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コラム
アニメやぶにらみ 雪室俊一

 第13回 VS・原作者

 最近「原作者がうるさくて……」という同業者のぼやきをよく耳にする。
 ぼくがアニメシナリオを書き出したころ、“うるさい原作者”は存在しなかった。最初の打ち合わせにも顔を見せず、「すべてお任せ」という人もいたくらいだ。
 ぼくが最初に会った原作者は、手塚治虫さんである。『ジャングル大帝』を書いているとき、虫プロの文芸部の部屋に予告もなく現れた。ちょうど原稿を書いていた、ぼくは緊張して身構えた。それまでに完成したシナリオは、原作と微妙にニュアンスが違っていて、ぼくも気になっていた。手塚さんは、そのことをいいに来たのではないかと思ったのだ。
 「遅くまでご苦労さま」
 トレードマークのベレー帽をかぶった手塚さんは、にこやかにそういって部屋を出て行った。ほんとうは、なにかいいたかったのではないかと、いまでも気になっている。
 『ハリスの旋風』『あしたのジョー』のちばてつやさん。『ひみつのアッコちゃん』『もーれつア太郎』の赤塚不二夫さん。『ゲゲゲの鬼太郎』の水木しげるさん。『Dr.スランプ』の鳥山明さん。『キテレツ大百科』の藤子・F・不二雄さん。『あずきちゃん』の秋元康さんと木村千歌さん。それぞれにライターを信用してくれて、シナリオに口出しをしない原作者たちである。
 数年前、あまりにうるさい原作者にキレた、ぼくはそれらのマンガ家たちの話をした。いっしょにいた編集者が涼しい顔で決めつけた。「それは原作に愛情を持ってないからですよ」
 ぼくはあきれて二の句がつげなかった。だいたい自ら描いた原作に愛情を持ってない原作者がいるだろうか。
 『ハリス……』を書いているとき、ちばさんからの年賀状に「国松とオチャラ(主人公たちの名前)のこと、よろしくお願いします」と書き添えてあった。愛娘を嫁がせた父親の心情を感じさせる文面だった。こういう手紙をもらうと、脚色者としては「お宅のお嬢さんを不幸にするようなことはしません!」と実力以上の力を出してしまうものだ。
 原作の映像化権を渡すということは、言語も風習も異なる相手に娘を嫁がせるようなものだ。いくら娘(原作)がかわいいからといって、嫁ぎ先に押しかけ、あれこれ注文をつけても娘がしあわせになれるとは限らない。
 ぼくにとっての原作者は、ちばさんのように娘の行く末を案じながらも、じっと見守ってくれている父親的存在であった。
 そんなぼくが存在を思い知らされたのは『キャンディ・キャンディ』を書いたときだ。第1話のシナリオを読んだ原作者の水木杏子さんといがらしゆみこさんからクレームがついた。月刊誌連載の原作数ヶ月分を第1話に詰め込むのは性急ではないかというのだ。
 ぼく自身、原作者の経験もあるので、その気持ちは痛いほど理解できる。何ヶ月もかかって、ていねいに展開したストーリーをあれよあれよと進めてしまっては「女のデリカシーを理解していない」と文句をいわれても仕方がない。
 しかし、ぼくたち、スタッフは譲らなかった。どんなにヒットした原作でもテレビ化されると、原作を読んでいない視聴者のほうがはるかに多い。特に少女マンガの場合、読者層が限定されている。原作を知らない層に、その魅力を訴えるには、それなりのテクニックが必要なのだ。
 結局、原作者も番組を進行させていくうちに、こちらの意図を分かってくれたようで、番組は成功のうちに最終回を迎えた。
 だが、どうしても譲歩してくれない強硬な原作者もいる。ある番組を書いたとき、原作ではだいぶ先に登場する、魅力的なキャラクターを冒頭から出したいと提案したところ、編集者ともども大反対をされた。プロデューサーとタッグを組んで、かなりねばったが相手はかたくなで最後には「どうしてもやるのなら映像化権を渡さない」と伝家の宝刀を抜かれてしまい、泣く泣く原作の構成にしたがわざるをえなかった。
 いま思うと、そのとき『サザエさん』の話を持ち出せば、少しは軟化してくれたのではないかと悔いている。原作はサザエの独身時代から始まっているので当然、マスオやタラちゃんは出ていない。しかし、テレビ化に際しては、すでに結婚して子どももいる設定になっている。二人とも主役ではないが、磯野一家にはなくてはならない存在だ。マスオとタラが欠けた磯野家を想像してほしい。ちなみに長谷川町子さんもシナリオに口を出すようなことはなかった。
 好きでもない相手と結婚しないように、ぼくは自分が乗れない原作は、なるべく引き受けないことにしている。
 ただ愛し方にもいろいろある。何度でも読み返せて、ページをめくり返すこともできる雑誌と、一度しか観ることができないテレビとは表現方法が多少ちがうのは当然だと思う。むろん、ビデオ録画をして何度も観るという手もあるが、番組を試聴しながら録画するという、マニア的視聴者はごく一部だろう。
 池波正太郎さんが原作のセリフを丸写しにしたシナリオライターを痛烈に批判したという、エピソードがある。文字で読まれることを想定して書いたセリフと、耳で聞くことを想定して書いたセリフが、なぜ同じなのかと怒ったのだ。原作に忠実ということは、丸写しをすることではない。
 ぼく自身の経験からいって、うるさく口を出す原作者の作品でヒットしたものは一本もない。ぼくのようなライターが番組を降りても大勢に影響ないが、原作者に降りられては番組が成立しなくなる。必然的にスタッフはナーバスになり、いちいち原作者にお伺いをたてることになる。原作者の顔色を見ながら、オドオドと作っている作品が視聴者に受け入れられるわけがない。
 作品は原作者のために作られるのではなく、テレビの前の視聴者のために作られるのだから……。

(了)

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