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コラム
アニメやぶにらみ 雪室俊一

 第5回 業界のきらわれ者

 タイトルを見て「だれだろう?」と興味を持った人はアニメ業界に詳しくない人です。どうせ、おまえのことだろというのが正しい業界人です。そう、あまりじまん出来ることではないが、いまもっともきらわれているライターが雪室俊一である。
 きらわれる理由は、いろいろある。態度がデカいとか、顔が気に入られないとか。ま、それは冗談として、自分なりに分析すると二つの理由がある。
 その(1)原稿に絶対の自信を持っていて直しに応じない。(納得出来ない直しはしないだけなんだが……)
 その(2)つまらないことでキレて、すぐに番組を降りる。
 しかし、つまらないことというのは、相手の論理であって、こちらにとっては極めて重要なことの場合が多い。
 はるか昔、『男どアホウ甲子園』というアニメがあった。タイトルで分かる通り、関西を舞台にした野球ものである。
 しっかりした原作もあって、シナリオの段階ではなんの問題もなく進行した。問題が起きたのは第1話が放映されたときだ。視聴した局の重役が立腹しているという。
 関西出身の重役は「声優たちの関西弁があまりにひどく、聞くにたえない。来週から標準語(といっても東京弁だが)にしろ」という無茶な要求を突きつけてきた。
 シナリオの段階ならともかく、既に関西弁で放映されたものを来週から標準語にせよとは乱暴極まりない。
 そんなことをするなら、タイトルも『男大バカ後楽園(現・東京ドーム)』に変えたらどうだとばかりに、ぼくはいっしょに書いていた山崎忠昭さん(故人)と共同戦線を張って抵抗した。
 そんな理不尽な要求は断固、飲むわけにはいかない。どうしても強行するなら番組を降りると宣言した。プロデューサーは一応はなだめながらも、その裏で後任のライターを探していたようだ。
 ぼくたちは、こんな理不尽な仕事を引き受けるプロのライターはいるはずがないと、タカをくくっていた。現に後任探しは難航。このままでは番組がストップする事態になってきた。
 さすがに制作者側は焦ってきた。こちらの言い分が(当たり前のことだが)通りそうになったとき、とんでもない救世主が現れたのだ。それなりの技量を持った、複数の中堅ライターが引き受けるという。予想もしないことだった。  かくして、ぼくたちは番組を降板する羽目になった。ぼくと山崎さんは、アニメ業界の次元の低さを嘆き合った。  これが実写の世界だったら、どうだろう? ライター以前にスタッフが抵抗してくれるに違いない。役者だって、方言が下手だから翌週から標準語にしろといっても承知しまい。
 よしんばライターまで巻き込まれ、今回のようなことになっても、後を引き受けて書くライターはいないだろう。そんな仕事を引き受けたら、もの笑いにされるだけだから。それがわがアニメ界ではもの笑いどころか、救世主扱いである。  さて、その後、関西弁騒動は、どうなったか。標準語版が放送されると、局に抗議が殺到(当たり前だ!)。翌週からまた関西弁に逆戻りすることになった。だが、ぼくたちにお呼びはかかることはなかった。
 引き継いだライターたちが最終回まで書き続けた。
 いまでは考えられないことだが、当時はこのように信じられないような要求が局やスポンサーから寄せられたものだ。
 アンデルセンの『マッチ売りの少女』を脚色したとき、ラストで少女が死なないようにならないかと打診されたことがある。
 パロディーじゃあるまいし、ハッピーエンドの『マッチ売り』を書いたりしたら、後世の笑いものになるので、むろん拒否。すったもんだの末に、こちらのいい分が通った(当たり前だ!)が、この種の事件は日常茶飯事だった。
 それもなぜか、ぼくと山崎さんの担当する番組に多く、いつのまにか二人は「トラブルライター」という烙印を押されていた。
 なぜ降りたかという理由は、おき去りにされて、「すぐ降りるライター」という部分だけがひとり歩きして、悪いうわさとして広まっていった。
 だいたい番組を降りて、いちばん損をするのは、降りる当人なのだ。サラリーマンでいえば、次の就職先も決まらないうちに会社をやめてしまうようなもので、まず経済的ピンチがやって来る。それでもやめざるを得ないのは「つまらない理由」ではないからである。
 現に実写の世界では、ライターがプロデューサーや監督とモメて、番組を降りるなんてことは珍しいことではない。たいていのライターが一度や二度は経験している。
 以前、ドラマの仕事をしたとき「うるさいライターと聞いてたんですが……」とプロデューサーに拍子抜けしたような顔をされたことがある。
 悪いうわさは、あちこちに広まっていて、その人もある程度の覚悟をしていたらしい。ところが仕事をしてみると、ごくふつうのライターだったので、拍子抜けされたわけだ。
 お行儀のいいアニメライターに比べると、実写の世界には、うるさ方がごろごろしていて、ぼく程度ではうるさいライターの仲間には入れないらしい。現場と大ゲンカをして腹を立て、刷り上がったばかりの台本をすべて家に持ち帰り、制作をストップさせた豪傑の話を聞いたことがある。
 とはいえ、うるさいライターは、やはり煙たがられる。ドラマの世界で女性ライターが大活躍しているのは、うるさくないからだという説があるくらいである。
 とまれ。うるさいとか、直さないとか、あちこちで悪口をいわれながらも、30年以上も書きつづけてこられたのは、ほんのひと握りの理解者たちが支えてくれたからだ。その理解者たちも年々、高齢化して、管理職になって現場を離れたり、定年になったりして減る一方だ。なかには亡くなった人もいる。
 だから、ぼくは初詣に行くと、自分のことよりも、数少ない理解者たちの健康と平安を祈るのである。

(了)

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