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コラム
アニメやぶにらみ 雪室俊一

 第6回 筆記具の伏兵たち

 新藤兼人さんは現役最長老シナリオライター・監督である。90歳になったいまも毎日シナリオを書いているという。机に向かっている新藤さんの写真が新聞に出ていた。
 2Bの鉛筆を手にペラと呼ばれる200字詰原稿用紙に向かっている、新藤さんの姿こそワープロが出現するまでのシナリオライターの模範であった。
 文学館などで小説家の生原稿を見ると、ほとんどが万年筆で書いてある。しかし、シナリオライターはベテランも新人も鉛筆を使っていた。それも申し合わせたように2Bである。ぼくの師匠も鉛筆派で毎朝、鉛筆を削るのが弟子の仕事であることは前にも書いた。
 僕も修行時代、鉛筆を使っていたが、消せるという意識があるせいか、書いては消し、書いては消しの繰り返しで、ついには原稿用紙がスリ切れてしまう。いつまで経っても原稿が進まないのだ。
 そこで試しに万年筆を使ってみたら、きわめて快調に筆が進んだ。そんなバカなと思われるかもしれないが、ゴルフの池ポチャと同じ心理ではないか。池さえなければ軽く飛ばせる距離なのに、池があるためのプレッシャーで、ボールが池に吸い込まれてしまう。ぼくにとって鉛筆は、まさに池ポチャだった。
 そんなわけで新人のときから万年筆を使っていた。諸先輩が鉛筆なのに、エラそうに万年筆を使いやがってということで、ドラマの世界では白い眼で見られたが、その点、歴史の浅いアニメ界は鷹揚だった。シナリオは鉛筆で書くものだという、不文律を知らない人が多かったのだ。
 万年筆でいちばんの悩みは書き味のいい品に、なかなかめぐり会えないことだ。内外のあらゆるメーカーの製品を試したが、たまにいいと思うと耐久性がなかったりして、一長一短であった。長年の試行錯誤の末に落ちついたのは、モンブランの149という太軸の品だった。生涯、付き合うつもりだったが、思いがけない伏兵が現れた。ワープロである。
 当初、高価なタイプライターという印象が強く、自分には縁がないと思っていた。使うきっかけは、あるテレビ局の企画会議である。複数のライターがアイデアを持ち寄り、それをコピーして、みんなで読むのだが、その中でワープロ原稿があった。手書きの汚い原稿の中で、印刷のようなきれいな原稿は、ひときわ目立つ存在だった。
 中身で勝負といってみても人間同様、つい容姿に目がいってしまうものだ。長い間、読みにくい原稿を提供してきた罪ほろぼしに、読みやすい、きれいな原稿を書いてもいいのではないか。が、当時ワープロは100万近い値段だった。そのため、たいていのライターがリースで導入していた。
 あえてぼくは現金で買った。もし、使いこなせない場合、リースだと使わない品のリース料を延々と払い続けなければならないからだ。使いこなせても体質に合わないということもある。あんなもので賞を取るような作品が書けるわけがないと喝破する作家もいたくらいである。
 現金で買えば、だれかに安く譲って損害を少なくすることが出来る。現金で買ってくれた、お客さんということで、事務機会社は美人のインストラクターを派遣してくれた。パソコンもそうだが、この種の製品のマニュアルの難解さは犯罪行為といっていい。とくに我々の場合、原稿が書けるだけで充分で、それ以上の機能は必要ないのだ。既に何人かのライターを教えたことのあるインストラクターは、要点を的確にコーチしてくれて、すぐに使えるようになった。
 使ってみると、すこぶる快適。おもしろいように仕事がはかどった。特に気に入ったのは、親指シフトのキーボードで、手書きに近い感覚で文章が打てる。他のキーボードに比べて打鍵数が少ないので当然、早く打てるわけだ。
 ここでも万年筆同様、かなりの風当たりがあった。雪室ともあろうものが機械で原稿を書くとは情けないと、後輩ライターに批判されたこともある。もっとも、このライターも数年後にはワープロを買って、稼ぎまくるようになったが……。
 快適なワープロ生活を送っているところへまたもや伏兵が現れた。手の甲に出来た湿疹が見る見るうちに全身に広がったのだ。皮膚科を何軒もハシゴしたが、いっこうによくならない。
 そんなとき家人が「原因はワープロではないか」といい出した。専門家に聞くと、体質によってはCRTからの電磁波が皮膚に影響を及ぼすこともあるという。
 早速、液晶画面のワープロに買い換えてみた。ウソのように湿疹が治ってしまった。
 当時の液晶は画面が暗く、目が疲れるのにはまいった。その後、明るい液晶が出る度に買い換えて、いまはOASYS30―AP101という品を愛用している。
 HDD内臓のため、応答性が抜群で、気の短いぼくにはピッタリの製品だ。さらに改良された新製品が出たら買い換えて、生涯付き合っていこうと思っていたら、またしても伏兵の登場だ。パソコンである。ワープロは、あっというまに売場から姿を消してしまった。
 こんなことなら、もう1台、買っておくんだったと後悔しても後の祭。いまのワープロは、すでに10年近く使っている。一度も故障したことがないが、機械には寿命がある。
 パソコンもあるが、これで文章を書こうという気持ちになれない。いまどきの電気製品でスイッチを入れて、すぐに使えないのは、パソコンだけではないか。おまけに信頼性がイマイチで、ときどきフリーズしてしまう。
 先日も、同業者から、かなが漢字に変換しなくなってしまったと聞いた。ワープロでは絶対、ありえないことである。
 パソコンがなんでもそろっているデパートとするならば、ワープロは専門店である。日本中がデパート化して、小さな専門店が姿を消していくのは嘆かわしいことだ。
 現に文筆家のなかにはワープロファンが大勢いて、先日もなかにし礼さんが週刊誌で古いワープロを譲ってくれないかという、悲鳴に近い文章を書いていた。やはり、パソコンが体質に合わないらしい。
 なかにしさんを真似るわけではないが、もし、ホコリを破っているワープロをお持ちの方、ぜひお譲りください。HDD内蔵のOASYS(親指シフト)でしたら、申し分ありません。

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