身に置き換えて考えてしまい、とにかく恐い歌だと信じていた。何で楽しい番組に、こんな恐い歌がついているんだろうかと思っていた。
 『アンデルセン物語』はアンデルセンの童話を原作にしたTVシリーズで、1971年の作品。先日DVDのリリースが始まって、久し振りにDVDで観た。ところが、エンディングでクレジットされた歌詞を見てびっくり。「知らないママ」じゃなくて「知らないまま」だったのね。知らない街であなたと出逢って、あなたの事をよく知らないままに別れたの、といった内容の歌だったのだ。
 なんてこった、僕は35年間も勘違いし続けていた。本放映の時は7歳。エンディングのクレジットくらい読めただろうし、歌詞の前後を考えれば「ママ」だなんて思わないはずなのに。子供の頃の俺ってバカだったんだなあ。生きているうちに、勘違いに気がついてよかった。さらに「ズッコの歌」で「器量よくない」という部分を「協力ない」だと思っていた。ズッコがキャンティのカード集めに協力しないという意味だろうと信じていた。これもDVDで観返して気がついた。ああ、DVDを観てよかった。


▲狂言回しとして番組を盛り上げたキャンティ(左)とズッコ(右)
 『アンデルセン物語』が放映されていたのは、後に『アルプスの少女ハイジ』などの世界名作劇場をやることになる、フジテレビ系列の日曜夜19時半から。『ムーミン[第1期]』の後番組で、この後に『ムーミン[第2期]』が始まる。『ムーミン』も『アンデルセン物語』も海外文学を原作にしたシリーズで、世界名作劇場のルーツと言える作品だ。スポンサーも『ハイジ』などと同じカルピスだった。今回リリースされたDVDでは、ちゃんとオープニングの前に「カルピス まんが劇場」のタイトルがついていた。
 1話完結、あるいは数話完結のオムニバスで、キャンティとズッコというふたりの妖精が狂言回し役で全話に登場する。キャンティの願いは、魔法大学に入学してお嫁さんになれる魔法を学ぶことなのだが、魔法大学に入るためには101枚の魔法カードを集めなくてはならない(100枚集めれば……と書かれている資料もあるが、正しくは100枚ではなく101枚)。ズッコは、その弟分。カードは善行をしないと手に入らないので、キャンティとズッコは各話の主人公が幸福になれるように手を貸すというわけだ。だけど、ふたりはドジなうえに、やることがチャランポランで、主人公を助けるような活躍は少なかったと記憶している。キャンティを演じたのは増山江威子で、ズッコが山田康雄。後に不二子&ルパンを演じるおふたりである。お転婆でちょっとワガママなキャンティと、のんびりしたズッコのコンビはユニークで、このキャラクターが『アンデルセン物語』の魅力の何割かを担っていた。
 今回のDVD化では、バラ売りとBOXが前後してリリースされた。BOX1はベスト版で、13話を収録。これから発売されるBOX2とBOX3で、残りの話数が収録される予定だ。今までセレクトされたものがビデオソフトになっていたが、本作の全話ソフト化は、今回が初めてのはず。
[コロムビアミュージックエンタテインメント
  『アンデルセン物語』DVDのページ]
http://columbia.jp/dvd/titles/andersen/

 虫プロの作品だけあって、シリーズ全体がマジメすぎないというか、どこかお茶目なところがある。さっき、エンディングを話題にしたけれど、パロディチックなオープニングも名曲。オープニングは映像も、玩具箱をひっくり返したような内容で楽しい。オープニングとエンディングも『アンデルセン物語』の楽しい印象の、かなりの部分を形成していると思う。
 今回観返して感心したのは、エンディングで各話のキャストが、細かくクレジットされていることだ。この時期の作品では珍しく、男Aとか従者みたいな役まで、役名と役者の名前がちゃんと出ている。出演者の顔ぶれは今の目で見ると、なかなか豪華だ。たとえば「雪の女王」のゲルダは野村道子で、カイは野沢雅子、山賊の娘のユリカは杉山佳寿子。「野の白鳥」(白鳥の王子)なら、お姫様のエリサが松尾佳子、兄の王子が田中亮一、山本圭子、千々松幸子、松金よね子。最終回「マッチ売りの少女」に、神谷明がエンリコという金持ちの少年役で出ているのだけど、すごく声が若い。神谷さんは1970年の『魔法のマコちゃん』が声優デビューのはずだから、これはデビュー直後の仕事だ。
 個々のエピソードは原作に沿っているはずだが、「赤いくつ」は原作と全く違う話だった。旅芸人「笑いの王様大一座」のカールという男の子が主人公なのだ。魔法の赤い靴も出てくるが、有名な赤い靴を履いて踊りがやめられなくなる話は、ドラマ中で一座が演じる劇中劇になっている。笑いの王様大一座の赤い靴は「もう辞めていいよ」と言えば踊りを辞めてくれる、扱いやすい靴なのだ。このあたりは、原作を知っていると可笑しい。詳しくは書かないけれど、この「赤いくつ」は旅芸人の家族が前向きに生きる話になっている。原作が悲劇で終わる話なので、あえて大胆にアレンジしたのだろう。

▲左が「赤いくつ」のカール、左が「野の白鳥」のエリサと王子たち

 僕が小学校高学年か中学の頃に、関東地区で『アンデルセン物語』の再放送があった。その時に、シリーズ後半の連続もので、やたらと面白い話があって、感心した覚えがある。何の話だったかは覚えていないけれど、旅の話だったと思う。今回リリースされた中には、それらしい話は入っていなかった。これからリリースされるBOX2かBOX3に収録されるのだろう。それから、出崎統演出の49話「プシケ」も観てみたい。これはBOX3に入るようだ。

 以下、BOX1に収録された最終回「マッチ売りの少女」について書く。35年も前の作品なので、ネタバレを気にする必要はないと思うが、これからDVDで観るのを楽しみにしている人は、読まない方がいいかもしれない。
 「マッチ売りの少女」については、大筋は原作通り。多分、主人公のアンナを働かせている父親や、隣の家の少年などの描写が、原作から膨らませた部分なのだろう。面白いのは、アンナを演じているのが、キャンティ役の増山江威子なのね。多分、ずっと狂言回しをやっていた彼女に、最終回で花を持たせたのだろう。粋なことをするなあ。勿論、増山さんのアンナは可愛かった。
 アンナは雪の中で死んでしまい、その魂は母親とともに天に昇っていく。彼女を救うことができなかったため、キャンティはカードを手にいれられなかった。最終回までにカードが101枚集まらなかったので、魔法大学に入ることはできない。だけど、キャンティはお嫁さんになる魔法はあきらめないと言って、ズッコとともに旅立っていく。ズッコに「どこに行くの?」と訊かれて「どこか知らないところへ!」とキャンティ。その台詞に答えるかたちで、例の「キャンティの歌」の2番が始まり、今までのキャンティとズッコの名場面が流れて、最終話は終わる。
 これを観て気がついたのだけど、「キャンティの歌」って、単に恋人や友人との関係を唄ったものというわけではないのね。どこなのかも知らない街で、毎回、色んな登場人物と出逢い、別れていったキャンティの気持ちを唄った歌でもあるんだ。色んな人と出逢って、その人と笑ったり、涙を流した。あの人は、今はどうしているだろう。そんな歌なんだ。
 最後の「どこか知らないところへ!」という台詞は、これからもキャンティとズッコはいろんな街で、いろんな人と出逢うということをほのめかしてもいるのだろう。そう思って聴き直すと、本当にいい歌だ。こんなにいい歌を35年も恐い歌だと思っていたなんて、実にマヌケな話だ。

(2005/04/07)
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