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■アニメやぶにらみ 雪室俊一
第12回 続・ファンレター
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まったくドジな話だ。地方から大事なペンフレンドが来ることが分かっていたら、どこへ案内して、どこで食事をするかぐらいのプランを考えておくのは常識だ。
それなのに、ぼくときたら待ち合わせの場所だけ入念にチェックして、それから先のことはまるで念頭になかった。その結果が2時間も雑踏を歩かせ、いちばん安いカレーライスを食べておしまいという、お粗末なデートになってしまった。
いまの女高生にこんな仕打ちをしたら「ザケんなよ!」とばかりに蹴りを入れられるだろう。ぼくは成人してからも、こういうポカをよくやった。どこかネジがゆるんでいるところがあるのだろう。
案の定、Y子からの手紙は来なかった。大事な宝物を失ったような気分だった。あんなに美しくて、あんなに気だてのいい少女とめぐり合うことは二度とないだろう。よほど謝罪の手紙を出そうと思ったが、それも未練がましい。
落胆の日々を送っているところへ、Y子からの手紙が届いた。きっと別れの言葉が書いてあるにちがいない。やさしいY子のことだから、ぼくを傷つけないような文章でつづられていることだろう。半ばヤケ気味で封を切ると、いつものY子の字で「とってもたのしかった……」と書いてあった。そのはずんだ文章から、決して社交辞令でないことが読み取れた。
手紙が遅れたのは模擬テストのせいだった。読み進むと「でも、ちょっと疲れました」とある。そうか。あの不快そうな顔は疲れのせいだったのか。「時計の針がいじわるをしてるみたいに、どんどん進んでしまって……」という一節を読んで、Y子が別れ際に見せた寂しげな笑顔のなぞも解けた。
手紙を読み終えたぼくは、すっかり自信を取り戻して「デートの達人」気取りになっていたのだから、いい気なものだ。
それからも文通は続いた。いま考えればY子が東京へ来たように、ぼくも一度ぐらい伊東へ行くべきだった。人の目がうるさい地方都市へ、のこのこ訪ねて行ったら彼女の迷惑になるのではと、よけいな気を回したのだが、それならそれで途中の小田原で会うとか、方法はいくらでもあったのに知恵が回らなかった。
その間もぼくは小説家をめざして、せっせと投稿を続けていた。そして、何本目かの作品が再び入選した。選者は「前作に比べ長足の進歩」と賞賛してくれた。自分でも少しは小説らしいものが書けたと満足していた。あんな未完成の作品で100通を超える手紙が来たのだ。
今度はさらに多くの手紙が殺到するのではという、期待はみごとに裏切られた。届いた手紙はたった2通。Y子が我がことのように喜んでくれたのが、せめてもの救いだった。
やがて、ぼくとY子の距離が一挙に縮まる幸運が訪れた。高校を卒業したY子は東京の大学に進学したのだ。彼女の住む女子寮は、ぼくの家と電車で2駅しか離れていなかった。まるで神さまがお膳立てをしてくれたような展開なのに2人の距離は縮まらなかった。クリスチャンの彼女が入ったキリスト教系の寮は、やたらと規律が厳しかった。門限は8時で電話も両親以外は取りついでくれない。
ぼくの家には電話がなかったので、連絡は手紙で取り合うほかなかった。なんのことはない。伊東時代と変わらない状況だった。
ぼくはY子が東京の生活に慣れたころ、誘いの手紙を出すつもりだった。今度こそ、うまくやろうと計画を練っているところへ、Y子のほうから誘いの手紙が来た。「映画の券があるので行きませんか?」という文面だった。ぼくが断ろうはずがない。
待ち合わせ場所へ行った、ぼくは思わず息を飲んだ。そこに立っていたのは、ライオン像のときの、あどけない少女のおもかげを残したY子ではなかった。うっすらと化粧をして、大人の女性に変身したY子だった。いちだんと美しくなったY子がまぶしかった。女の子は2年もしないうちに、こんなに変わってしまうものか。
それにひきかえ、ぼくはまだ高校生をやっていた。定時制は4年の上、出席日数不足でヘタをすると留年しそうだった。見かけも全然、変化がない。もしかしたら1年半前と同じ服を着ていたかもしれない。
その日のぼくは初舞台に緊張して、セリフをみんな忘れてしまった俳優のようだった。新宿の映画館で観た映画の題名がどうしても思い出せない。やたらと濃厚なラブシーンがある映画だった。Y子は当然、内容を知っていたはずだ。なぜこんな映画を見せようとしたのか。
いまならおぼろげに分かるが、当時のぼくはボーッと画面を眺めているだけだった。ボーッとしたまま、映画館を出たぼくは、お茶も飲まないで帰りの電車に乗った。並んで吊り革につかまる二人の姿が電車の窓ガラスに映る。どう見ても恋人同士には見えない。美しく聡明な姉と出来の悪い弟。『サザエさん』でいえば、隣のうきえさんとカツオみたいなものだ。
着実に人生を歩んでいるY子と、人生の入口さえ分からず、夢ばかり追いかけてうろうろしているぼく。こんな不釣り合いなカップルがあるだろうか。ぼくはみじめな気持ちでY子と別れた。
だが、そんなことを考えて黙りこくっている、ぼくといっしょにいるY子のほうが、もっとみじめな気持ちだったのでないかと気づいたのは、ずっとずっと後のことだった。
それからも細々と文通は続いたが、だんだんやりとりが減って、いつしか手紙を交わすことはなくなっていた。
数年後、Y子は結婚した。相手は一流会社のエリートサラリーマンだった。ちょっと悔しかったが、その頃のぼくは、やっとシナリオライターの入口が見えてきた程度の生活で、結婚などは遠い夢物語だった。
しばらくして、Y子の夫になった人の赴任先のアメリカから手紙が来た。「一児の母になって、しあわせに暮らしています」という文面だった。いままでもらった手紙の中で、いちばん短くて素っ気ない手紙にスナップ写真が添えられていた。
ちょっとやつれた感じのY子が赤ん坊をおんぶして、洗濯ものを干している写真だった。
(了)
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