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「アニメ様の七転八倒」小黒祐一郎

  第13回 『ファイトだ!! ピュー太』なら100万円まで出せる

 ついに『ファイトだ!! ピュー太』がDVDBOXになる。僕や、おかしなアニメが大好きな連中が、愛してやまないタイトルである。そしてヒジョーに謎の多い作品でもある。10年以上前に、全26話中の1話分だけがビデオソフト化されたのだが、その1話の内容がすごかった。サブタイルトルは「南太平洋 メチャクチャ 大戦争」。ね、面白そうでしょ。
 このビデオがリリースされるまで、僕達はほとんど『ピュー太』を観た事がなかった。ビデオを観て驚いた。ええ〜、こんなアニメがあったの!? すげえ。ムクャクチャ面白い! 僕の周りでは、時ならぬ『ピュー太』ブームが巻き起こった。居酒屋で生ビールを交わしながら、このカルトアニメについて熱く語り合った。後に、同年配のアニメーターさんに話を聞いてみると、「南太平洋 メチャクチャ 大戦争」を観ている人は、少なくなかった。『ピュー太』って観ましたか? 観た、観た、あれはすごいよね。どんな人が作ったんだろうね。多分、業界内で『ピュー太』を布教して歩いた人が、何人もいたのだろう。
 『ファイトだ!! ピュー太』は、1968年に放映されたTVアニメで、モノクロ作品。原案はムロタニ・ツネ象。構成は斉藤賢、光延博愛、永沢詢。作画監督は小華和ためお。制作は放送動画制作。主人公の今野ピュー太は、祖父であるツルリ博士の助手を務めている。博士が作り出す発明品を狙っているのが、ワルサー7世とブレーキの凸凹コンビ。彼等の暗躍により、珍事件が巻き起こる。手元にある資料を総合すると、だいたいそんな話であるようだ。ジャンルとしては、スラップスティックだ。
 
 まず、オープニングがすごい。オープニングの最初は、色んなものが爆発するカットを積み重ねている。戦車が、戦闘機が、都会が、人工衛星が、そして地球が爆発する。やたらとモノが爆発したり、ぶつかったりする派手なフィルムだ。それから、信じられないくらいにスピーディで、パンチが効いている。1秒に満たない短いカットを重ねたり、動きの速いアクションがあったり。ヒロインのカッコちゃんが旗を振るカットがあるのだけど、5コマくらいしかないはずだ。これが格好いいのよ。曲もテンポがいいし、全体のノリはファンキーだ。
 「南太平洋 メチャクチャ 大戦争」の本編はもっとすごい。ワルサーが、TVのクイズ番組で一等をとって、世界旅行に出かける事になった。それを自慢されて悔しいピュー太は、カッコちゃんにそそのかされて、自分が作った潜水艦で世界旅行に行く事を決意。そして、翌日。ワルサーとブレーキは飛行機で旅行に出かけるが、ワルサーがトイレと間違って乗降口のドアを開いてしまい、飛行機から海へと落下。それを追ってブレーキも海へ。ピュー太は、ツルリ博士とカッコちゃんと潜水艦で出発。海底で道に迷った彼等が海上に出ると、目の前に某国の太平洋艦隊が! そこから逃げ出して、南の島へ。崖から落ちたピュー太は、しきたりで島の住人達の王様に祭り上げられてしまう。一方、太平洋艦隊に捕まったワルサーは、艦隊の長官に、ピュー太達が敵国のスパイだと教える。太平洋艦隊は、南の島に攻撃を開始。島の女王に艦隊を全滅させる事を命じられたビュー太は、住人達と、弓矢や素手で反撃するのだった。ドッカン、ドッカン!
 ツルリ博士は発明家なのだから、発明品で太平洋艦隊と戦えばいいのに、使うのは弓矢とかなんだよね。矢で戦闘機が落ちたり、石をぶつけたら戦艦が爆発したりするのだが、何故そうなるかという説明は一切ない。戦闘シーンはシュールなギャグがいっぱい詰め込まれているが、雰囲気はかなり過激。後半の展開は、かなりのテンションだ。
 話の大筋もメチャクチャだけど、細部もムチャクチャ。ワルサーとブレーキが海に落ちた直後に、何の脈絡もなく彼等が乗っていた飛行機が爆発したり、これまた何の説明もなく、戦闘中に艦隊の副長が長官に殴りかかったり。あるいは潜水艦内のカットで、魚眼レンズを模したアングルがあったり、ビュー太が崖から落ちる時に、謎の女性がピュー太を見ている画が一瞬インサートされたり(その女性は島の女王なのだが、ピュー太が落ちる段階では、まだ登場していない。そのため、インサートされた時には全くなんだかわからない)。
 前半で、ピュー太達が海底を進んでいる時に、謎の海底遺跡が出てくるのだけど、登場するだけで、その遺跡が何なのか、ひとつも説明がない。また、途中で妙なキャラクター(まあ、見れば分かるけど、ここでは書かない)が、数コマだけ登場するギャグがある。1980年代にはそういった作画の遊びは多かったけど、『ピュー太』の頃は家庭にビデオデッキなんてなかった。視聴者がよほど集中して観ていない限り、何が起きたかわからないはずだ。分からなくてもいいから、やっちゃおう、というノリだったのだろう。
 他にも、見どころは満載。破天荒で無軌道。パワフルでメロメロ。とてもシラフで作っているとは思えない。作画も元気一杯。よく動いている。まさしくカルトアニメだ。僕らがこれを観たのは、1990年代前半。すでに山ほどアニメを観て、もうアニメで驚くようなことは無いんじゃないか、なんて思っていた頃だったから、尚更、ショックだった。1960年代に、こんなぶっ飛んだアニメが作られていたとは! 1990年代前半、僕達の間では「南太平洋 メチャクチャ 大戦争」は、『THE八犬伝[新章]』4話と同じくらいの話題作だった。
 
 僕らが「南太平洋 メチャクチャ 大戦争」を観て、思った事はふたつ。ひとつは、どんな人達がこれを作ったのか、もうひとつは『ピュー太』の他のエピソードは、どんな出来だったのか、という事だった。前者については、長編時代に東映動画にいて、変わった事をやりたいと思っていた人達が参加していたらしい事が分かった。問題は後者だ。「南太平洋 メチャクチャ 大戦争」が大傑作なのは間違いないとして、他にもこのくらいの出来のエピソードがあるのか。何時かそれが観られる日はくるのか。
 またまた焼酎や日本酒を酌み交わしながら話をした。残りの25本、全部があのテンションって事はあり得ないだろうね。それはないだろうなあ。あの話だけが傑作なんじゃないの。よくあるじゃない、シリーズの中で1本だけが突出しているって。だけど、「南太平洋 メチャクチャ 大戦争」の後に付いている予告を観ると、次の話も面白そうだよ。あの話と同じスタッフが作ったエピソードが、2、3本くらいはあるんじゃないの? だったら、いいなあ。観たいなあ。残り25本が全部凡作でもいいよ。それを確かめたいね。
 そのうちに、こんな噂が飛び込んできた。関西で『ピュー太』の再放送があったらしい。知り合いが学生時代に観たそうだよ。で、他の話も面白いの? やっぱりあの話が最高傑作だけど、他にも傑作はあるって。うわあ、いいなあ。観てえ〜。LDBOXにならないかなあ。実はビデオメーカーの人に、『ピュー太』をLDBOXにしてほしいと頼んだんだよ。そうしたら、売れないだろうからダメだってさ。でもさ、お金の問題だったら俺達で100万円ずつ出資したら、LD化できるんじゃないの。俺は100万出すよ。じゃあ、僕は50万出しますよ。だけど、それ以前に全話のフィルムが残っているかどうかも怪しいらしいぞ。ええ、そうなの〜?
 
 僕達はマジメに、『ピュー太』LD化のために100万ずつお金を出そうか、なんて話をしていたのである。いい年をした大人が、そんな事を考えるか? いや、大人だからそんな事をするのか。ああ、素晴らしき哉、独身貴族。だけど、僕は自分の会社を作ってしまったので、お金が自由に使える立場ではなくなってしまったのだ。残念。
 時は流れて、21世紀。LDの時代は終焉を迎え、今やDVD全盛期。マイナーなものも含めて、様々なタイトルがDVD化される中、『ピュー太』もリリースされる事になった。100万円を出さずに『ピュー太』を全話観られるのだ。素晴らしい!
 さあ、残り25本に傑作はあるのか、ないのか? さしあたって、ビデオメーカーさんから1話の白箱をいただいた。それを再生してみると…………。うわあ、かなり普通だあ! いや、当時の作品としては面白い方だろうけど、基本的には普通のギャグアニメだ。『ピュー太』が『タイムボカン』のルーツだという記述を、今まで何度か目にした事がある(悪役コンビの名前が、ワルサーとグロッキーと誤記されて事もある)けれど、1話を観ると、確かに基本フォーマットは『タイムボカン』シリーズに似ているようだ。最後に失敗したワルサーが、先祖の胸像にオシオキされていたし。これを毎週やっているなら、確かに『タイムボカン』シリーズ風だ。
 
 DVD解説書の編集をしている原口正宏さんは、『ピュー太』の全話に目を通したそうだ。彼の話によれば、「南太平洋 メチャクチャ 大戦争」の他にも、見どころのあるエピソードがあるのだそうだ。それはどの程度のものなのか。あと数ヶ月で、それが確認できる。

(2005/04/28)
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